卒業までに殺して 三章 夜と彼岸花
【あらすじ】
金髪教師、工藤悠希は屋上にて自身のクラスの女生徒の飛び降り自殺を食い止める。しかし、理不尽に怒られ、限界を迎えた悠希は「だったら殺してやる」と返す。少女はその言葉に目を煌めかせた。悠希が発砲した弾は外れ、腰が抜けた悠希が「一年分の勇気を使った」と語ると、少女は「来年殺して」と願う。
そんな少女に悠希は「卒業までに殺す」と約束して見せる。
また、女装男子やラッパー志望の少女らと共に『ナイトクラ部』を設立する。
そこで、「社会の普通」からあぶれてしまった少年少女が、夢や人との関わりを通して、普通を強要する社会でどう生きるのか模索し、成長していく物語。
【本文】
幕間
センセはあんなことがあったのに、何事もなかったように接してくれた。ただ「部活に入らないと……」って脅された。
結局入ることになった部活は、同じクラスの十瀬叶ちゃんと、学校でも有名な睦月美波ちゃん? だった。
直ぐに、美波ちゃんは、形は違えど、私と同じような悩みを抱えているとわかった。それなのに、あんなにハッキリ元気に話すのを見て、私が真似するべきはこの子なんじゃないかと思った。
何があったのかわからないけど、前以上に晴れた表情になった美波ちゃんが私服とかお化粧品を持って来た。すると、叶ちゃんも好きなものを持って来る。
だから空気を読んで私も自分の部屋にあるモノを幾つか持って行く。そしたら、叶ちゃんは目を輝かせて私の私物について聞いてきた。
それ程愛着があるモノたちではないけれど、知識として知っていることを話した。
以降、叶ちゃんはよく話しかけてくれるようになった。ヒップホップについてはあんまりわからないけれど、楽しそうに話す叶ちゃんはコロコロと表情が代わって面白かった。
それに、叶ちゃんも美波ちゃんも、私の反応なんて、気にしなかった。
それが私には心地よかった。
センセが変な衣装を着ていた次の日、叶ちゃんは私に自身のパーカーを着せて満足気な顔をした。それに習って美波ちゃんも私服から様々な服を着せて来て、私はまるで着せ替え人形みたいになった。
美波ちゃんは、
「女の子なんだから、こういうお姫様みたいな衣装も楽しまないと!」
と、主張する。対して、叶ちゃんは、
「もっとラフでヒッピーな方が似合ってる」
と、反論する。
二人の言い合いの末、
「「椎名(ちゃん)はどっちが良いと思う?」」
って、ちょっと怒ったみたいに聞いてくる。
私はいつもの笑顔を張り付けて、「悩むなぁ」っておどけて見せる。善人のフリ。優しい人のフリ。それ以外、表情を見せられないから。
そしたら二人は落ち着いた感じで笑って、着せ替え勝負は幕切れとなる。
でも、初めて、他人に与えられた「何か」で楽しいと思えた。
ただ、センセに見られたら恥ずかしいかもしれない。もしかしたらセンセも恥ずかしがってたのかな?
でも、なんでセンセにだけ恥ずかしと感じるんだろう?
三章 夜と彼岸花
夏も終わり、生徒達には初めての二学期が訪れた。
まだ暑い廊下を歩き、生徒達が待つ教室の戸を開ける。心なしか生徒達は気怠そうにしている。
「はーい、シャキッとする。今日から普通に授業だからね」
二度柏手を打って彼らの気を引き締める。
「悠希ちゃ~ん。そんなこと言っても怠いよぉ~」
「ずっと夏休みが良い~」
しかし、生徒達は口々に文句を垂れる。そんな生徒達にアタシはキレ散らかす。
「うっさいわねぇ~。アタシだって一生休んでたいわよ! 金持ちイケメンに養われて生きていぎだい!」
アタシが願望を口にすると、教室は笑いに包まれ、またいつもの教室に戻った。我ながら生徒を捌くの巧くね?
