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卒業までに殺して 一章 銃と約束



【あらすじ】 
 金髪教師、工藤悠希は屋上にて自身のクラスの女生徒の飛び降り自殺を食い止める。しかし、理不尽に怒られ、限界を迎えた悠希は「だったら殺してやる」と返す。少女はその言葉に目を煌めかせた。悠希が発砲した弾は外れ、腰が抜けた悠希が「一年分の勇気を使った」と語ると、少女は「来年殺して」と願う。
 そんな少女に悠希は「卒業までに殺す」と約束して見せる。
 また、女装男子やラッパー志望の少女らと共に『ナイトクラ部』を設立する。
 そこで、「社会の普通」からあぶれてしまった少年少女が、夢や人との関わりを通して、普通を強要する社会でどう生きるのか模索し、成長していく物語。


【本文】

プロローグ
 安全柵越しに下を見やる。春の香りはもう過ぎ去り、夜風がスカートをめくり、フワフワして、なんだか心地良い。
(やっと、やっと死ねる)
 悲願が叶うと信じて、下を見やる。やっぱり身体は怖いのか、膝ががくがく震える。
 どうにか膝の震えを抑えて、もう一度、飛び降りるべく安全柵を乗り越えようとする。
 ようやく覚悟が決まったと思ったら、屋上の扉が開いた。そこにいたのは担任の工藤先生だった。
「ちょちょちょ、ちょっと待って! 何してんの!」
 先生は焦ったように、声を上げる。
 こんな時まで、邪魔が入る事に、半ばやけくそ気味に笑いが漏れる。溢れた笑いと共に、私も屋上の縁から零れ落ちる。
 時間が、凄く、ゆっくりに、感じる。
 空気が全身を貫くみたいに通り過ぎていく。
 けど、直ぐに助けられたことを認識する。

 チェイス。チェイス。チェイス。

 チェイスの果てにたどり着いた、東棟の最果ての空き教室。
 もう自分でもわけわからなくなって、私は喚くみたいに、笑いながら、先生に心の奥をぶちまけた。
 教壇を挟んで、黒板を背にした工藤先生が銃に弾を詰める。教師では珍しく金髪で、生徒からの信頼も厚い。生徒達からは「悠希ちゃん」と呼ばれているらしい。
 そんな先生。
 拳銃を持っているのは先生の方なのに、先生は追い詰められたような顔をする。
 私を庇って、足を怪我している。理系の教師の象徴でもある、白衣にべっとり血が付いている。
 こんな状況なのに、私は張り付いた笑顔をはがすことはできない。私も先生みたいな表情ができたら、普通に生きることができたのだろうか。
 緊張した先生の顔が興味深くて、教壇に肘をつき、前のめりになる。工藤先生は、また追い込まれたように一歩引きさがり、私を見据える。
 荒い息遣いの先生が、鉄塊を私に向ける。

(バンッ‼)

 凄い爆発音がして、耳がキーンってする。
 どうやら工藤先生の撃った弾は、私には当たらなかったらしい。
 でも、先生は今の一瞬。本気で私を殺してくれようとしていた。
 目を見開いて、へたり込んでいる先生を見て、なんとなく、そう思った。  

