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卒業までに殺して 二章 セーラーとスラックス

【あらすじ】
 金髪教師、工藤悠希は屋上にて自身のクラスの女生徒の飛び降り自殺を食い止める。しかし、理不尽に怒られ、限界を迎えた悠希は「だったら殺してやる」と返す。少女はその言葉に目を煌めかせた。悠希が発砲した弾は外れ、腰が抜けた悠希が「一年分の勇気を使った」と語ると、少女は「来年殺して」と願う。
 そんな少女に悠希は「卒業までに殺す」と約束して見せる。
 また、女装男子やラッパー志望の少女らと共に『ナイトクラ部』を設立する。
 そこで、「社会の普通」からあぶれてしまった少年少女が、夢や人との関わりを通して、普通を強要する社会でどう生きるのか模索し、成長していく物語。

【本文】
幕間
 昔から、何か人と違うとは思っていた。
 皆がドールやお絵描きで遊んでいる間、私は蟻を潰して遊ぶ。
 幼稚園の先生が「椎名ちゃん、命は大事なものだから蟻を潰すのは辞めようね」と、注意してくれたけれど、私にはそれくらいしか楽しいと思えることが無かった。
 もう少し成長して、捕まえた鼠を燃やして遊んだのは小学二年の頃だっただろうか。
 周りからは気味悪がられ、ママにも精神科へ連れていかれる。
 お医者さん曰く、共感性が人より薄いのだとか。その時の私は、だからどうしたと思ったが、ママはそれを深刻に受け止めた。
 それからは地獄だった。
 人格嬌声プログラムとかいう儀式みたいなものに参加させられて、空気を読むという事を覚えさせられた。でも、他人の感情はわからなかった。
 空気を読み始めてから、学校では、友人? と呼べるような人達は増えた。
 けど、同じ表情、同じ声色、真似していると辟易する。
 空気を読むことができても、感情がわからないから、それはただの演技で、私にはそれが苦痛でしかなかった。
 小学校の高学年から中学の三年間、空気が読めるようになると、周りも見えるようになるもので、無邪気に笑う同級生とは、私は違う人間なんだって、普通じゃないんだって、見せつけられているように感じていた。
 その違いを感じれば感じるほど、辛くて、苦しく、死にたくなった。
 それは高校に入っても同じで、キラキラと花のある話をする同級生達を見ていると、死にたいと言う感情は膨れて行った。
 入学してから、二か月くらい経って、この苦痛があと三年も続くと思うと、絶望して、何度目かわからないが、自殺することを心に決めた。
 頑張って探したルートで入手した拳銃だが、結局怖くて撃てなかった。死にたいのに、引き金を引けない。
 だから、飛び降りる位しか出来ないと思った。
 放課後、保険で持っていた拳銃を携え、屋上柵を乗り越え、今まさに落ちようとした時、センセは現れた。センセは大人達みたいになだめようとする。
 神様はどこまでも私を苦しめ続けたいんだなって思って、半ばやけくそみたいな笑いが起こった。それから、浮遊感に包まれる。けど、その浮遊感は直ぐに温もりに変わった。なんでか、センセは私の後を追って屋上からダイブして、私を庇った。
 普通、そこまでするだろうか?
 木の上に不時着した私は傷一つつかなかった。
 センセは自分の身を挺して、私の自殺を邪魔した。理解が及ばない、感情が付いてこない。それが怖くて、逃げた。
 センセから逃げるべく走る。途中で何かを落としたけど、走る。靴が脱げたけど、走る。
 逃げては見つかり、逃げては見つかり、その果て辿り着いたのは鍵の壊れた空き教室だった。
 そこで追い込まれて、洗いざらい吐き出させられる。きっと、また、同情した声で「でも死んじゃダメだよ」とか言われるのだろう。半ば諦め、不貞腐れる。
 けど、返ってきた言葉は、肯定の意だった。
 結局、センセは弾を外してしりもちをついて、「もう勇気がない」と言ったけれど、「卒業までに殺してあげる」と約束してくれた。
 こんな大人は初めてで、私は初めて人との会話が心地よいと感じた。

二章 セーラーとスラックス

 椎名の事件で、ラッキーなことに、アタシは、大した怪我でもないのに、職務中の怪我という事で労災認定されて、金も休暇も手に入れた。正確には公務員なので労災とは別の保証なのだが、よくわからんし面倒なので学校側に任せることにした。
 足に痣が残ったのは萎えるけど、それほど目立つようなものでもないし、収支で見ればワンチャンプラス。
 ともあれ平日含めた二週間の休暇、アタシはやることが無く、洋画を流し見しながら考えに耽っていた。一人で休暇を与えられてもやることないんだよなぁ。一応労災的な何かだし、あんまり外で歩かん方が良いだろうし。
 そも、椎名は何処で手に入れたのか。手渡され、警察に届ける事も出来ずに、デスクにしまい込んだ鉄の塊を取り出し、眺め見る。
