私の小さな王子様からの「世界に1つの贈り物」
リビングにある大容量のキャビネット。
地震が来たら危ないサイズの大きなキャビネットだけれど、捨てるわけにもいかずに、今も大事に使っている。
私の年頃の花嫁道具は、どれも大きくて、どれも頑丈で、どれも全然傷まない。
家の中で場所を取りながら、どれもが現役で威張っている。
ガラス扉のキャビネットの中は、子どもの写真と作品と、私の趣味のもので大渋滞していた。
ぐしゃぐしゃではないけど、雑然としていて、そもそも物が多い。
断捨離ブームに乗り、昨年の春に、中身を徹底的に整理してみた。
まずは全部出して、処分するものと、しまっておくもの、飾るものに分ける。
「え?お母さん、まだ何か飾る気?」という家族の声は無視して。
すっきりした棚の中は、私の趣味のものと、私の宝物だけになった。
趣味で集めた、天空の城ラピュタのロボット兵の品々。
新婚旅行先のサンフランシスコで買った、ペアの一輪挿し。
そして、息子からもらった、私の大切な宝物。
*****
息子が小学2年生の夏休みのこと。
「ただいま、お母さん。」
勢いよく玄関の扉が開いて、息を切らせながら息子が帰ってきた。
夜道を走ってきたのか、顔が真っ赤だ。
「これ、お母さんにあげる。」
小さな手のひらの上には、透明なプラスチックのケースに入ったおもちゃの指輪がのっていた。
「ダイヤモンドみたいやろ。」
「わあ、きれい。ありがとう。めっちゃ嬉しいわ。」
と言って、ホカホカの体の息子を、ぎゅっと抱きしめた。
その日は、近所の保育園の夏祭りに、子どもたちだけで初めて行かせてみた。
夜に友だちと出かけることだけでも嬉しくて、息子は、ぴょんぴょん飛び跳ねながら出かけていった。
的あてゲームをして、当てた数だけ、ビニールプールの中の大量のおもちゃから、欲しいものを選べたらしい。
彼は、大好きな水鉄砲や光るおもちゃを選ばず、私にプレゼントするために指輪を選んでくれた。
小さなおもちゃの指輪は、私の小指にしか入らなかった。
飾りのガラス玉がキラキラして、宝石のようにきれい。
「お母さんの小指に似合っとるな。お出かけするときに、はめて行きなよ。」
どこで教えてもらったんだか、なんてイケメンなことを言うんだろう!
私のかわいい王子さまは、夫がやきもちを焼くほど紳士的に、私の小指に指輪をはめてくれた。
実物の宝物です。
*****
あれから10年経っても、小さなおもちゃの指輪は、物に埋もれながらも、キャビネットの中の一番の特等席にずっと鎮座していた。
すっきりと断捨離した後も、やっぱり指輪を特等席に飾ることにする。
久しぶりに指輪を取り出した息子は、
「まだこれ飾っとんの?いいかげん、捨てやんの?」
と苦笑した。
私はその指輪を小指にはめて、息子に笑顔で言った。
「私の王子さまにもらった、幸運のピンキーリングだからね。」
「何それ、きもっ!」
息子は笑うどころか、迷惑そうに、完全に引いた顔をしている。
そして、惨めな私を見下ろして、肩をポンポンしながら、小声で言った。
「またいつか、本物を買ったるわ。」
ちょっと笑って、彼は二階に上がっていった。
え!え!聞き間違い?
でも、確かに息子はそう言った。
黙ったまま、私は、小躍りした。
そして今年に入り、彼はバイトを始めたのだった。
工業系男子が、なぜか、結婚式場でバイトをしている。
だからついつい、期待をしながら、私は、小指を洗って待っている。
いえいえ、それは冗談で。
一年前にちょっと交わした会話、たぶん軽いノリでの言葉だろうし、息子もすっかり忘れているはずだと思っている。
でも、息子はバイトの初月給で、私に素敵なプレゼントを買ってくれた。
「老眼鏡」だ。
ハズキルーペほど高価ではないが、100均やドラッグストアほど安くはないやつ。
指輪ではない。
息子よ、初めてのバイト代で母にプレゼントを買ってくれて、ありがとうね。
老眼鏡でも、母は泣けるほど嬉しいです。
指輪のことは忘れていいからね。
それは、ほんとにプレゼントをしたい人ができたら、買ってあげてください。
私には、あの日の指輪があるからね。
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