 この人なら、いつか私を殺してくれる。


一章 銃と約束

 春の暖かさは過ぎ去り、早めの梅雨も明け、じりじりと太陽を感じるこの頃。チャイムが鳴り、本日最後の授業が終了したことを伝える。
 アタシは授業を切り上げ、伸びをして、日直に挨拶を促す。正直授業ごとに挨拶する必要とかないと思うのだが、学校の決まりだから一応従う。
 生徒たちがアタシに向かって礼をし、皆それぞれの放課後の時間を送り始める。颯爽と帰る者や、部活の準備をする者、しょうもないじゃれ合いをして遊び始める者。
 いいなぁ、若いって。アタシだって世間ではそれなりに若いはずなのに、高校生ってだけでなんか別物感というか、特別に感じる。アタシもセーラーとか着たらあんな感じになるんだろうか。
「ねぇねぇ、悠希ちゃん。今日当直なんでしょ? 放課後居残りしたいから教室開けといて欲しいの!」
 花の女子高生様がアタシの名を呼び、何度目かわからないお願いをしてくる。彼女たちが教室を開けてと言うのは、話場所を求めての事だろう。
「またぁ~? アンタたちそういうのはファミレスとかでやってよ」
「お金ないの。ね、お願い!」
 先頭の、栗色の髪を軽くウェーブさせた少女が顔の前で拝みながら上目遣いでお願いしてくる。
「「お願い」」「オネガイ」
 続いて後ろから三人、同じように拝みながら頼み込んでくる。内一人はピンクのメッシュの入った少女だ。金髪教師のアタシが言うのもなんだけど、ピンクメッシュって校則的に大丈夫なんだ。
 教室の奥の方では馬鹿な男子生徒二人組が「カバディカバディ」言いながらじゃれ合っている。隣ではヘッドフォンをした少女がうっとおしそうに顔をしかめている。まぁ、そりゃあそうだカバディは教室でやるものではない。彼女がイラつくのも真っ当だ。
「ったく、しょうがないわねぇ~。絶対他の先生に見つからないようにね」
「ありがと! やっぱ悠希ちゃんサイコーだわ」
「ホントホント、工藤大先生サイコー!」
「サイコー!」
「フフン、苦しゅうない苦しゅうない。もっと褒めていいのよ」
 まるで御仏を相手にしているかの如く拝み倒して持ち上げる生徒たちに気分が良くなって腰に手を当てる。
「そういうとこだよー、悠希ちゃんがクソ男ばっか引き当てるの。あと、タバコ辞めなよ」
 コイツ、痛い所を。しかし、事実ゆえに否定もできない。実際問題こうやって直ぐにノリに乗るから、軽薄クソナンパ師とか借金ゴミホストに引っかかるのだ。
 あと、タバコは辞めれない。日々平和を想う心を養うためにピースを吸い続けるのだ。
「うっせ!」
 アタシを口撃してきた少女を適当にあしらい、教室の奥で相変わらず馬鹿している男二人組にターゲットを向ける。
「オイ後ろ! カバディすんなら体育館でしろ! あとカバディをなめんな!」
「へーい」「悠希ちゃんもやろーぜ」
「ぶっとばすぞ!」
 素直にいう事を聞く馬鹿一号に対し、馬鹿二号の馬鹿な提案にキレて見せると、教室が笑いに包まれる。生徒に「悠希ちゃん」呼びされるのはどうかと思うが、生徒たちにこうやってなついてもらえるのは、正直……気持ちいい。だって、前の職では持ち上げてくれるのがジジイかホストしかいなかったんだもん。
 生徒たちと軽く話した後、ごった返す廊下に出る。途中で一人の男子生徒がファンクラブに囲まれている所に遭遇し、アタシも傍からそのご尊顔を拝み、職員室まで戻った。
 早めに仕事を終わらせた良いものの、今日は当直だから帰れるわけではない。っていうか、この時代に当直ってふざけてるだろ。昭和か!
 陽の色が白から朱になっていく。生徒たちが帰り、教師も帰宅し、こっそり居残っていた生徒たちにもさっさと帰るように促す。
 放送室に向かい、居残りがいない様に簡素過ぎてつまらないチャイムを流した後、教室の施錠確認で校舎中を走り回る。こんなの警備員とか雇ってやってくれよ。教師の仕事じゃない。仮に不審者が現れたとして、アタシ一人でなんとかできるわけが無い。いや、素手相手ならワンチャンあるけど……。とにかくアタシは速攻逃げるからな。
 ましてや、ここ最近は何かと物騒で、拳銃の販売現場が取り押さえられたとニュースでもやっていた。尚更当直なんてすべきではない。
 施錠確認中、東棟の最果てにて、一つ鍵が壊れた教室があった。まぁ、未だに当直なんかしている古い学校だし、カギの一つや二つ壊れていても仕方ない。それに、ちゃんと書類を提出しとけば、後の作業は多少サボっても仕事した感が出る。好都合かも。