 こっそり学校から持ち帰った生徒の情報の載っている書類を、軽く漁って調べる。
『千繰椎名・女・評定平均4.3・偏差値55。自分から進んで話す方ではないがコミュニケーション能力はある模様』
 これは彼女の中学からの通信簿的なものな訳だが、特に変わった処はない。両親を調べても、特に変わった情報は出てこない。
 少し変わっているとはいえ、ただの女子高生が拳銃を所持出来るなんて思えない。
 余計に謎が深まり、面倒くさくなったアタシは、考え事を振り切るようにベッドにダイブし眠りに落ちた。

 降って湧いた休暇が終わり、重い腰を上げて、再び出勤する。
 それにしたって、チョーだるい。やっぱり人間は最低限働かないとゴミになると思う。
 久々の職員室のデスクに荷物を置いて、たまりにたまったタスクをこなす。暫くすると、部活の朝練の生徒たちがちらほらと登校してくる。そんな生徒達を眺めつつ、小一時間程たまった業務に向き合い、涙目になっていたところ、予鈴が鳴った。
 面倒な仕事を切り上げ、久々に受け持つ教室に向かう。扉を開けると、雑談に花を咲かせていた生徒達から一斉に視線を向けられる。偶にあるこの現象ちょっと怖いからどうにかならないものか。
「あ~、えーと、その、皆、久しぶりね」
 久々の生徒達になんて声をかけるべきかわからなくて、何だか少しキョドってしまう。コミュ障かよ。
 まぁでも、二週間も誰かと話さないと、人間コミュニケーション能力に支障が出てくるものだ。アタシが夜職やってなかったら、もっと酷いことになっていただろう。
「悠希ちゃんの゛う゛そ゛つ゛きぃぃぃ~!」
「直ぐ帰って来るって言ったじゃんんんん!」
 アタシの不安は杞憂だったようで、生徒たちの一部は泣きながらアタシに群がった。どうやら椎名は何があったか他の生徒には隠し通すようで、アタシに群がる生徒達の中に紛れている。こちらとしても公にされる訳には行かないからいいけど……。それにしたって、なんてステルス性能。Fー22もびっくりの性能だ。
「もう、大袈裟よ」
「だってぇぇぇ」
「いいや、二週間もいなくなるなんて聞いてないぜ」
 女子達に紛れて抱き付いて来ようとしていた馬鹿一号の頭をしばきまわして元気なことをアピールし、皆に席に戻るように促す。
 どつかれた馬鹿一号は何だか満足気な顔をしていた。多分コイツはアタシよりも重症だ。
 しかし、馬鹿の言う通り、高校生にとっての二週間とは、短い様で長い時間なのかもしれない。大人になった今では、たかが二週間、家でゲームして、タバコ吸いながら画面の向こうの相手にキレ散らかしていたら直ぐにすぎるのに。悲しい。
 あー、アタシもJKに戻りたい。

 アタシが帰ってきたのがよっぽど嬉しかったのか、アタシの受け持つ数学の授業中、主に男子からはお姫様扱いで、逆に気疲れした。流石にそこまでされると授業の妨げにもなるからやめて欲しい。
 これからの予定は休憩を挟んで、もう一時限授業をこなし、昼休憩からのホームルームで終わりとなる。正直、個人的には昼休憩を挟まずぶっ続けで終わらせて早く帰りたいというのが、アタシの本望なのだが、そうもいかないらしい。

 予鈴が鳴り、椎名が恐らくお手洗いで抜けたタイミングを見計らい、グループの女子達に尋ねる。
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、千繰ってどんな娘?」
 先の一件を経て、アタシは千繰椎名とはどんな少女なのか気になっていた。
「なにぃ~悠希ちゃん。しーになんか用事?」
 なるほど、椎名は周りからは『しー』と呼ばれているらしい。やっぱり、クラスメイトとの仲は良さげじゃないか。
「いや、そういう訳じゃないんだけど、ちょっと気になってね」
「しーは付き合いもノリも良いし、トレンドも取り入れてて、お洒落だと思う~」
「ピンクメッシュも可愛いよね? ウチもしようかな~」
 キャイキャイと椎名の印象について話す少女達に、耳を澄ます。
 しかし、随分と慕われているじゃないか。一層、先日の椎名の像からはかけ離れて見える。
「なんか悩みとかありそうだったりする?」
「何? しーとなんかあったの? まぁでも、確かに、しーはたまに心ここにあらずっていうか、何考えてるかわかんない時はあるかも」
 なるほど、たまに露呈しそうになるらしいものの、一応、自身のキャラの使い分けはしているようだ。まぁ、あの破滅願望サイコキャラだったら友達も出来ないか……。
「そう、ありがとね」
 グループの女子達に礼を述べる。
「え~、なんなの~? 教えてよ~」
「教師は生徒の情報を勝手に開示しちゃダメなもんでね」
 アタシは、むくれる女子達に、すっとぼけ、逃げるように立ち去り、光村先生の所でお昼を食べた。

 太陽も天辺付近まで登る昼休憩後。うだる様な暑さに生徒達の集中力も途切れ途切れになっていた。いい加減、ゴミみたいな昭和の根性論なんて無視して好きにクーラーをつければいいのに。