自画自賛していると、馬鹿一号二号が教室の後ろで手を上げて声高に言う。
「俺が社長になって悠希ちゃんを娶るから待ってな!」
「いいや、俺がサッカー選手になって幸せにするね!」
何を張り合ってるんだコイツら。
「はいはい、わかったから。お前らは席に就け。そのままの成績じゃ進級もできないわよ」
アタシが馬鹿二人をいなすと再びクラスがドッと沸き、明るい雰囲気になる。しかし、馬鹿一号二号のこういう底抜けに明るい部分には結構助けられている。
馬鹿達をいなしたアタシは、二時限分あるホームルームの一時限目でさっさと連絡事項や配布物を配り終え、残ったもう一時限は自習(自由時間)とした。
生徒達からは歓喜の声が上がった。これぞ、ヘッズも唸らす言語のチョイス、あっという間に客が沸く! T―TANGさんのあのバース気持ちいいんよなぁ……。
因みにアタシは初日から休んでやがる奴の席で普通に寝た。
無事に二学期初日を迎え、放課後になる。
マジカルバナナ♪ 放課後と言ったら部活♪ めんどくせぇ、帰りたい。でも、形だけでも部活動に顔を出してる事にしないと当直の日数戻されそうだしなぁ。
それに、美波にあれだけ大見得張っといて、来ないなんて、流石のアタシでもどうかと思う。
鍵の治った部室に入り、三人に声かける。
「おう、やってる?」
行きつけのラーメン屋か。
そんなしょうもないノリツッコミは置いといて、三人は、部費で購入したノートパソコンを開き、仲良く肩を並べて眺めていた。
アタシに気づいたのか、美波が立ち上がり説明する。
「あぁ、悠希ちゃん。今、バースの研究してたんだ」
「引くに引けない状況♪ これじゃいつまで経っても競争♪ だがこいつがいびきかいてる合間に、頂上目指して上昇♪」
何となく、アタシが知ってる、CHEHONさんのぶちあがりのバースをかましてみる。
「うっそ、先生ラップわかんの?」
一番反応が良かったのは叶だった。きっと自分の趣味を共有できる人間が意外にも身近にいて驚いたのだろう。
「まぁ、齧った程度なら。あと、CHEHONさんはラップバトルにも参加してるけど、レゲエDeejyな」
「うん」
「でも意外だね、こんな格好してる俺が言うのもなんだけど、叶以外に女性でこんなラップ好きがいるなんて思わなかった」
「思わなかった」
面食らったように首を縦に振る叶に、今日はブレザーにスカートと言う恰好をしている美波が声を合わせる。
面白いのは美波の後をつくように椎名が語尾を合わせた事だ。幼児か、お前は。
「あー、まぁキャバ時代のお客さんに大のラップ好きがいてね、その人滅茶苦茶お金使ってくれたから話し合わせるために聞いてたのよ」
「へぇー、大変なんだね」
美波が……と思ったら相槌を打ったのは椎名だった。いや、椎名が美波の真似をしているせいで、話し方の癖が同じなんだよ、わかりづらいったらありゃしない。
でも、このまま椎名が美波みたいに変貌していったら面白いなぁ。
まぁ、人の気持ちがわからなくても、これだけ対応力や演技力があるからクラスでもやっていけてるのだろうが。
感心しながら、補足する。
「そうよぉ、世間が思ってるほどキャバ嬢って楽じゃないんだから。お客さんの好きな事とか勉強して、連絡も取り合って、遅刻したら罰金だってあるし。本当大変なんだから。寧ろ今の教師の方が楽まであるっていうかぁ?」
「それは工藤先生がサボってるだけなんじゃないですか?」
「ぐえっ」
アタシは、叶に核心を突かれ、潰れたカエルみたいな声を上げた。流石ラッパー志望、人の痛い所を的確についてきやがる。ナイスパンチライン。
ラップだの文化だのの話をしている合間に予鈴が鳴り、下校時間が訪れる。
もうすぐ二学期中間テストなもので、教師たちは放課後もテストの制作に取り掛からなければならない。めんどい事は早めに終わらす主義のアタシは、ほぼ一夜漬けでテストを完成させ、帰宅時間は深夜十二時と相成った。
ひゃー、つっかれたぁ。あのクソ教頭、担当教科がないからって自分一人だけ先に帰りやがって。その癖「当直が無くなったから、暇なんじゃないの?」だって?
(チッ、死ねよマジで。バースと一緒に天までぶち上げてやろうか?)
元彼Aに三又掛けられていた時……程とはいかないが、その七割くらいの怒りでズンズン帰路を進む。
あと家まで数分と言う所で、バッグの中のスマホが鳴り響く。
「夜分遅くに申し訳ありません。こちら県警地域課のモノですが、工藤悠希様で間違いなかったでしょうか?」
「は、はい」
はて、県警から何の用だろう。怖いんですけど。もしかして椎名に渡された銃がバレたのだろうか? だとしたらマジでヤババ!
生唾を飲んで続きを待つ。
「お宅の生徒さんが深夜徘徊で補導されましてね。工藤さんの番号しか教えてくれなくて」
「はぁ……」
「ちぎり……しいなさん? お宅の生徒さんですよね?」
言い間違えたのか噛んだのか、警官は椎名の名を伝えた後、迎えに来るように言った。
(あぁ! もう! 時間外労働甚だしい!)