 鍵の壊れた教室以外、順調に施錠確認を済ませ、最後に屋上の確認に向かう。
 しかし、屋上の扉は開いていた。今日は誰も屋上の鍵を借りていないはずだし、鍵はアタシの手元にある……。こっちも壊れてるんだろうか? 鍵穴を見ると、強い衝撃、銃で撃たれたような跡が残っている。この学校、昔銃撃事件でもあったんだろうか。コワイナー。
 っていうか、がばがば過ぎない? やっぱりこんなアナログな方法をとっている学校、今時殆どないだろう。
 恐る恐る屋上の扉を開け、確認する。
 そこには、悪魔の羽? のついたサークルバッグを背負う、ピンクのメッシュが入った少女が立っていた。確か、というか、間違いなくアタシの受け持つクラスの生徒だ。確か名前は……千繰椎名だったか? 先ほど「居残りさせて」とお願いしてきたグループにいたはずだ。
「ちょっと、何してんの? 下校時間は過ぎてるわよ」
 声をかけると、彼女は振り向き、微笑みながら安全柵を乗り越えようとする。
「ちょちょちょ、ちょっと待って! 何してんの!」
「アハハハハ!」
 彼女は高らかに笑い声をあげて、いまにも飛び降りようとしていた。怖ぃ……。
 怖いけれども止めに入ろうとして、ほんの一瞬目を疑う。柵越しの彼女の手には銃? かなにかが握られているのを確認したから。
 自分から死のうとしてる相手を、止められなかったからって誰に責められようか。ましてや、銃を持っている相手をどうなだめるというのだ。そんなのはポリ公の仕事だ。
 けど、アタシが当直の時に転落自殺なんて起きたら、面倒なんて話じゃない。ふざけんな! アタシはゆっくりテキトーに、時にちやほやされながら教師をやりたいんだ。
 アタシは体が半分重力に引っ張られ、落ちつつある彼女に抱き付き、彼女を守る形でアタシも落ちる。
 いや、待って、落ちる必要なかった! ヤバくない? これ。
 ガサガサっという音と共に体中に衝撃が走る。
「痛ったぁ……」
 左足のふくらはぎが燃えるように痛んだ。少ししてから、じんわりとお湯が染みるみたいな感覚がする。患部を見ると、破れたタイツから赤黒い血が滲んでいる。
 とはいえ、生徒の自殺を止められた。いや、熱血教師とかではなく、マジで面倒ごとにならなくて済んだ。でも、何があったか知らないけど、この娘にはカウンセリングだかが必要かも。
 最悪の事態にならずに済んだと安堵し、抱きかかえたはずの彼女を見やるも、いつの間に逃げたのか姿はなかった。痛みで気付けなかったらしい。
 おいおいおい、ふざけんな。こんな思いして止めたんだから、優しい先生に感動して更生するパターンだろ。
 内心キレつつ、白衣とメンタルをズタズタにしながら、木を降り、逃げた千繰椎名を追う。幸い、いや、幸いではないもかもしれないが、彼女の上靴の片方と、彼女が持っていた銃が落ちていたから方角はわかった。そして、恐らく、逃げた先も推測できる。この方向は、カギの壊れた教室がある方向、すなわち東棟だ。
 痛む足を引きずりながら「流石に置いたままに出来ない」と拾った拳銃片手に、彼女を追う。こんなところ、他の人に見られたら一発で逮捕案件だ。
 案の定、方角は合っていたらしく、声をかけては逃げられるの繰り返しで、中々追いつくことができなかった。高校生の体力ヤバい……。
 追って、追って、結局、彼女は例の教室にいた。
「はぁ、はぁ、はぁ……オイ、千繰。なんでこんなもの持ってる。そもそも、なんで飛び降りようと思った。なにかあるなら先生に相談し」
「やっと死ねそうだったのに、邪魔しないでよ!」
 なんでか、ものすごい剣幕で怒られた。意味わからん。
「……はぁ⁉ ふざけんじゃないわよ! そんなに死にたいなら殺してあげるわよ!」
 理不尽の連続にそろそろ限界が来たアタシは、思わず生徒相手に教師としてどころか、人として最低な事を言い返していた。けど、所詮、子供特有の死生観などに憧れる……言わば中二病みたいなものだろう。そういう意味で大人として本気でブチギレてやるのもありなのかもしれない。
 そんなアタシに驚いたのか、彼女は目を丸くする。
「いいの?」
 けど、目を丸くした後、紡いだ言葉はまるで「救われた」かのようだった。
 彼女は、本気で死にたいと思っているのだ。
「っ……」
 理解できなかった。まだ始まって二か月とちょっとしか経っていないとはいえ、学校生活での彼女は、特に虐められていると言う訳でもない。寧ろクラスでも、言わば、イケてるグループに所属している。顔も良い方で、いつもにこやかだし、見たところ、男子生徒の中には彼女に思いを寄せている生徒だっている。成績だって中の上ぐらいにはいる。初めの三者面談でも、両親は良識的で優しい人達だったと思う。身に着けている物からも経済的に困っていると言う訳でもなさそうなのに。
 なのに何故? 当然、上を見ればいくらでもいるのだろうが、十分恵まれていると思う。少なくとも、自殺を考える様な立ち位置にいる人間ではないと思う。
 疑問を抱き、尋ねる。
「そもそもアンタ、なんで死にたいのよ?」
「そんなこと先生には関係無い」
「『誰にも理解してもらえないー』って不貞腐れるのはガキ過ぎるわよ。……そうね、アンタがそういう態度とるなら、アタシは何が何でもアンタの邪魔するわ」
「無茶苦茶だよ先生。そんなの普通じゃない」
「知るか! だったら説明しろ!」
 狼狽える少女にハチャメチャな言い分を押し付ける。どうせお互い様だ。勢いで推した方が勝ちだろう。

