丑三つ時の奇怪。
まえがき
今回は、いつきの実体験を物語風にしてみました。
長いので、時間に余裕のある方と、何を読まされても怒らない方のみお進み下さい。
意味合い的には①でお願いします。
けしからんとは思っていません(笑)
丑三つ時の奇怪。
草木も眠る丑三つ時。
此処は築古のとある木造アパート。
秋ももうじき終わろうかという、寒い夜のこと。
この日も。
この世界の理に背くように、
いつきは布団の中、眠れぬ夜を過ごしていた。
そろそろ眠らないと明日に、いや、今日に障ってしまう。
全身の力を抜き、目を閉じ、眠る事に意識を集中しようとした。
その時。
いつきはふと、違和感に気付く。
そして、その違和感は徐々に存在を大きくしていく。
臭う。
何か臭うぞ。
通常なら、その時間帯に感じるはずの無い匂いが、横たわるいつきを包み込んでいる。
いつきは必死に、その匂いの正体を探るべく過去の記憶をさらう。
そう、そうだ。
自分はこの匂いを知っている。
鼻の奥にねっとり居座るような、この硫黄を思わせる少し香ばしさもある、この匂いを。
コレは、玉ねぎの匂いだ。
カレーを作っている時の玉ねぎの匂いだ。
でも、こんな時間になぜ?
我が家の今日の夕食に、玉ねぎは使っていないはずだ。
そう考えを巡らす間にも、匂いはどんどん強くなる。
にんにく、玉ねぎが大好きで。
二郎系ラーメンを食べる時に、帰りの車に同乗する旦那さんの事などお構いな無しに、
『二郎系を選んでおきながら、にんにくを我慢するなど笑止千万』
と、本能のままにんにくマシマシにするいつき。
そのいつきをもってしても、耐えられぬこの匂い…
オカシイ。
この匂いは玉ねぎが発しうるレベルを超えてはいないか?
次に、いつきがとった行動は布団に潜る事だった。
良かった、布団の中にこの匂いは存在しない。
自分から発せられているわけでは無さそうだ。
億劫な気持ちを抑えつけ、立ち上がる。
寝室とキッチンを隔てる引き戸を開け、キッチンに向かう。
そこにあるのはヒンヤリとした空気だけ。
こちらの部屋には匂いは届いていないようだ。
続いて廊下、玄関、重い鉄製のドアを押し開け外に顔を出す。
段々と自身の嗅覚に自信を無くしていく。
強い匂いに鼻をやられたか。
鼻孔を刺す冷たい空気も相まって、匂いが分からない。
頭に疑問符を浮かべたまま、
寝室のある部屋の引き戸を開けて、再び寝室に足を踏み入れた。
瞬間。
一度外に出てリセットされたらしい己の嗅覚を、再び、あの匂いが凄まじい勢いで襲う。
この部屋だ。
しかも天井に近いほど匂いが強い気がする。
この匂いは、煙の様に上に溜まるのか?
そんな分析と共に、恐ろしい可能性が脳裏をよぎる。
都市ガスの匂いも、こんな匂いでは無かっただろうか?
この部屋は1階、築古の木造、冬場のあの寒さだ、床もさぞ薄いことだろう。
もしや、
天然ガスでも吹き出したのではあるまいか?
瞬時に微かな火種に引火して、炎に包まれる自分たちの姿が頭を過る。
申し訳無さもかなぐり捨てて、慌てて深い眠りの中に居るであろう旦那さんを起こす。
半分夢の中にいるであろう彼に事情を話せば、鼻を引く付かせ彼も匂いを確認し始める。
しかし、残念ながら彼は耳鼻科の先生が舌を巻くほどの鼻炎持ち。
自分には分からないと肩を落とす。
しかし、いつきが言うのならそうなのだろうと一緒に原因を突き止めようとしてくれる。
こういう時、
無条件に自分を信じていると言外に行動で示してくれる彼に嬉しさを感じる。
頭が冴えて来るのとともに、彼にもこの匂いが分かってきたらしい。
彼は頭を巡らせ、次々に可能性を示唆する。
それに対して、
すでに確認済みのものについては説明し、未確認のモノについてはいつき自らが確認して回る。
その内に、さっきの彼に対する感動など無かったように、
考えを示し問うのみで、自らは立ち上がりもしない布団の上の彼に少し苛立ち始める。
身内が言うのもなんだが、彼は思慮深く聡明な部類の人間なのだと思う。
しかし、
面倒事、こと日常生活に関しては腰が重く行動力に欠けるところがある。
食事済みのお皿や、使った道具などは出したら出しっぱなし。
コップに至っては、
前のものを片付けず次から次へ持ってくるものだから、テーブルの上はマグカップだの缶だのグラスだのペットボトルだの。
こちらが黙っていれば部屋はすぐさま荒れ果てるのだ。
きっと、
彼も自分一人なら、部屋の散らかりが自らの許容ラインを超えた時点で片付けるんだろう。
彼はやる時はやる人だ。
そう、信じている。
しかし、その前に。
荒れ果てていく部屋に我慢ならなくなったいつきが、片付けてしまうのがいつもの流れだ。
匂いへの恐怖より、彼への不満が頭をもたげ始めたところで、自分を叱咤する。
いや。
一度寝たら多少の事では起きない彼が、眠たいなりに一緒に原因を考えてくれているのだ。
感謝せねばなるまい。
そう、自分に言い聞かせ彼と原因を潰していく。
そこで彼がボソリと呟いた
『加齢臭…?』
それは、最も恐ろしい可能性。
いつきが布団に潜り確認し、いの一番に潰したはずの可能性だ。
夫婦ふたり、それぞれに自らの脇などの匂いを確かめる。
やはり、自分ではないと思われる。
ならば、彼か?