項垂れ、憤慨しながら指定された交番まで行くと、ポリ公と、またいつもの笑顔を貼り付けた少女が待っていた。
「どうもすいません~、ウチの生徒が~」
さっさと謝って引き取って帰りたい。警察ってなんか怖いんだよなぁ……。
「以後気を付けるようにしてくださいね」
そもそも、なんでアタシが謝らなきゃならないのか。そして、警官側も不機嫌そうにするな。こっちだって迷惑してんだ。
ペコペコと頭を下げ、彼女を預かり彼女の家まで送る。
その道中、隣を歩む椎名を見やる。
彼女も気づいたのかこちらを見上げる。視線が交わったので、聞いておく。
「なんで親じゃなくてアタシなんだ?」
「センセなら、来てくれると思ったから」
相変わらず、千繰椎名は笑顔で語る。しかし、その背中は何処か寂しそうだった。
まぁ、親には言いづらかったのだろう。軽く察する。
「あー、あれよ。ラーメンでも食べに行くわよ」
彼女の頭に手を乗せ、提案する。丁度小腹も減って来た処だ。
アタシは半ば無理やり椎名を近くの深夜営業している中華飯店まで連れては、ラーメンと炒飯、餃子を頼んだ。
ん~、豚骨♪ 背脂♪ いい香り♪
アタシが出てきた飯たちに五感を研ぎ澄まし楽しんでいると、隣の椎名が懐疑的な声で尋ねてくる。
「こんな時間にラーメンって……。健康にもお肌にも悪いよ。そんなだから恋人いないんだよセンセ」
「煩いなぁ、深夜のラーメンは人類の夢なの。そもそも、死にたいって言ってる奴が健康なんか気にするとか。アンタ本当に死にたいの?」
彼女は一瞬、目を丸くした後、笑いながら願望を口にする。
「うん、死にたいよ」
「あっそ。そういやさ、アンタどうして銃なんて持ってたの?」
「ヤクザ屋さんから買ったー」
初めから、まともな答えが返ってくるとは思っていなかったが、アタシの何気ない質問に、彼女はとんでもない事を抜かした。
「アンタ冗談は……」
「冗談じゃないよ。最近の若いヤクザ屋さんはお金がないから困ってるんだって。八万円位で売ってくれたよ」
八万円……何だか妥当な数字に思えるような思えないような。
いやいや、そこじゃない。
「アンタ銃買うためにヤクザと会ったって事? 危ないじゃない!」
「どの道死にたいんだからいいじゃん」
「ダメ! よ……」
思わず大きな声で叫びそうになり、口元を抑える。
椎名はアタシの声に少し驚き目を丸くする。
「センセ?」
どうしてダメだと思ったのだろうか? アタシは、幼い頃のアタシに社会規範だのモラルを語ってきた普通の大人達が嫌いで、そんな彼らになりたくないが故に教師になったのに。
でも、今のアタシは正しくそんな大人達な気がする。「ダメなものはダメ」そんな理不尽を彼女に押し付けようとしているのではないか?
「今後、何かあったらアタシに言いなさい。ヤクザとか、警察とか、他の先生とかに頼るんじゃなくてまずアタシに言いに来て。解決できるかわからないけど、どうにかするから!」
論理としてハチャメチャな事を言ってしまう。数学教員がこんな事で良いのだろうか。
しかし、論理的理由が見つからないのだ。はっきり言ってアタシは、生徒が校則を破っていようが、どうだっていい。ガチの一線を越えなければ好きにすればいいとまで思っている。
ヤクザに出会うというのがどのラインなのかは定かではないが、少なくとも、今までのアタシならアタシに危害が無ければどうだっていいと思っただろう。
なのに何故、こうもモヤモヤするのだろう?