 日が長くなってきたのか、もう薄ら明るくなりつつある、アタシ達以外誰もいない教室棟。
 半ばやけくそ気味にキレ散らかしたアタシに堪忍したのか、椎名は口を開いた。
「私は……人の心がわからない。ちっちゃい頃から、パパとママや小学校の先生に、『普通に生きて』って、何度も言われてきた。けど、普通って何? 大人が言う事が普通なの?」
 彼女の言うには、幼い頃から空気が読めず、小動物を殺した事もあるらしい。それを周りの大人に怒られ、矯正されたと。今、学校ではグループの他の娘の態度や言動を真似ているとの事だ。
 一言で言えば「サイコパス」と言うやつなのだろう。自身の過去や内心を語る彼女は、アタシが思っていたサイコパスの像とは随分と違ったが、とにかく彼女は悩み苦しみ、しかし自分でも上手く死ねずに困っていたのだ。
「だから、女子高生っていう、誰もが認める普遍性を持った内に死にたい。普通の人として、死にたい。だってテレビとか見てても、女子高生は、ありふれてて、キラキラしてて、そんなまま死ねたら、私は普通になれる」
 震えた声で語る彼女の表情は、声とは打って変わって張り付けた様な造り笑顔だった。知らされて初めて思い知るも、要するに、こういう所が人と違い、それに苦悩を感じているのだろう。
 故に、返答に困った。
 アタシはそれほど規律正しく生きてきたわけじゃないけど、大人として、最低限のモラルや規範を教えてやることはできる。でも、そんなのは、周りの無理解な大人達がやってきたのだろう。そしてその度、彼女は心をすり減らし、こうして「死にたい」と語るようになったのだ。それにアタシは、そんな普通の事を教える為に教師になったんじゃない。
 だから……。
「わかったわ」
 拾った拳銃を構える。銃口を彼女に向けて引き金に手を掛ける。
 彼女は本当に、他人に生殺与奪の権を握られているのに、代わらず顔に笑みを張り付けていた。
「いいの?」
 期待に満ちた表情で。
 鍵の壊れた無機質な空き教室。
 学校中をチェイスした後、辿り着いた。怪我した足がジグジグと痛む。
 拳銃を持っているのはアタシの方なのに、なぜかアタシが追い詰められている。
 黒板を背に、教卓を挟む形で、ピンクのメッシュの入った少女がアタシに迫る。
 銃を向けられているのに、彼女はニッコリと笑顔を張り付けていた。
「はっ……はぁっ、はぁ……」
 すぐ目の前の彼女に向けて、鉄の塊を構える。
 拳銃の重さと、冷たさに息が荒くなる。焦点がブレて、手が痺れて、足が震える。

 でも、アタシは、彼女の願望をかなえてやるべく重い引き金を引いた。

 銃声っていうのは、生で聞くと恐ろしいな。
 乾いた音が学校中に響く。一拍して、酷い耳なりがする。アタシは思わずへたり込み、しりもちをついた。
 彼女を見やると、目を丸くして驚いていた。けれど、弾は外れて彼女の後方、教室後ろのロッカーのへりに当たっている。
「……ごめん。当たんなかったわ。でも、もう撃てない。一生分……は言い過ぎでも、一年分の勇気を振り絞ったと思うの……」
 本音だ。もう拳銃を持ち上げられる勇気がない。よしんばそれができたとしても、引き金を引ける気がしない。
 自分でも何が何だか分からなくなって、目を逸らそうとする。
「センセ。ありがとう」
 けれど、彼女は救われたように礼を述べた。
「え、えぇ」
「ねぇ、センセ。一年分って言ったよね? じゃあさ、来年、来年殺して……」
 なんて目で見るんだろうか。消え入るような声で願ってくる。
「はぁ、はぁ、はぁ……わかった、わ。卒業までに、アタシが殺してあげる」
 俯く。足元に落ちた銃に視線をやる。口で了承して見せる。も、そんなつもりは毛頭なかった。
「ありがとう」
 やはり彼女は悟ったような悲しい目でお礼を述べてくる。
 ふざけんな。だれが殺してやるものか。アタシは、責任なんて取れない。
 未だに震える手で、それでも、床の銃に手を触れた。

