頭の中で交差していった
ある日の、アルバイトをしている友人と、明日の予定について語り合う時間。「明日は仕事だ」「明日は休みだ」という会話だが、なぜか昨日出勤しているときに、その会話を思い出して少しハッとした。
彼女は、ラブホテルの受付と清掃を行うアルバイトをしていて、
私は、映像編集の仕事で会社員をしている。
聞こえは、正社員というものがすごくえらく感じられるような気がしている。(自分の中でそう思ってしまう節もあったし、そして何となく上だと思っていたのかもしれない汗)
ハッとした日の朝。
私の出勤時間は、朝がゆったりめなので起きてから少し公園に行って少々の運動がてら散歩をしていた。気持ちいい緑と、葉と葉の間から入り込む光がまた気持ちいい。すごく気持ちいい。そして今日は、社会人野球の試合が行われており、公園でやりたいことを終えてから試合を観戦していた。
バッターボックスには、ロン毛のポニーテール。男性の中に女性がひとり、紛れ込んでいたのである!
どんなもんじゃい!と見ていたら、一発目の球を、なんと「ポーォォーン!!」と気持ちいい音で大きなヒットを水色の空に放っていった。そのバッティングフォームも思い切っていて、一塁に走る姿も、長いポニーテールをワッサワッサ揺らしながら足はカモシカのように速い。(気持ちいい!すごく気持ちよい!)
女性だから手加減してやろうなんて、考えている男がいたら、逆にとてもダサい。
そのあとの打者も大きく飛ぶヒットを放ち、彼女は、1塁からホームへ走りきる。
守備陣もホームに投げるが、彼女の勝利。仲間ベンチからは、「女神だ!」と声援が聞こえた。
なんかとても気持ちいいものを見たと思った。
木の陰が半分出来上がったベンチに座り本を読むママチャリ外国人男性、
「ひねりが大事のよね」と上半身をひねる器具を行う老人ご夫婦、
ペットの大きな亀を、モデルにようにたくさん写真を撮るお兄さん(ずっと草むらで亀とゆったりしていた)
目の前を通っていく、ちぎれパンのような腕の持ち主たち、小さい子たち。
幸せな光景を見ているようで、一方、自分の幸せや、心穏やかな瞬間は、実際のところ何なんだろうとも考えた。(その幸せ、気持ちいいと思った瞬間も幸せなのだけど)
自分の子どもがいる未来はあるのかな?
老人になっても誰かと手を繋いで、散歩をしたり、美味しい食事をしたりする未来があるのかな?
フレンチブルドッグのペットがいて、ニタッと笑い、肉たっぷりボディを撫でてあげているのかな?
なんて思うと未来に向けての幸せな希望を考えていた。
『絶望』『希望』どちらかというと、私は希望を持ちやすい。
そして幸せの形とは結局のところ「愛」なのでは?と結論を出したのだ。(その時の気持ち)
そう考えるとラブホでアルバイトをしている友人は世のため、誰かの愛の手助けをしているとトンチンカンかもしれないけれどそんなふうに思った。
私は、今仕事に向かっている。私の仕事がすごく茶番に感じてきた。
①正社員とアルバイト 社会的な地位
私は、なんとなく正社員は偉いと思ってしまっていた部分がとても恥ずかしい
②幸せってなんだ?
結局のところ愛?(愛だなんて普段言えないし、愛ってきっと広いよね)
2つのテーマが頭を交差していったような気がしてハッとしました。
セカセカしすぎず、睡眠はしっかりとりましょう。生きているという実感がある限り、私は掴んでみたいですね。
それでは今日も行ってきます🦙🌱
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