「フフッ、フフフ。センセは不思議だなぁ」
アタシが頭を抱えていると、彼女は笑った。
少し驚いた。彼女の笑いが何時ものではなく、心から漏れ出た様な笑いだったからだ。
「不思議って何よ、失礼ねー」
吸っていたピースを灰皿に押し付け火消する。
まぁ、経歴的にも自分が普通だとは思わないが、不思議とはいったいどういう了見か。
わざとらしく憤慨して見せる。
「じゃあ次から、センセに言うね」
「えぇ、そうしなさい……」
「センセといるのは楽しい。なんにでも付き合ってくれるし、悪い事だって教えてくれる」
えぇ~、こっちは振り回されてばっかりなんですが……。あとなんか人から言われると、ろくでもない感が凄いなアタシ。
一応、視線で抗議するも伝わらなかった。
「アンタ、クラスでも普通にしてるじゃない。美波や叶とだって話せてるし」
「あれは合わせてるんだよ。叶ちゃんや美波ちゃんの時はマシだけど……。センセもわかってるでしょ? 真似する相手がいないと、私はダメなの。それに、疲れちゃう……」
「でも今はアタシの真似してるって訳じゃないでしょ?」
ハッとした表情で目を見開く椎名を見るに、この事実は彼女にとって大きな事だったらしく、彼女は咀嚼するように考えた後、めちゃめちゃ簡潔に頷く。
「確かに……」
その様が余りにも間抜けで思わず笑ってしまう。
「アッハッハ、アンタそれ自分で気づかない?」
「むぅ」
こういうことに気づけないのが彼女の特性であり、コンプレックスなのだろう。空気は読めても、人の感情とか心は読めない。それは時に自身のものであっても。
だが、アタシは別にそんな事で配慮とか、するつもりはない。
頬を膨らまして抗議する椎名。
「ま! そういうものね」
いいのだ。「そういうもの」で、変に気を使って腫れ物に触るように接する方が本人もキツイというもの。
むくれる彼女にアタシは、おどけて見せながら、彼女の頭に手を乗せる。
彼女は恥ずかしいのか、少し俯きながら、こんな事を聞いてくる。
「センセは先生だよね?」
「は? そりゃあ教員免許とってるからね」
質問の意図がわからず、首をひねるも、彼女は続ける。
「その前はキャバ嬢だっけ? なんでキャバクラなんてやってたの?」
「なんて」って……。別にいいけどさ。
「あー、アタシはね、夜に眠れないの。今は薬で調整してるけど、徹夜してようが夜になると目が冴えてどうしようもなくなるの。だから、暇だし経験にもなるかなーってキャバやってた訳。結構なお金にもなったしね」
「眠れないの?」
彼女にとって、キャバ嬢やお金という情報はそれほど興味がそそられなかったらしく、何故か眠れないという情報に食いついた。
「えぇ、全然。ちっちゃい頃から夜更かししては、親とか、先生とか、ポリ公に怒られてた」
「ふーん、そうなんだ」
「でも、アタシはそういう人間なの。仕事ある日は薬飲んでるけど、誰が言っても変えられないものはあるわ」
「そう……だね」
アタシの言葉が響いたのだろうか? 彼女はひとつ頷く。
暫く沈黙が続き、彼女が切り出した。
「あとさ、キャバクラも地方によっては結構ヤクザ屋さんが大元だよ?」
「な……な、なっんか、そんなソースでもあるの?」
痛い所をつかれて目をそらす。いや、まぁ、知ってはいた。けど、そこは暗黙の了解というか、ほら、経営自体はヤクザは関わってないと思うし?
「ヤクザ屋さんが言ってたよ。『ウチの系列のキャバクラで働かないか?』だってー」
うぐ……。本職の人から招待されたなら、その意見は否定しようがないっスね。
「っていうか、アンタ。意外とアグレッシブなのね」
キャバの経営などの話はどうでもよくて、アタシは、もっと内向的かとも思っていた彼女の行動力に感心する。
「なのかな?」
彼女が疑問符を頭に張り付けていると、 注文した料理が運ばれてきて、アタシ達の前に並べられる。語感を研ぎ澄ましその料理達を堪能しようとする……も、
「うげー、重そう」
彼女は顔をしかめて口を尖らせる。
「はぁ~? この程度で重そうなんて言ってるようじゃまだまだね。不摂生は死への近道よ」
「アハハ、じゃあ、やるしかないね」
椎名はアタシの挑発にあえて乗るようにニヤリとして……いや、やっぱりいつもの表情かもしれないが、とにかく肯定した。
我ながら、奇妙で不謹慎で、不道徳で、不論理的な会話だ。でも、初めて千繰椎名の本当の笑顔を見た気がする。
アタシ達は、深夜一時を越えた頃、たった二人で麵を啜り、餃子と炒飯を貪った後、彼女の家まで送り届け、アタシもようやく家に帰った。
良かった、明日休みで。
さて、中間テストの問題ができたはいいものの、その前にもう一つ面倒なイベントがある。三者面談だ。高校で三者面談なんているか? とも思うが、意外に乗り気な親は多いらしい。
言ってしまっては何だが、子供をウチの学校は言わば「自称進学校」だ。そんな高校に来させている親というのは「自称教育熱心」みたいなタイプが半分位はいると思う。故に我が子がどんな環境で勉学に励んでいるのか気になるのだろう。
そも、天才タイプは放っておいても、もっと偏差値の高い高校へ行くし。
とはいえ、クラスのギャルたちや馬鹿一号二号の面談も恙なく進み、問題だと思われていた美波も私物を部室に移動させたことにより、親も何も言わなくなったのか、特に大過なく終わった。
