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星の出ているうちに帰っておいで*手放し*he said epi46

 年があけて、少しカコと会えた。それから、またお互いの価値観の違いで言い合いに。やっぱり近づきすぎるとすぐケンカだ…。まだ、離れていないとだめなんだ。どうしても、俺はカコに強く自分を押し付けてしまう。カコもまた、自分を曲げない。全くの正反対の俺たち。でも、嫌いにはなれない。不思議と嫌いにだけはなれないからこそ、苦しく幸せだ。

 周りに俺の気持ちを公にした時から、これまで想像もしていなかった方に舵がきられていった。

 カコがこの会社を退職してすぐに、会社を一代で創業した社長が病気で現場を退いていた。昔気質の、パワハラ社長。その後継者として、一人息子が代表に就任。就任前は名ばかりの営業部長だったその息子は、目の上のたんこぶをどんどん削除していった。パワハラ上司軍団がいなくなったのはいいが、営業の主柱を失う。それでも、業界全体が繁忙期で、どんなに高くしても営業をかけなくても商材は売れていたため、新社長は、小さな取引先を淘汰し始める。そして、数億円の投資をし新工場を設立した。とりあえず、量産して高く売り捌きたかったんだろうが、営業の人数は減る一方。技術者の数だって足りないのに…。社員からは、不安の声しか上がっていなかった。

 新工場設立から1年たらずで、業界が低迷期になる。信じられない勢いで受注が急速に激減。新社長は俺たち営業に「仕事を取ってこない無能の集まりだ」と怒りを心頭させる。またパワハラが始まった。それでもこれまでに比べればかわいいもんだ。だがそれも束の間、一度離した取引先はすぐには戻ってこない。どんどん業績は悪化していく。そして、とうとう主要事業所2社を残し、他の事業所は淘汰されることが決定した。本社含め他の拠点に行くのか、退職するのかの選択を迫られることになってしまった。

 もう50歳も過ぎている。転職なんて無理だ。そもそも見つかるわけがない。かといって、気分の上がらない会社に居続けるのもうんざりだ。やっと動き出したところなのに…。こんな状況じゃ、自信をもってカコに連絡なんてできない。

 何もない安定をとるのか。
 先が見えない未来に飛び込むのか。

 とりあえず会社があるうちは、まだ収入も保たれているが…。結局、どっちを選んでも確証なんてないんじゃないか?

 退職すれば、男のプライドともいえる地位も収入も手放すことになる。こんな未来…。不安でしかない。離婚を決意した矢先になんなんだよ!

 カコは怖くなかったのかな。聞いてみたい。話をしたい。でも、連絡するのは気が引けた。

 次を探してからがいい。でも、リサーチすればするほど最悪の現実が突きつけられて絶望が襲う。残ることを決めても、家から通える距離じゃない。なら、いっそ離婚して離れるのも手かもしれない。でも、どうしてもこの会社に居続ける気にもなれない。

 悶々とどうするか答えが出ない中、家庭の不協和音も大きくなっていた。誰もが言葉を発しない空気を、家族全員が感じていた。

 この状況は、次の行動に移せないでいる俺のせい…。子供が傷つかないようにと思いながら、もう充分辛い空気にさせてしまっている。そんな中、一番に口火を切ったのは息子だった。

 「お父さん。俺はこうなる前からずっと感じていたよ。やっと言ったんだなって思った。みんなの前では言わないけどね。もうわかってるよ。仮面夫婦ってやつだよね。俺は、転校したくないしここから動くつもりはない。連絡がとれて会えるんだったらそれでいい。みんな大嫌いになる前に…。なんて言っていいかわからないけど、今がチャンスなんじゃない?」

 まだ中2。いつまでも子供扱いをしていたのは俺だった。子供には感じさせないようにしていたつもりだったが、よく見ている。

 謝るのは息子に対して失礼だと思って、その言葉を飲み込んだ。でも、ありがとうも違う…。うなずいて、ただ黙る俺に息子はさらに続けた。

 「お父さんもお母さんも好きだよ。でもさ、仲良しだって思ったこと一度もないもん。なんか距離があってさ、目も合わせないし。なんでずっと一緒にいるんだろうって思ってた。今どき、一人親の同級生もいっぱいいるよ。別に、みんな笑ってるし不幸そうじゃないけどな。普通」

 「そんな風に見えていたんだな…。うん…。お前の気持ちはわかった。俺にだけ伝えてくれてありがとう。良い子だな」

 半泣きで、息子の頭をくしゃくしゃ撫でた。息子は逆に半笑いで照れくさそうに、そして寂しそうにも見えた。多感な時期、急に男になった息子の顔は、どっちつかずの俺の背中を押してくれているように思えた。

 

 

 

 

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