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愛するということ


久しぶりに興味深い本に出会いました。

ベストセラーなので、読んだことのある方も多いと思いますが、私は、たまたまネット記事でこの本を見つけて勢いで購入しました。

最初は完全な下心で購入したんですが、読み進めてみるとどうもそんな浅い話でもないみたい。


よく巷では、

愛は”する”ものじゃない、”落ちる”ものだ

なんて言われており、ドラマでも主人公がヒロインに一目惚れしたり、偶然出会った人と一瞬で惹かれ合う、といったシーンが展開されています。

(私たちは、無意識的にも愛に対してロマンチックな展開とか、運命を感じたいと思っているのかもしれません。)


しかしこの本では、愛は”自ら踏み込む”もので、技術がいるものだとしっかりと語っています。”愛”は人から与えられるものではなく、人に与えるものだと。そして、人に愛を与えることによって、結果として”愛される”のであって、”愛される”ことが大上段にあげられてしまうと、愛の形が歪んでしまうんだと。

例えば、昭和の時代によく言われていた、女性が男性を選ぶ時の3K(高身長、高学歴、高収入)、そして最近言われている4T(低姿勢、低リスク、低依存、低燃費)なんかは、女性自身にメリットがあるため、それは、愛ではなく雇用条件と何ら変わりません。

しかも、4Tの”低依存”については
「相手には依存してほしくないけど、私には依存してほしくない。」
という意味ですが、こうした要求を出している時点で相手に依存してしまっているという矛盾があります。

これでは、愛は成熟しません。

その人の生命を守りたいとか、安全性を担保してあげたいだとか、そういった無償の愛を与えて初めて、愛が成熟します。

つまるところ愛とは、見返りがないものに与える能動的かつ生産的な行為といえます。


しかしそこには怖さがあります。

それは、「注いだ愛がかえって来ないんじゃないか」という怖さです。愛は、人に与えて初めて成立しますが、返報性のない愛を注ぎ続けることには、パワーがいります。そして、相手から愛を与えられなければ、他にないほどの虚無感に襲われます。


そのため、いかに自分の”愛する"という行為に信念を持ち「私の愛は、信頼に値するものであり他人の中に愛を生むことができる」と信じ切ることが求められます。

愛は見返りがないものに注ぐ能動的・生産的行為であるとともに
愛は”信じる”ことと同義である、ということです。


最近は、"モテる男の条件”や”モテメイク”といった、”いかに人から愛されるか”という点にばかり焦点化され、”誰かを愛する”という自分発信の愛が欠落してしていたような気がします。

やはり、人から”愛されたい”と思ったらまずは”愛する”こと。そして”愛する”という自分自身の行動を信じ切ることが求められます。逆に言えば真の愛は自分を信じることからスタートなのかもしれません。

人生で何度も読み直したい本です。
興味のある方はぜひ。

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「コミュニティ」や「たまり場」という空間的概念に関心を寄せています|長崎県出身|大分県在住|20代後半|人が「たまる」ための空間をご提案するHITONOVA代表|駄菓子屋好き|喫茶店好き|お仕事の依頼はkmtc1011224@gmail.comからお願いいたします📩
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