 アタシも暑くて暑くて、うざったいので一応、生徒達に確認する。
「あのさ、あっついからクーラーつけていい?」
 学校の方針で生徒達側も諦めていたのだろう。アタシの提案に皆、うつむき気味だった顔を上げ、希望に満ちた表情をする。あたーらしい朝がきた。希望のー朝だー。こんなになるぐらいには暑い。今は昼だ。真っ昼間だ。
「悠希ちゃんマジで神ぃ」
「クーラーつけてくれるの悠希先生だけだよぉ」
 皆口々にアタシを褒め称え、アタシの自尊心が良い子良い子されて気持ち良くなる。
「褒めるな褒めるな! 今褒めても出るのは汗だけなの」
「悠希ちゃんの汗ならバッチこいだぜ!」
 そんなこんなでアタシは、学校の電気代と引き換えに生徒達の好感度を稼ぐのだった。いや、マジで暑いのよ。実際、馬鹿一号もぶっ壊れてしまっている。
 本日最後の授業が終わり、皆各々部活動なり、帰宅したりと放課後を過ごし始める。入学してまだ三カ月も経っていないのに、付き合い始めた奴らもいるらしい。クソ、妬ましいな。
 生徒達の青春に羨みつつ、職員室に戻ろうとすると、珍しい生徒から声を掛けられる。
「工藤先生、ちょっとお時間いいですか?」
 確か、十瀬叶だ。クラスでは隅の方で音楽を聴いているイメージがある。かといって陰キャかと言われれば違う。あまり人とつるまないというか、一匹狼みたいな? 
 あと、アタシはそうは思わないのだが、他の教師からは少しばかり評判が悪かったはずだ。何でも素行不良、遅刻、早退、中には夜中クラブに入り浸っているという噂まである。流石にそれは噓だと思うが。
 無いとは思うが、一応数学教師の面目を保つため、授業についてかと尋ね返す。
「どったの? わからん所あった?」
「いや、その……部活動を、造りたくて。工藤先生に顧問をして欲しいっていうか」
 彼女自身がクールなタイプなので、誰かにお願いするのが恥ずかしいのだろう。何度も目をそらしながら頼み込んできた。
「顧問? なんじゃそりゃ」
 しかし、予想外のお願いに思わず素が出てしまう。
「設部するには部員三名と顧問を集めないと……」
「あー、大丈夫。それはわかってるから。じゃなくて」
 何故この時期なのだろう。部活本入部期間は過ぎている。別に転部などもできるし、設部期間に制限はないが大体が五月中ぐらいには設部されるのが通例だ。
 あと、面倒臭い。アタシは定時で帰りたい。ショットバーでサングラスの似合うダンディな紳士とお知り合いになって、お持ち帰りされて、そのままゴールインしたい。
「……何でアタシなわけ? 他の先生の方が早くに対応してくれたでしょうに」
「いや、こんなこと聞いてくれるの、工藤先生しかいないし……。そんなに手は煩わせないんで」
「んふふ、えふ」
 彼女が恥ずかしそう言うのがいじらしく、あと、持ち上げられて気持ち良くて、思わず気持ち悪い笑みがこぼれる。
「先生?」
 十瀬が怪訝な顔をするも、咳払いをして、先生としての矜持を保つ。
「ゴホン、ま! 顧問っていっても名前貸すだけでしょ? なら良いわよ。メンバーと設部届け持ってきなさい」
「あ、ありがとう……ございます」
 生徒達にまで面倒くさがりだと知られてしまっているアタシが、こうも簡単に許可したからか、面食らったようだった。
 しかし、実際、我ながらよく引き受けたものだ。とはいえ、本人も「手を煩わせない」と言ってる事だしどうにかなるだろう。
 叶は少し嬉しそうに教室に戻って、またヘッドフォンをつけて音楽を聴き始める。
 アタシは、騒がしい廊下で一人、肩をすくめた後、職員室に戻った。

 次の日、職員室。他の先生たちが忙しそうにする中で、十瀬が持って来た部活動設立申請書を前にアタシは戦慄する。
『部活動名:未定 活動内容:学内でのヒップホップやナイトクラブ的活動、ヒップホップカルチャーの研究 部員:十瀬叶・睦月美波』
 ヒップホップを馬鹿にするつもりはありませんよあたくし。あたくしもR指定さんに始まり、¥ELLOW BUCKSさんとか、ANARCHYさんとか、結構よく聴きますけど。それでも、高校生が学校でナイトクラブ的な活動っていかがござんしょう。
 思わず雅? なアタシが顔をのぞかせてしまう。下駄箱に置き去りのハイヒール♪
 いや、別にアタシは京都出身とかいう訳じゃないけれど。
 流石にこれはどうかと思う。そこらへんゆるゆるのアタシですらこうなるのだから、頭の固い教頭とかに見せれば即刻反省文とかでもおかしくないレベルだ。生徒の自主性を重んじてやりたいとは思うも、申請書の惨状に頭を抱える。
 っていうか、そもそも人数足りてないし。しかし、もう一人のほうはアタシのクラスではないのだが、有名だ。「睦月美波」男子生徒だがスカートを履いたり、かと思えば、キッチリブレザーにスラックスで決めてくることもある。ウィッグを被ってきたこともある。