相変わらず叶の親は病気がち、というか鬱気味で来ていなかったが、そういう事情があるなら仕方ない。二人で適当に話し、彼女が高校生ラップ選手権大会の予選を通過したことを聞かされた。
え⁉ もっと早く言ってよ! 見に行きたかったのに。アタシが拗ねると、叶は「十月に本戦があるから見に来なよ」と笑った。それからしょうもない話をして叶の面談は終わる。
残るは……椎名だけだが、どうなるか……。
身構え、彼女と彼女の親が教室に入ってくるのを迎える。
どうやら、ちゃんと来てはいるようだ。席を指しながら、腰を折る。ほぼクラス全員分やるわけだから、いい加減本当に腰の骨が折れそうだ。
「どうも~、ご足労頂きありがとうございますぅ。どうぞおかけください」
「いえいえ、こちらこそ娘がお世話になっております」
一見、人当たりの良いご婦人だった。
それから、ご婦人に向かって、椎名の成績や進路について話あった。ただ、ご婦人はそれ程興味がないらしく「進級さえできれば好きにさせてやってください」とまで言っていた。
まぁ、勉学には興味ない親もいるっちゃいる。寧ろこの学校が教育熱心な親が多いだけで、他を見れば案外こんなもんだろう。
ちゃっちゃと話すべき事を話し終え、椎名の学校生活についての話になった途端、ご婦人は先ほどまでとは打って変わって、まるで、井戸端会議でもするかのような口調になった。
「センセ、この娘、浮いてるでしょう? 昔っからそうなんですよ!」
なにその豹変、怖ぃ~。
「い、いえ、ご自身から発言するタイプでは無いですが、クラスでは中心のグループに属してますし、いつもにこやかで、特に浮いているって訳では」
「あー、この笑顔ねぇ、怖いのよねぇ。昔は無表情過ぎて怖かったのだけれど、それを注意したらずっとこの表情になっちゃって」
「ま、まぁ、笑顔な事はいい事じゃないですか。アハハ……」
何だかすっごい闇を見ているような気がして引きつった笑いが出た。
凄い気まずくて言葉を続ける。
「それに、部活動にも参加してらっしゃいますし、社会性はあるかと思いますよ」
助けを求めるべく椎名の方を見やるも、彼女は俯き黙ったままだった。
「そうねぇ、まぁ、浮いていないのなら安心したわぁ。今日はありがとうございますぅ」
アタシの言葉で切り替えたのか、ご婦人はにっこり笑って席を立つ。
「いえいえ、こちらこそ、本当、お忙しい中ありがとうございます」
アタシも慌てて席を立ちお辞儀をし、ご婦人が出て行くのを見届ける。しかし、席を立たない椎名にご婦人は振り返り言った。
「しー、アンタ今日も部活? ならお母さん先帰るわね」
我が子を想っているのか否なのか、わからない声だった。
三者面談最後の椎名の面談を終え、アタシはホッと一息吐いて椅子に腰を下ろす。教師になって三年目、担任を持ち始めて二年目だが、未だにこのイベントは心が疲れる。普段接していない為、生徒以上に何処に地雷が埋まっているかわからない。探り探りだ。
張り詰め続けていた緊張感から解き放たれたアタシは、残された椎名の肩に手を置く。
「なんだ、まぁ、なんとなくわかったわ」
「そうだね」
「椎名。アンタ、今でも死にたいの?」
教師として、人としてとんでもない質問をする。
「死にたいよ」
「そっか……」
千繰椎名と接してきてわかった事がある。確かに彼女はサイコパスとやらなのかもしれないが、決して感情がないとかいう訳ではないのだ。
今さっきも、母親の言い様に、いつもの笑顔の中、ほんの僅か、僅かばかりだが苦痛な表情をしていた。キャバクラで客の顔を伺い続けてきたアタシじゃないとわからない位僅かだけれど、ちゃんと苦しんでいるのだ。
しかし、医者の診断や周りの大人の態度から「間違っているのは自分だ」と、決めつけ、塞込み、結果「死にたい」と言うのだ。
どうか、どうか彼女を「生きたい」と思わせられないだろうか。
もう陽が短くなったのか、月が顔を覗かせた教室の窓の外を眺め、アタシは思案する。
ドキドキ♡地雷処理の三者面談が終わった次の日、部室を訪れると、叶が椎名にパーカーを着せて遊んでいた。
「あれ? 美波は?」
普段ならこういうことには進んで混ざりたがるであろう美波の姿が無いので尋ねる。
「体調不良だって」
連絡を取っていたのか、叶は興味なさげに答えて椎名の着ていたパーカーのひもを引っ張る。椎名は、「うぇ」みたいな変な声を上げてミノムシみたいになっていた。
ふむ、体調不良なら仕方ないか、アタシとしては目の保養だし、来て欲しいんだけど。
っと、いかんいかん。別にそういう動機では無く、自身が受け持つ部活の生徒の心配をしていただけだ。決して生徒に欲情していたとかじゃないからな。
自身に言い聞かせ、アタシもミノムシになっている椎名の脇をくすぐり、くつろぐべくソファに腰を下ろした。
美波が次に登校してきたのは三者面談が終わってから二週間後の事だった。
久々に部室に顔を出した美波に声をかける。いつもは快活な美波だが、流石に少しやつれて見えた。
「美波、アンタ、体調崩してたらしいけど、大丈夫だった?」
珍しくマスクもしており、ちゃんと体調を崩していた事が覗える。しかし、流石は美波、マスクも花柄とはお洒落が過ぎるぜ。
「あー、インフルだったよー」
美波はあっけらかんと答えた。えー、インフルぅ? まじぃ?