己の匂いをあちらこちら確かめる彼に、ついつい疑いの眼差しを向けてしまう。
この人生で、加齢臭と言うものを嗅いだことは多分まだ無い。
どんな匂いなのかは知らないが
もし、将来どちらか、もしくは両方が醸し始めたとしても。
お互いへの愛情があれば乗り越えられると思っていた。
だが、
もし、コレが世に言う『加齢臭』なのだとしたら。
舐めていた。
申し訳ないが、この匂いの隣で安眠は出来ないだろう。
こちとら、タダでも眠りが浅いのだ。
無理ゲーだ。
この狭いアパートで、どちらが寒いリビングで寝るのかと一瞬で算段をつけそうになる。
『違うみたいだね』
そこに、彼の言葉が降りてくる。
そうか、違うのか。
よかった。
自分は、はなから疑ってなどいない様な顔をして、彼の言葉に同意した。
次に、
彼が示唆したのは、すぐ横の外に通じるベランダの窓だ。
先程、玄関から外を確認したいつきは除外していた可能性だった。
何もないだろうと高を括りつつも開けてみる。
すると、物凄い匂いが押し寄せて来た。
室内の匂いなど比ではない匂いだ。
慌てて身体を乗り出し確認する。
車の音もしない静かな丑三つ時、
匂いの根源になりそうな物体も無ければ、あたりに火事らしき気配も無い。
あるのは圧倒的な匂いのみ。
しかし、あることに気づく。
すぐ横の、斜め向かいの部屋の明かりが付いている。
こんな時間にだ。
間取りを想像するに、その部屋は1Kタイプだったはずだから、キッチンがあるあたりだ。
換気扇も物音もしないようだか、匂いはそちらの方から来ている。
毎日、朝と夕。
盛大な鼻歌と砂利の音を元気に響かせながら。
裏の駐車場へショートカットするため、
我が部屋のすぐ脇、アパートの壁沿いの細いスペースを歩いて行く青年の姿が頭によぎる。
彼が越して来た当初は、
その近所中に響き渡っているであろう鼻歌を面白がって、
旦那さんも張り合って、かなりの声量で彼の鼻歌に合わせセッションを始めるものだから必死に止めたものだ。
彼が私達に聴かれていることに気付いて、歌いにくくなってしまったらどうしてくれるんだ。
と。
いつきは今でこそ慣れたが、
専業主婦だった母や妹弟が常に家に居てくれる環境で育ったので、根は結構寂しがりやなのだ。
だから、
賑やかな彼の気配を、結構愉快だと思っていた。
自分たちの住むアパートの1階共有部分の外廊下は、屋根こそあれど吹きさらし。
彼の家に良く届く、置き配の荷物は良くあっちこっちと吹き飛ばされている。
それを見付ける度に、コッソリ玄関前に戻しては、今日も彼の生活の安寧を陰ながら守れたと、嬉しくなっていたりもするのだ。
シャイな彼とは挨拶すら交わしたことはないが、
いつきは彼を、同じアパートに集った縁ある者同士だと、勝手に親近感を抱いているのである。
彼の存在を思い浮かべ、ストンと腑に落ちるものがあった。
何が、
『この匂いは玉ねぎが発しうるレベルを超えてはいないか?』
だ。
彼なら、時間も場所も、食材の限界すら関係無く。
その若さと、自由な発想で
すごいスタミナ満点のカレーだって作れるはずだ。
夫婦全会一致のもと、
異臭の正体は『彼の手料理』
と、いうことでまとまった。
原因が判明したとて。
その夜は、鎮まる気配の無い異臭の中、中々寝付けはしなかった。
賃貸の家賃なんて1円でも安い方が良い。
多少古かろうが、間取さえ好みなら。
特技の掃除でキレイにして、自らの工夫とときめくモノたちの力を借りて、
自分たちの最高の我が家にしてみせる。
そんな気持ちで、
このコロナ下、いつきが県外からリモートのみにも負けずに頑張って探したこの築古激安物件は、
全く持って賑やかだ。
2階からは、赤ちゃん言葉の成人男性が四足歩行でドタバタと動き回る音がするし。
時に、非常に男前な女性のクシャミが聴こえたりもする。
陽気な鼻歌も聴こえるし。
今回の異臭騒動みたいなこともある。
奇怪…
いや、賑やかな住民たちの生活の気配を感じることが出来る。
寧ろ、
おもしろ動画やゲームを発掘しては笑い転げたり、
突如ちいかわのうさぎのモノマネを始めるいつき夫婦が、一番の奇怪扱いをされているかもしれない。
そんなこんなで、
いつきはこのアパートでの暮らしを結構気に入っている。
今回の一件でいつきは、
望まぬ時のにんにく、玉ねぎの匂いは凶器になり得ることを知った。
スメハラなどという言葉も生まれている昨今だ。
コレからは、少しだけ気をつけていこうと思った。
今回は、
丑三つ時の奇怪
もとい、
人の振り見て我が振り直せ
な、話。
彼のカレーはどんな味だろうか?
もし、カレーでないなら、一体何を作っていたのだろう?
あと、
いつも口ずさんでいるあの歌は、ラップなのだろうか?
それとも、J-POP…?
この物語は、企画への参加に合わせ、新たに賑やかし帯の追加と、一部加筆修正を行いました。【2024年3月31日】
この作品はコチラの企画に参加させていただいています⇩
三羽さん、ありがとうございます!
【サイトマップ】この記事書いたいつきはこんな人⇩
#私のイチオシ
#itioshi
#企画
#物語
#私の作品紹介
#賑やかし帯
#いつき
#暮らし
もし自分の記事を気に入って下さいましたらサポート頂けたら嬉しいです! 頂いたサポートは趣味の暮しに使わせて頂きますm(_ _)m