 いわばトランスジェンダー? と言う奴なのだろうか。詳しくは知らないが、中性的で美形の顔も相まって、学内の女子たちからは王子様扱いだ。  
 無茶苦茶な設部届に頭を抱え、十瀬本人を呼び出す。
 不機嫌そうな顔でやってきた彼女の斜め後ろには、当の睦月が苦笑いしながらついていた。
「十瀬、流石にこれは受理できん。活動内容もだし、もうちょっと言葉をだな……」
 机に彼女の提出してきた申請書を広げ、見せながら説明する。
 キャラに似合わず厳格な感じの言葉が出てしまう。
 相手の反応を見るべく視線をやると、彼女は俯いたまま黙りこくる。「……」
 こうも黙って口を尖らせているを見るに、本人も無理があるのは承知なのだろう。
「あー、叶、今回は出直そう?」
「でも!」
 拗ねた子供みたいな十瀬を見かねたのか、後ろの睦月が彼女の背をさすり、優しく言い聞かす。 おい、なんだそれ。そういうとこが王子様って言われんだよ。アタシにもしてくれ。後生だから!
「いや、出直すとかじゃなくて、これは学内では出来ないでしょ。それともどうしてもやりたい理由とかあんの?」
 いくら多様性の時代といえど、現実問題、学校側が公にヒップホップ等を許すとは思えない。ましてや未だに当直なんかを残している学校だぞ。ずっと根に持つ。当直のせいで足に結構な傷できたんだからな。まぁ、お金も休暇も貰えたから良いけど。
 アタシが諭すよう理由を尋ねると、二人の目が少し希望に満ちた。
「悠希ちゃん。そう、叶は……」
「美波、いい。自分で話す」
 ぶっきらぼうな十瀬の代わりに、睦月が一歩前に出て説明しようとする……も、十瀬自身がそれを制し、自らの過去やラップをしたい理由を話し始めた。
「あたしは……母さんが笑うのが好きだった。あたしが小さい頃、糞オヤジがDV気質だったのもあって、母さんは鬱だった。いつも暗い顔で家事をこなして、見ていて辛かった。けど、あたしがラジオから流れる音楽に言葉をのせて話しかけると、ちょっとだけ笑ってくれた。その顔が好きだから、あたしは、ラッパーになるって決めたの」
(おっもぉ……)
 少女の抱える過去と感情に、思わず、絶句してしまう。
 余りの重さにアタシがドン引きしているのを無視して、彼女は続ける。
「高校生じゃ、クラブとかに行って練習とかもできない。かと言って、一人で練習するのにも限度があるし、独りよがりになる。だから、他人の意見も貰える学校で練習したい! あと……先生はそういう知り合いとか、いそうだし……」
 ようするに、練習場所と評価してくれる人が欲しいのだ。そしてあわよくば、アタシ経由でヒッピーな界隈の人脈を作りたいと言う訳だ。
 計算的で正直なのは嫌いじゃないし、知り合いはいるにはいるが、教師として、生徒をそういう世界に引き込むのはなんかアウトな気がする。さて、どうしたものか。
 やむにやまれぬ事情、という奴だろう。頭を悩ます。
「なるほど、動機はわかった。そんで、睦月。アンタは?」
「ん? 俺? 特にないよ。まぁ、しいて言えば、踊るのが好きなんで、ヒップホップはダンスも含むじゃん? まぁ、叶が頑張ってるから応援したいなって」
 睦月はニコニコしながらステップを踏み、スカートの裾を躍らせた。
「軽いわ!」
 十瀬の覚悟や想いに対して、睦月の気楽さに思わず叫んでしまった。
「アハハ、悠希ちゃん。皆が叶みたいに覚悟や信念を持ってると思わない方が良いよ。所詮、高校生なんてライブ感で生きてる奴が殆どだから」
 言ってることはわからんでもないが、高校生のお前がそれを言うか……。
 ぐぬぬ……と、にらみを利かせるも、両手を頭の後ろで組んで、陽気に笑う睦月の顔面偏差に吹き飛ばされそうになり、
「はぁ……一応、教頭に掛け合ってみるけど、許可が下りるかはわかんないからね。期待はしないでおきなさい」
 溜息をつき、彼女らの言い分と願いを聞き入れる約束をしてやる。

 と言う訳で、アタシは今、大嫌いな教頭に頭を下げて設部依頼を出していた。
 しかし、活動内容が活動内容なだけに、教頭は汚らしい髭をさすりながら首をひねっている。
「ヒップホップやダンスの練習がしたいらしいんですよぉ。ほら、ウチ音楽系は吹奏楽と軽音しかないじゃないですかぁ。生徒の為にも、どうか、お願いしますよぉ」
 必死で嬢の時代に身に付けた男ウケの良い声を出して嘆願……もとい「お願い♡」して見せるも、中々首を縦に振らなかった。
 なんでこんな小太り中年禿オヤジに媚びなければならないのか。
「いやぁ、他の先生なら冗談だって分かるけれど、君は……ねぇ。ほら」   
 しかし、どうやら教頭的にはアタシの経歴が気に入らないらしい。
(こんのクソじじい、テメェが現在進行形でアタシの胸と足見てんも、自分の当直をアタシの次の日にして枕カバー持って帰ってるのも知ってんだよ。叫んでやろうか、お?)
