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特賞、有馬温泉旅行プレゼント

おじいちゃんがテレビの前で、季節の珍味を肴にいつも通り晩酌していると、テレビに映ったのは娘の名前。その場でやぎ髭をなでながら受話器をとった。「おい、旅行懸賞に名前が出てたぞ。特賞だ」父親の一声。母は大きな声で「お父さん、知らせてくれてありがとう!」と、両手を上げてバンザイ、バンザイと幸運に浸りながら、「やった!当たった!!!」おもむろにわたしを抱き上げ、ダンスを踊った。

母の夢を叶えた、クイズの特賞当選のはがき

母は懸賞やクイズが大好きだった。毎日、新聞社やテレビ番組、雑誌、商品キャンペーンをチェックする。これぞというのを見つけたら、急いで応募する。これまでに、有名レストランの食事券や清涼飲料水のキャンペーンでグラスセットが当たったり、日帰り旅行や遊園地の招待券などが当たった。懸賞に慣れてくると手を伸ばして、商品キャンペーンで感想文の募集に参加して、入選や佳作に選ばれた。そんな時期にテレビで「旅行プレゼント」を見て、早々に応募したのだった。それで見事に特賞の「有馬温泉旅行のカップルご招待」に当選したのだ。まもなく、旅行プレゼントを主宰している会社から、往復はがきが届いた。当選の案内と旅行日程の確認である。あらかじめ日程が決まっており、その中で希望の日程を知らせるようになっていた。母は早々に日時、名前、住所など必要情報をを記入し、当選は二人分だけど、子供の料金を払うので、7歳の子供を同行させてもらえないですか?とメモをつけて投函した。ほどなくして担当者から電話があり、お子さんも招待しますとの回答だった。これで家族そろって有馬温泉に行くことになり、母は上機嫌だった。

有馬温泉を徹底的に学習、食事タイムにクイズする愛すべき母


母は歴史が好きで旅行の前に有馬温泉を勉強した。食事時にそれを父とわたしに質問という形で自身にフィードバックするとか、「どうして有馬温泉と言われるようになったのか?」わたしと父に答えを求める。父は歴史も好まず、答える気もなく、ひたすらビールを飲み、新聞を読むふりをする。やっぱり、という風に母がため息をもらす。わたしはでたらめにいろんな答えを母にぶつけて、会話を楽しむ。母はうれしそうに「残念でした。有馬は山と山の間と言う意味で、周囲を山に囲まれた温泉地のことよ」、「次、有馬温泉はいつできたか?」「ずっと前」「えへん。有馬温泉の守護神の湯泉神社は神様がカラスから教えてもらったんだって」「ええっ、カラスに?」「神様がこの地に来た時、怪我したカラスが水たまりで行水していると、傷が治った。そのカラスは神様に温泉の場所を教えたんだって」「有馬温泉は日本で一番古い温泉で大地から湧き出ていた自然の温泉だった」「カラスはどうして知ってたのかな」「それは知らんけど、有馬温泉はいろいろな天皇や歴史的に有名なえらい坊さんの行基さんが時の天皇のためにきれいな場所に温泉に入れるようにしたんやって。平安時代に清少納言という女流作家は枕草子という本を書いて、その中で有馬温泉は日本で有名な温泉の3つに入ると書いてあるらしいよ。でもそのあとすっかりさびれていた温泉を豊臣秀吉が復興したんやって」「わー。すごいところなんやねー。早く行きたい」そこへ父が新聞から顔をあげた。「もうすぐだぞ、旅行まで一週間だ」、わたしは母から聞いたいろいろなお話しのおかげで、ワクワク感が高まって遅くまで寝付けなかった。

手作りのおでかけ着で、いざ、有馬温泉へ

翌日、母はしゃれた布地を買ってきて、わたしと母のお揃いの洋服を作った。わたしには半袖のワンピース、母はスーツ。わたしもお手伝いして、ふたりでファッションショーして遊んだ。そして、いよいよ出発の日、電車でまたあの有馬温泉を母と話して盛り上がり、「ついたぞ」父の一声で気がついたら駅だった。

有馬温泉の《金泉》と《銀泉》

駅に着くと「有馬温泉旅行のカップルご招待」の旗とともに、ホテルの迎えが大きい声で母の名前を呼んでいた。母はちょっとした奥様気分だ。車に乗ってホテルにつくと、入口にはウエルカムドリンクとともにホテルの従業員に迎えられて、両親は大満足だった。部屋に案内され、お菓子とお茶を楽しんだあと、早速温泉に行くことになった。「金泉と銀泉という2大温泉があるんやって」とうっとりと母。「いざ、温泉へ!」招待されて大切なお客さんのような扱いを受けて、しあわせ一杯なのだ。ワクワク感とともに、子供ながら何か不安を感じていた。

この旅行でわたしは、得難いものを見つけた

高級ホテルに宿泊の旅行なのに、いつもと変わらず父の好き勝手で・・・母は温泉の中でわたしに心情を語る。この旅行の経験でわたしは1つのことを学んだ。父と母は好みが違うということ。母はいつも熱心に勉強したり、研究することが好き。けれどいつも好きなことができるわけはない。父がいるのだ。招待されたこの旅行は母が懸賞に当たったのだ。父はもっと感謝すればいいのに…。日常から離れて温泉旅行に来たからこそ、わたしは両親をはじめてまじかに見ることができた。この旅行でわたしは旅行の前よりも一歩だけ成長した。その時にはわからなかったことが、何十年もたったあとにわかった。この旅行に招待されたからこそ、客観性をもって理解できたのかもしれない。そう思うと、母の懸賞好きを応援したくなる。



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