「ガチのマジで体調崩してたのね」
「アハハ、なんだと思ってたのー?」
まだ少し鼻声の美波は笑って受け流す。
いや、受け流すってアタシ達感染してないだろーな?
それは突然だった。
三者面談から三週間程経ち、窓ガラスは秋雨で濡れている、そんなある日のホームルームで違和感に気づいた。馬鹿一号含め、生徒が五人ほどいなかったのだ。初めは馬鹿一号の活気がないから静かなのかと思っていたが、職員室に戻り電話番をしていた新任の女の子に告げられる。
「多分学校中でインフルエンザ患者が大量発生してますぅ!」
何十件も電話を受けた新任ちゃんは、泣きそうな声で叫ぶのだった。可哀想。大丈夫よ、アンタのせいじゃない。
急遽生徒達は自習となり、教師陣は会議となる。「どこからの発生か」「何時からか」「恐らくは三者面談の時からだろう」などとベテランの教師陣方が話し合っているのを眺めながらアタシは今日のお昼の事を考える。
久々に学食でも利用しよう。ウチの学食は教師も利用できるうえにまあまあ美味いんだ。
「とりあえず、二週間ほど休校にしましょう。これ以上感染者が出たら責任問題になりかねません!」
なんだか夏場を越え一層禿散らかした教頭が各教員に告げる。こういうのって校長が決めるんじゃないの? ってか、式辞の時以外校長見た事ねぇな。ヨボヨボのおじいちゃんってこと位しか覚えて……学・級・閉・鎖⁉
いや、正確には学校全体だから学校閉鎖か。なんかホラー映画のタイトルみてぇだな。
しかし、棚ぼた展開だ。休校になれば必然的に休みが貰える。更に手当も出る筈だから丸儲けだ!
感染しちゃった馬鹿一号達には申し訳ないが、アタシは今、降って沸いた長期休暇に最高にブチ上がっている。何処行こう。何買おう。何食べよう。
流石に人が多い所に行くのは避けるべきだろうが、しかし、アタシは満喫するぜ。このビッグホリデーを!