 なんて言えるはずもなく、前職で培った媚び媚び営業スマイルを張り付けて油爺のご機嫌を取り続ける。
「いやぁ~、逆に考えて下さい? そういうお店で経験があるからこそ、節度を理解して指導できますよ。アタシ、こう見えて結構売れっ子でしたしぃ。ほら、何だかイケそうな感じしません?」
「はぁ、そういうもんかねぇ……」
 エロジジイ、完全に視線をアタシの腿にやって、会話は上の空だ。クソ気持ち悪くてゾクゾクするけど、今のうちに承諾とってしまおう。
「えぇ、そうですそうです! って事で宜しくお願いしますねぇ~」
「まぁ、そこまで言うなら良いだろう」
 逃げるようにして言葉を残し、最後にスカートを直すふりをしてサービスにもう少し腿を見せてやると、ジジイはお気に召したのか適当な声で了承する。
 学校からの許可を得たはいいものの、正式に手続きをするにあたり、人数が足りないことを失念していた。

 残りの部員の調達までアタシがお膳立てしてやる義理もないのだが、正直、十瀬に部員を集められるとは思えない。陰キャとはまた違うが、多分、十瀬は周りから少しばかり怖がられている節がある。まぁ、一般人から見たらヒッピーな奴なんて皆怖いだろう。仕方ない。
 かといって、睦月に頼ると大量の女子が入部しそうという……。アタシは絶対に嫌だぞ、そんな大所帯の顧問。と言う訳で睦月には念押ししてこれ以上勧誘しない様に言い聞かせた。
 職員室のキャスター付きの回転椅子をグルグルしながら、考える。
 さてさて、丁度良く使える人員、もとい生徒はいないだろうか。
 馬鹿一号二号……は煩いし、クラスの女子グループは大体が運動部系だったか。
 数刻考えながら、組んでいた足を組み直す。すると、足に張り付く白衣の、微妙に残った血の跡が目に入った。
 そうだ、彼女にしよう! 京阪ではない。
 思い立ったが吉日、吉時。ホームルームが終わり、お喋りに花を咲かす、千繰が所属する派手女子グループに割り入り、彼女を呼びだす。
「おい、千繰。ちょっと、良いか?」
 千繰は笑顔を張り付かせて首を傾げる。
 手招きすると、彼女は友人たちの輪から離れてアタシの後ろをついて教室外に向かってくる。帰宅や部活に向かう生徒達でごった返す廊下の隅で命令する。
「あー、アンタ、部活に入りなさい」
「え、なんで?」
 突拍子がなさ過ぎたのか、人より感情の機微が薄いらしい千繰でも、純粋に疑問を持ったようだ。
「なんでもだ。あの約束、守ってやる代わりに入れ。今日の放課後、東棟の例の教室な」
 正直教師が脅しを使うのもどうかと思うが、これが一番手っ取り早いやり方だった。あと、彼女相手だと色々と説明を省けるのも楽だ。
 放課後、部活発足に際し、例の教室まで向かう。中には、アタシの理不尽な要求を渋々承諾した椎名が来ており、メッシュの髪のピンクの部分を弄っていた。
 当然、叶と美波も来ている。
「よし、ちゃんと来たな。アタシはここを問題児のアクアリウムにする。アンタらもお上に怒られん範囲だったら好きにしていいが、やるならここでやれ」
「……」
 不服なのか押し黙る千繰に対し、叶は手を挙げて質問した。
「活動資金とかってあるんですか? あたしは、高校生ラップ選手権に出たいんですけど」
「部員数が部員数だから最低限しか下りなかったが、参加登録費や移動費、軽い機材を買う金くらいにはなるだろう」
「……良かったです。ありがとうございます」
 叶が慣れていなさそうなお礼を言いながらお辞儀してくる。まぁ、生徒が素直に喜ぶ姿が見れただけでも、教頭に頭を下げた甲斐はあったのだろう。 アタシが彼女の表情に安堵していると、
「ねーねー、悠希ちゃん。っていうか、俺も問題児なわけ? 叶は確かに遅刻魔だし、早退魔だし、どう見積もっても問題児だけどさぁ。俺も椎名ちゃんもそんな言うほど問題児かなぁ?」
 少し悲しそうな顔で訪ねてきたのは美波だった。
 確かに「問題児のアクアリウムにする」と言ったは良いものの、意外にも、睦月美波は服装以外、割と模範的な生徒だ。成績だってかなり上の方だったはずだ。少なくともアタシの受け持つ数学では学年七位とかだった。
