息子が結婚式場をバイトに選んだわけ
高専3年生の息子が、バイトを決めてきた。
「結婚式場でバイトするわ」とサラッというので、驚いた私は反射的に「何で?」と聞き返した。
求人のサイトや広告で探したわけではなく、「結婚式場」「駅近」「親切」で検索して、ここだ!と思った式場に直接自分で連絡をしたらしい。
「口コミの評価が一番高い結婚式場やで、そこに決めた!」
なんのこっちゃ。
それを聞いているわけじゃなく、「なぜ結婚式場でバイトなの?」ってことなんだけど。
我が家の工業系男子は、ピント外れな受け答えもしばしば。
そこがおもしろい。
面接の日、式場のチーフからも
「高専に行っとんのかぁ!なんで結婚式場でバイトしようと思ったん?なんとなく、高専とは畑違いな感じやけど。」
と言われたそうだ。
やっぱりバイト先の人からも驚かれたらしい。
彼は、チーフには
「自分には将来、たぶん働く機会がないような分野の仕事なので、学生のうちにぜひ経験してみたいと思いました。」
と答えた。
でも一応、私には本当の理由を話してくれた。
とても照れ臭そうに。
「ゆうのでっかい車椅子が、ちゃんと結婚式場に入るんかなとか、どんな感じでゆうも式に出られるかなとか思って。ちょっとリサーチのつもりで。」
私は思わず泣きそうになった。
だから彼は「親切」も検索したのか。
私には、3人の子どもがいる。
「ゆう」というのは私の二女だ。
幼い頃からずっと、末っ子の息子は2人の姉を呼び捨てで呼んでいる。
24歳になるゆうは、筋ジストロフィーという病気で生まれた。
現在は気管切開をしていて、人工呼吸器も使っている。
特別支援学校を卒業してからの彼女は、ほとんどの時間を自宅のベッドで過ごすようになった。
外出するときは、普通の車椅子にはもう座れない。
だから、ベッドのようになっているストレッチャー式の大きな車椅子に乗せて、横向きに寝転んだ格好で移動をする。
頻繁に痰の吸引も必要なので、誰かがそばにいなければ生きていけない娘だ。
昨年見つけたコーヒーショップのバイトを、息子はコロナ禍を理由に、わずか2週間で辞めた。
それ以降、彼はバイトを探そうとしなかった。
よくよく聞いたら、自分がコロナに罹ったら姉の命が危ないと思い、彼なりにバイトを諦めていたようだった。
老若男女が集まる結婚式場は、感染対策に相当な神経を使っているはずなので、彼自身もそこなら安心だと考えたのだろう。
27歳になる長女は昨年の2月、彼と暮らすために家を出た。
そろそろ籍を入れるのかなと思いながら、それは娘には聞かないようにしている。
「まずは二人で一緒に暮らして、それから籍を入れる。結婚式はしないかもしれない」という現代の当たり前にびっくりした。
昔では考えられない新時代の「家族になる順序」
私の時代は、「まずは結納、そして結婚式、それからやっと一緒に暮らす」が当たり前だった。
今考えれば、今のほうが無駄がなくて、自然な流れのようにも思える。
娘が幸せならば、それが正解。
順番なんて、なんでもいい。
末っ子の息子は、そんな2人の姉を見て育った。
そろそろ、上の姉ちゃんも結婚をするかなと思ったのだろう。
そこで気になったのが、ゆうのことだった。
「ゆうが出られやんような結婚式は、おかしいやろ。」
私はそう言う息子を、誇らしく思った。
思わず抱きしめようとしたら、全力で逃げられたが。
長女の気持ちもあるし、そもそも結婚式をするかどうかもわからないのだが、彼の早合点がめちゃめちゃ嬉しかった。
溜まっている郵便物を取りに、長女が久しぶりに家に来た。
長女にも、彼のバイトの話をしてみた。
くすっと笑って
「なんやそれ、あほやな。」
と言いながらソファーから立ち上がり、長女はゆうの横に行く。
ゆうのほっぺをつんつんしながら、ゆうに話しかけるように言った。
「そもそも、ゆうが出席できやんような式場では、私は結婚式をしやんわ。」
私はまた、涙腺が崩壊しそうになる。
一緒に育つということは、理想や正論を超える。
バイト初日の朝、慣れない革靴を履いて出かける息子に声を掛けた。
「気を付けてね。まぁ、あんたの学校は男ばっかりやからさ、バイト仲間のなかで、かわいい彼女でも見つけておいでよ。」
「あほか」
息子は恥ずかしそうに笑って、ダッシュで駆け出した。
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