内心飛び跳ねながら休校になった旨を教室にいる生徒達に伝える。
学校側としては深刻なのだろうが、生徒達にとってはそんなこと関係ない。ただの休暇に喜び沸き立つ。わかる、アタシも。
しかし、大人として、教師として言うべき事は言っておかなければならない。
「アンタ達、休校中は不要な外出禁止だからね!」
「えー、そりゃないぜ悠希ちゃん」
馬鹿二号が抗議する。すると、他の面々も口をそろえて文句を垂れる。
「ずっと家にいるくらいだったら学校来た方がマシじゃん!」
「「「そうだそうだ!」」」
そりゃあそうだ。しかし、アタシは立場上、言わなければならないのだ。わかってくれ。
生徒達が怒りを露わに抗議し、プチデモみたいになる教室の中、アタシはとっておきのどや顔で人差し指を口元に当て、鎮める。
「そうね、高校生と認識される場合は補導されたり𠮟られるかもしれない。けど、制服や学生証が無ければ『大学生かな?』くらいにしか思わないわ。映画とか遊園地は休校期間中は大人料金で行きなさい。後は他の先生方に見つからないようにする事。感染予防にもなるからマスクは絶対! 出来れば帽子も被りなさい。いいこと? 羽目を外し過ぎてアタシに連絡が入らないように、各自休暇を楽しみなさい!」
生徒達はワールドカップ決勝進出の時のように、沸き立った。
そうだ、子供にとって休みなのに何もできないのは酷な話だ。羽目を外し過ぎない程度ならいいじゃないか。別に大人数でクラブで宴会して路上でゲロぶちまけたりする訳じゃあるまいし。
一応の課題と急造された連絡事項の記載されたプリントなどを配り、生徒達は遊ぶ約束を交わしたりした後、散り散りに帰って行く。
残されたのは、ナイトクラ部の面々だけだった。
アタシは部室で彼らに、というか、椎名に「叶が高校生ラップ選手権で予選通過を果たした事」「休暇明け位の土日に本戦があるから同行するという事」を伝え解散した。
家が同じ方向だからと共に帰る叶と美波を見送り、アタシの隣に残った椎名に尋ねる。
「アンタは帰らないの?」
「今日かなって」
「何がよ?」
「殺してくれるの」
二人きりになった部室に、小気味の良い
相変わらず、悍ましいことを、変わらぬ笑顔で口にする少女にも慣れてきた。
「こないだので、一年分の勇気は使ったから、また来年度ね」
「でも、死にたいの」
アタシの毅然とした態度に彼女は、笑顔の中に落胆の表情を見せる。もうこの娘の表情は理解できる。何を想っているか、理解できる。
「はぁ……アンタ休校中暇?」
「二日目はカラオケに誘われた。それ以外は暇だよ」
「じゃあ、一緒に出かけるわよ。なんか行きたい所とか、見たいものとかないの?」
本当に、本当に教師として問題な提案に、流石に椎名は目を丸くしていた。
「……彼岸花」
彼女は驚きつつも、部室にレプリカがある紅く妖艶な花の名を口にした。
「じゃ、調べとくわね。休校期間が二週間だから、そうね、丁度中間の日にしましょう。十月の初めの土曜、午前中は眠いから夕方ね、五時頃。車で迎えに行くわ」
強引過ぎるアタシの決定に、椎名は終始呆気に取られていた。
学校閉鎖が決まり、三日が経った。アタシがやった事と言えば、キャバ時代の友人と飲み屋で愚痴を吐き合い、見た事のある洋画を眺め、家でゲームをしてまた画面の向こうの相手にキレ散らかした位だった。
ダメだ。何処か旅行へ行かなければ……。アタシはダメになってしまう。
そう思って、パソコンを開き思い出す。そういえば、今週の土曜、椎名をどこかしらに連れて行く約束をしているのだった。
見たいものは「彼岸花」か。やはり死を連想するモノなんだな。何ともネガティブな理由に少しダウナーな気分になる。ノーシンナー、ノーアヘン。
まぁいい、どうせなら、アタシだって楽しんでやる!
そう張り切って三時間ほど画面と格闘しながら、中々のプランが完成した。アタシ、もしかして旅行プランナー的な仕事とかも向いてるんじゃない?
っていうか、何故アタシは彼氏でもない相手の為にデートプランを考えているのか……。いや、アタシから約束したからなんだけどさぁ。
くそっ、絶対彼氏ができたら流用してやるんだから。
そんなこんなで計画も決め、椎名との約束の日の夕方が訪れる。
秋の夜長とは言ったもので、もう陽も沈み始め薄暗くなっている。国立天文台が出している情報によるとあと三十分も経たない内に日の入りだとか。
約束の時間の午後五時を少し過ぎ、椎名の家の前に着く。すでに彼女は待っており、退屈そうにスマホを眺めていた。
(ごめぇ~ん、待った~?)