 それに、制服だって学校指定の上で男女両方のものを組み合わせているだけだし、ウィッグを被ってくることもあるが、それほど華美なものじゃない。多分だが、校則には違反しない程度のお洒落だ。
「あー、何でもいいでしょ。テキトーに言っただけよ」
 もう面倒になって説明を放棄する。だって椎名の問題とか話しても「コイツやべぇ」くらいにしか思われないだろうし。
 当の椎名自身は慣れないグループでの会話でどんな表情をすればいいのかわからず、相変わらず、愛想笑いみたいな表情を張り付け、黙っていた。しっかり見ていると、少し怖い。
「悠希ちゃんライブ感で生き過ぎでしょ」
「うるさいわねぇ『若手の』教師はホントだるいことばっか押し付けられるのよ。あの糞教頭、聞いたことも無い性病にかかって死ねばいいのに」
「アハハ、大人は大変だねぇ」
「マジでそれ!」
 あれ? いつの間にかアタシの愚痴吐き大会になってない? 立場逆でしょ。っていうか、なんで美波さんも自然に教師の相談に乗ってんすか。そういう所が王子様なんだってマジで! 
 彼は柏手を打ち、仕切り直したように黙りこくっていた他の二人に話を振る。
「ともかく! 同じ部活として、二人共これからよろしくね」
「ん」
「ヨロシクオネガイシマス」
 美波には慣れた様な声で返すに叶に対し、椎名は、発言や表情の真似をする相手がいないのか、戸惑い片言で答えた。
 あぁ~、アタシがとやかく言わなくても場が進行する。すごい楽。マジ神。王子。美波様。
「それでなんだけど、この部活、何て呼べばいいわけ? あと、活動内容も」
 美波が場を纏めてくれそうなので、この際決め事は今決めてしまおう。
「活動内容は、ヒップホップ文化の研究とか、ラップ技術の向上とかだけど……。名前はどうでもいい」
 発起人である叶は部が設立でき、活動さえ出来ればそれでいいと言った様子で流した。
「椎名ちゃんはなんかある?」
「ワタシモ何でもいいかな♪」
 目の前で振ってくれたのが美波だからか、椎名の表情が徐々に美波に似通って来ていた。心なしか言葉の最後に♪マークがついていたような……。
 恐らく、椎名自身、他人とコミュニケーションを取ること自体は嫌ではないのだろう。この場で円滑にコミュニケーションを取るために、真似をするべき人間は叶ではなく美波だと見抜いたらしい。
 まぁ、それはそれでハードルも高い気がするが。もっと機械的かと思ったものの、どうやら動物的勘とかはあるのだろう。
 椎名について考察していると、
「悠希ちゃんは?」
 模範的コミュニケーショナー睦月美波は、真摯にもアタシにまで振ってくる。
「あー、アタシはただの顧問だし。生徒間で決めてーっていうかぁ」
「アハハ、悠希ちゃん。めんどくさいでしょ?」
「うぐっ、バレたか」
 美波はいたずらっぽく笑って、図星を突いてくる。
 流石コミュ力王子、アタシが面倒で流そうとしているのを簡単に察知できるとは。
「それじゃあ俺が決めていい?」
「お好きに」
 ぶっきら棒に叶が、
「良いよ♪」
 椎名は相変わらず美波みたいなテンション感で、
「お任せ致す!」
 美波が頼りになり過ぎて、思わず変な敬語になってしまったアタシが、
 皆、そろって肯定する。
「じゃあ~、『ナイトクラ部』ってどう?」
「「……」」
 軽々しく任せてしまったアタシと叶は押し黙り、美波の所作の真似をする椎名だけが、それに賛同した。
 部室には異様な空気が流れた。

 ナイトクラ部が設立され、直ぐに夏休みに突入した。と言っても、休みなのは生徒だけで、教師は会議だの、生徒指導方針だのくだらないことで出勤させられた。
 その職員室にて、美波のセンスが爆発した部活動名に、一瞬、教員一同ざわめいたものの、クールで美人な女神様こと、光村先生からの「子供の冗談でしょう。最低人数で部費も少ないですし、できることも限られてますよ。放っておいてあげましょうよ」、と言う大変ありがたい助言により難を逃れる。
光村先生すきぃ♡
 更に正式に部活動顧問となったアタシは、顧問という理由で当直の回数を減らしてもらえることになった。 あれ? もしかして顧問って意外と役得なのでは?
