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片手で打ち合わす音「ユング心理学と仏教」河合隼雄著 臨床心理士への随録

日本は宗教観が生活に無意識にとけ込んでいる国だと思います。普段何気なく使う「もったいない」や「いただきます」の言葉には、森羅万象や全命同根の仏教的思想が織り込まれています。科学や経済が急速で発展し、社会や人々の価値観が絶対唯一から多様性へと変遷している今、よりどころとしての宗教や、日常の外にある宗教がもつ意味について改めて考えています。

「ユング心理学と仏教」河合隼雄著

心理療法によって誰かを治すことなどできないと私は思っています。われわれは近代のテクノロジー的思考パターンで考えることに慣れ過ぎてしまって、どうしても操作的な考えに陥ってしまう。心理療法で最も大切なことは、二人の人間が共にそこに「いる」ことであります。その二人の間には「治す人」と「治される人」として区別されるべきではありません。二人でそこに「いる」間に、一般に「治る」と言われている現象が副次的に生じることが多い、というべきなのでしょう。
私はクライエントに対して何かを与えることなどはできません。クライエントは自分の力で自己実現の道を歩むのです。
キリスト教は男性原理の強い宗教で、仏教においては母性が高く評価されます。
禅の公案の有名なものに、「両手を打ち合わせると音がするが、片手の音はどんな音か」というのがあります。これは合理的思考によって答が出ないことは明らかです。表層の意識による思考に頼らず、より深層の意識へと全人的にかかわるひとつの契機として公案が与えられていると考えられます。
アメリカよりも日本のほうがPTSDは少ないだろう。日本人は震災のショックを人々が全体として受けとめているので、孤独を感じる度合がアメリカほど強くないと思われるからである。

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