なんて言うはずもなく、アタシは愛車、漆黒のプリムスGTXの窓を開け、後部座席を指さし、乗るように促す。
「センセ、こんな車持ってたんだ」
椎名は後部座席に乗車しながら振ってくる。
「あぁ、アタシの愛車だ。プリムス・GTXって言ってな、ワイスピとかにも出てのよ。カッコいいでしょー」
これでもかと言うほどドヤ顔して愛車を自慢する。本当、入手するのに苦労したものだ。
「カッコいいけど、そういうとこだよ、彼氏できないの」
「酷い!」
椎名の冷静なツッコミに悲鳴を上げる。何故アタシが元彼Bと別れた理由を知っている。
『なんか、悠希ちゃんって俺よりカッコイイっていうか、男前っていうか。俺いなくていいじゃん。そもそも、紳士のマッスルカーに乗ってる女の子なんて中々いないよ』
うぐっ……。古傷が。ワイスピのドミニクもこんな痛みを抱えながら走っていたのだろうか。そんな訳ないか……。
いいもん、アタシはこの車と生きていくもん。
「飯は食ったか?」
内心拗ねつつ、彼女に尋ねる。
「まだ」
「んじゃ、途中で食うか」
高速に乗る前に適当な寿司屋に入り、ディナーセットとやらを二つ頼む。恰幅の良い大将が気前よく握ってくれた寿司を平らげ、お勘定をする。
それから近くのコンビニで飲み物を買って、再びハンドルを握る。
やはりドライブというのは心安らぐ。
関越自動車道を二時間ほどひた走り、目的の場所につく。その場所は巾着田。近くのコンビニに車を止めさせてもらい、二百メートルほど歩く。
本来は今の時間は営業終了しているので、入れないのだが、以前友人が「夜に迷い込んで綺麗だった」と言っていた。アタシ達も「迷い込んだ」と言う事にしてお邪魔させて貰おう。
椎名を引き連れハイキングコースの脇道から忍び込むように入る。
暫く歩いていると、徐々に曼珠沙華、もとい、椎名が見たがっていた彼岸花が一面に咲き誇るハイキングコースに出て来た。五百万本もの花が咲いているらしい。流石に壮観だ。
因みに、彼岸花は曼珠沙華以外にも様々な呼び方がある。
例えば、「狐の簪」だったり「痺れ花」「天蓋花」「死人花」。
狐の簪は良く分からないが、「痺れ花」は恐らく、彼岸花に含まれるアルカロイド系の毒の事だろう。昔は田畑のネズミ除けに使われていたとかいないとか。そして、「天蓋花」は祭壇の装飾の囲いに似ているからだそうだ。「死人花」は、まぁ、お彼岸だし?
さらに、彼岸花は花が咲く頃には葉は付けない。スッと伸びた茎に紅い花が付いているだけだ。何でも花が咲いた後、葉が生るらしい。普通の植物とは逆のサイクルだ。
ここに来るにあたって結構調べた。
説明してやるべく椎名の方を見やると、いつもの貼り付いた笑顔ではなかった。まるで、普通の少女の様に目を輝かせて、景色を目に焼き付けている。
そんな彼女を見て、うんちくやガイドなど野暮なことは止そうと思った。
「センセ、凄いね!」
彼女は跳ねるように紅い絨毯に分け入って行き、クルクルと気が赴くままに踊った。
「ねぇ、わかってるとは思うけど、毒があるからね。あと、あんまり暴れすぎないでよ。一応不法侵入なんだから……」
木々の隙間から月光が差し込み、彼女を照らす。
その姿は儚くて、妖艶で、まるでこの世のモノではないみたいだった。
「アハハハハ!」
彼女は、声を上げて笑い、その場に倒れ込み、舞い上がる紅い花の隙間から続ける。
「あぁ、死んでるみたい」
うっとりした声で告げる椎名の元へ駆け寄り、手を差し伸べる。
「満足した?」
「今殺してくれたら、最高なんだけどな~」
直ぐそばに毒花が咲き誇っているのに、アタシに殺してと言うのは、やっぱり自分で死ねないのだろう。少女は『死』に憧れると同時に、ちゃんと怖いとも感じている。ただ、心の折り合いが付けられないだけだ。
それでも、一歩間違えれば、アタシの知らない所で死んでしまいそうで。
「悪いわね、銃も弾も、持って来てないの」
繋がれていない方の肩をすくめて見せた後、彼女を引っ張り上げた。
「……んじゃ、帰るわよ」
一言投げかけ行こうとするも、彼女はその場にとどまり、駄々をこねるように言った。
「今日は、帰りたくない」
「帰りたくないって言ってもね、ホントは今の状態だって」
論理的に言い聞かせようとして、俯く彼女の背中が消え入りそうな事に気づく。
このままだと、彼女は本当に何処かへ行ってしまいそうで、放っておけなかった。
「はぁ……そうね、アタシもちょっとドライブしたい気分だったし、ちょっとだけよ?」
こんな夜中に生徒を連れてドライブか、見つかったらヤバいなー。なんて言い訳しよう。
それからアタシ達は無言でドライブをして、その後、来た道を戻り、椎名の家についた頃には夜の一時頃だった。
彼女を車から降ろし、窓を開け、彼女にコンビニで買っておいた紅茶を放り投げる。
「休校開け、サボんじゃないわよ」
それを受け取った椎名は、クスクス笑って手を振った。
「うん、またね」
(またね。か)
別れの言葉では無かったようだ。
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