 職員室でしょうもない会議を聞き流した後、仕事を押し付けられない内に、助け舟を出してくれた光村先生の本拠地であり、生徒達のサボりスポットでもある保健室にお邪魔する。 
 クーラーから排出される涼しい風を一身に浴び、良い感じに冷えたソファにダイブする。
 ぎもぢぃよぉ。もう外になんて出れないぃ♡
「ふぃ~、すっずしいですね~」
「職員室も冷房はかかっていたでしょう?」
 光村先生は呆れた顔で、ソファの冷たい部分を味わうアタシを見ていた。「職員室は人が多いんですよ~、それにあの禿げ小太りがいるだけで空気が悪いんです」
「はぁ……アナタよくそれで教員免許取れたわね」
 溜息をつき、バインダーでアタシにチョップをかましてくる光村先生。「えへへ、それほどでも」
「褒めてないわ」
 淡々と突っ込んでくれる先生。ボケがいがある。あー、楽しい。
 アタシが光村先生の反応を楽しんでいると、思い立ったように先生が告げる。
「それはそうと、アナタが部活動の顧問をするなんてね」
「そうなんですよ~。なんか頼まれちゃって、正直面倒臭いっていうか」「でも、当直の回数減らしてもらったんでしょう?」
「そうです、それはマジでデカいです! でも、正直顧問って何すればいいかよくわかなんないなーって」
 それから、アタシは、学内で唯一……は、言い過ぎだが、数少ない愚痴を言える相手である光村先生相手にマシンガンの様に愚痴りまくり、聞いていなかった会議の概要を教えてもらう。なんでも、最近この付近で、発砲事件があり、その犯人はヤクザから銃を購入していたらしい。なんだか椎名の顔がちらつくも、まさかね。一高校生がヤクザに会うなんて。
 疑念を振り払い、職員室以外で唯一、備え付けてある冷蔵庫の冷凍室からアイスを取り出し、完全にくつろぎモードに移行する。
 そんなアタシをみて先生は顔をしかめた。
「愚痴くらいは聞いてあげるけど、アナタここでサボり続けるつもりじゃないでしょうね? そもそも、私は私で仕事があるんだけど」
「えぇ~、ちょっとくらい休んでもいいじゃないですかぁ。生徒達だって夏休みなんですよぉ」
「はぁ……サボるなら他のところでやって頂戴。生徒はともかく、アナタをサボらせてるのが知られたら私まで怒られるから。それ食べたら、自分の受け持つ部室にでも行きなさい」
「え~、酷い~!」
 流石に甘え過ぎたか、光村先生はアイスを食べ終わり、ソファにしがみつくアタシを引きずり出して、ピシャリと戸を閉めた。
「あと、『ナイトクラ部』ってアナタ、流石にセンスを疑うわよ」
 戸を閉めた光村先生は、扉越しに一言付けたした。
「名付けたのはアタシじゃねぇ‼」
 アタシの虚しい叫びは無人の廊下にこだました。

 さて、保健室から追い出され、いくあてもなく、廊下で立ち尽くす。職員室にはあのジジイがいるから戻りたくないし、何処へ行こうか。
 暫く廊下をさまよい、校舎裏で一服し、消煙代わりの香水を振る。生徒達と世間話をした後、結局光村先生に言われた通り、東棟の最果て、例の部室に向かう。途中で椎名と合流した。どうせ誰も来ていないだろうから、保健室から拝借したクッションを枕に机の上ででも昼寝といこう。
 クッションをモミモミしながら部室の扉を開けようと鍵を差し込むも、どうやら先客がいたようだ。
 蒸されたような暑さの部室には、机にセーラーを着た生徒が突っ伏していた。女生徒かと思うも、足元を見るとスラックスだった。いや、しかし、最近は女生徒でもスカートを履かない娘だっているし……。
 わー、多様性。素敵な事なんだけど、あたしゃ時代についてけないよ。これじゃあまるでアタシは、開けもされないもものかんづめだ。
 なんてしょうも無い事を考えながら、彼に声をかける。多様性とは言え、アタシの知る限り、こんな格好をするのは一人だけだ。
「美波、アンタひとり?」
 迷いなくクーラーをつけながら、アタシは尋ねる。
 顔を上げ、こちらを向く美波。今日はロングヘアーの気分のようで、黒髪ロングのウィッグを被っている。なにこの子。クッソ美人。ヤバい。抱きたい。
 しかし、ひとつ気づく。彼女の目元、少し濡れて崩れたコンシーラーの跡に。
「……なんか嫌な事でもあったの?」
 アタシは自身の目元に指を当て指摘してやる。
「ん、いや、何でもないよ悠希ちゃん。暑い中、突っ伏して寝てたからメイク崩れちゃったや」
 彼女は無理に明るく嘯く。私にはわかる。いや、違いの分かる人間アピがしたいわけではなく。美波が本当に泣いていたのだという事を。
 けど、これ以上踏み込むのも傷つけるかもしれないからそっと引き、自然に椅子を三つほど並べて寝そべっている椎名に目を向け尋ねる。
「そうか……アンタ達、夏休みはどうしてるの?」
「うーん、いつも通りかな? 服見たり、音楽聞いたり、踊ったりしてる」
 美波が首を傾げながら答えると、髪が揺れ、良い香りが漂ってくる。しかも香水とかの類じゃない自然な匂いだ。
 ぇ、なんで汗かいてるのにそんないい匂いなの? 若さ? 若さなのか?