 結局、千繰椎名は次の日……というか、数時間後だが、きっちり登校してきた。寧ろアタシの方がズタズタの足に、血がこびりついた白衣の奇怪な格好でよたついていたので、出勤してきた先生、生徒達に悲鳴を上げられた。
その結果、保険医の光村先生が出勤してきて直ぐに手当てしてもらう事になった。
「アナタ、何をしたらこんな事になるの?」
 案の定、光村先生は呆れた顔でアタシのタイツを脱がし、水の滲みたタオルで汚れを拭いた後、きっつい匂いのワセリンだかオロナインだかを塗りガーゼをしてくれた。
「いやぁ、えっと、ちょっとこけちゃいまして」
「木の上で?」
 うぅ……、何故木の上だとバレたのか。
「タイツに小さな木の枝が付いてるし、白衣も血だけじゃなくて木の皮が擦れた跡があるわ」
「そ、そのぉ……」
「ま、良いわ。言いたくないなら」
「え、良いんですか?」
「えぇ、別に私は学校の治安とか、他人の悩みを聞くのが仕事じゃないし。でも、無茶しすぎない様にね。アナタ、結構生徒たちから好かれてるようだから、あんまり怪我しすぎると生徒たちまで心配するわよ」
 興味なさそうに、机に向き直り、業務的に淡々と優しい言葉を投げかけてくれる光村先生。神、仏、光村先生!
「光村センセェ、すきぃ!」
 思わず感動して抱き付こうとするも、光村先生は、椅子を後ろにスライドさせてアタシの事を避けるのだった。

 いつも通り……とはいかないものの、痛み止めの錠剤も貰ったので、傷は痛まなかった。とはいえ、学校側も当直の教師が白衣を血で染めて、フラフラとよたついて現れたら休ます他無く、授業は代理兼副担の郷田先生に任せ、朝のホームルームだけこなして帰宅していいことになった。
 それに、昨日は一晩中、椎名とチェイスをしていて、シャワーにも入れていない。早く帰って浴びたい。そも、チェイスをするなら車でやりたい。
 教室に入り、さっさとホームルームを済ますべく教壇に立つ……も、アタシの姿を見た生徒達は着席するどころかアタシの周りに群がる。
「悠希ちゃん! 怪我したって聞いたけど大丈夫だったの?」
「そうだぜ、血まみれで倒れてたって話だけど」
「銃で撃たれたって話でしたけど、本当に大丈夫なんですかぁ?」
「ウチは屋上から突き落とされたって聞いたよ」
 噂が巡り巡って、生徒達の中でアタシは、屋上から突き落とされたうえ、銃撃を受けて血まみれで倒れ伏していた奴になっているらしい。なんだそれ、無茶苦茶だろ。オーバーキルにも程がある。
最早凶悪犯罪、尾ひれの方がデカくなった噂だが、要素が微妙にカスっているのが質が悪い。
 とは言え、こうして心配してくれるのは純粋に嬉しいし、ちゃんと生徒達に向き合って来て良かったとも思えた。
「アハハ、そんな訳ないじゃん。ちょっと足を滑らしただけ、大丈夫よ。でも、ホームルームで帰るから、授業と帰りのホームルームは郷田先生にお願いするわ」
 ふと、周りに集まった生徒達の中に椎名を見つける。気づかれぬように、生徒達をいなしながら、彼女を観察していると、彼女は言っていた通り時たま隣の少女の表情を見ては、真似をしてアタシを心配するふりをしていた。
 ふと、群がった生徒の中の一人が、
「悠希ちゃんがいなくなったらヤダよぉ……」
 涙を流し始める。それが伝播したのか皆口々に語る。
「ホント、ホント。悠希ちゃん体大事にしろよなー」
「せんせぇえええ!」
 思春期の少年少女は感受性が豊かな事だ。
 自分のために泣いてくれたりするのは心底気持ちが良いのだが、そろそろ収集が付かなくなりそうなので、柏手を打って彼らに告げる。
「ハイハイ、いなくならないから。一応大事を取って暫く休むだけよ。直ぐ帰って来るわ。別に離任とかじゃないから安心してサッサと席について。中間テストが終わったからって、気を抜いてるとアンタ達こそ痛い目会うわよぉ!」
 アタシが笑って言って見せると、生徒達はそれぞれの反応を示しながら席についた。
 ホームルームをこなした後、アタシは職員室で他の先生へ挨拶し、副担任に引き継ぎだけしてさっさと帰宅した。
 ほんと、大人ってめんどくさい。


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#創作大賞2023
#イラストストーリー部門


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