「椎名、アンタは?」
 くつろぎモードに移行しつつある椎名に再び尋ねる。
「私もいつも通りかな?」
「アンタのいつもってどんなのよ」
「……」
 美波の真似だろうが、裏目に出たのか、具体的に聞かれた彼女は押し黙る。やっぱハードル高いって、美波の真似をするのは。
 椎名を心配しながらも、アタシは思いついたように話題を振る。
「っていうか、この部活って機能してるの?」
「たまに全員集合するよ」
「マジで? アタシ知らされてないんだけど」
 知らなかった。設部されてから一度も顔を出さなかったから当然ではあるが、活動してるなら言ってくれてもいいじゃないか。
「だって悠希ちゃん『婚期がー』ってバーとか行ってるんでしょ? あんまり邪魔しちゃ悪いかなって」
「ぐっ……それはそうだけど」
 生徒にそんな気遣いをさせていたとは……。自身が立派な大人とは微塵も思っていないが、想定以上にろくでもない奴で頬が引きつった。 
 ダメだ。この話題は不利だ。アタシが人として、大人としてカスだとバレてしまう。とっさに適当な話題を考える。
「そんな事より、夏休みが終わったら直ぐに三者面談だけど、アンタは進路とか決めてるの?」
 一応『自称進学校』であるウチの学校は一年の時から三者面談や進路相談など積極的に行う。別に高校生の頃なんてもっと楽しませてあげればいいのに。
「決めてない」
 食い気味に椎名が答える。誇るな、そんな事。いや、多分この娘は誇っても無ければ興味も無いんだろうけど。やっぱり美波の真似をするのは無理があるって。
 内心突っ込みつつ、当の美波を見やると、彼は顔を曇らせていた。
「どうした?」
「……」
そうか、やっぱり何か抱えているんだな。
彼の沈黙に、決定的に察する。
「アタシは、まぁ、立派な大人とか優秀な教師とかじゃないけど、話くらいなら聞くわよ」
 彼は少しだけ驚いた表情をし、また押し黙った。
 一分くらい、静寂が続く。
 きっと、中々話せないのは、弱い処を見せたくないのだろう。気丈に、明るく振舞うのは、そうありたいと自身に言い聞かせているのだろう。彼は、暫く俯いて、唇を嚙み締めた後、呟くように語り出した。
「ホントは、ここには逃げて来たんだ……」
「うん」
「今日も、親に『普通の格好をしろ』って言われて、喧嘩になって、結局逃げてきた」
 一度溢れ出した言葉は、止まらないのか、彼は壊れた蛇口の様に言葉を続ける。
「けどさ、俺は誰にも迷惑かけてない。セーラーや化粧品だって自分でバイトして貯めたお金で買った。成績だって悪い方じゃない。それを理由にされない様に努力してきた! 素行不良でもない! そもそも、『普通』ってなんだよ。俺はただ、自分が好きな格好をしたいだけなのに!」
 美波は、徐々に叫ぶように、声を荒げて嘆いていた。その声に少しだけ椎名が驚き肩を跳ねさせる。
 美波が怒るのは当然のことだろう。実際、彼の言い分は論理的には真っ当だと思う。自分の事は自分で。寧ろ高校生でここまでやっているなんて十二分に立派な事だと思う。
 けれど、社会は、大人は、思ったほど論理や実績だけで動いていない。口先だけでは「多様性がー」とか「論理的に考えなさい」とか、言いながらも、非生産的な感情や、好き嫌いで物事が決定する際だってあるのだ。
 だからきっと、彼がどれだけ努力しようと、彼の両親が彼を認めることは無いだろう。
「正直、安易に『わかるよ』なんて言えない。アタシは女で、レディースの服が好きだし、メイクも大手を振って出来る。前職の事もあるしね。だからアンタの気持ちは理解できない。それに言っちゃ悪いけどそれはアンタの家庭の問題だ。アタシは軽々に関われない」
 わからないから、関係ないからこそ、提案できることがある。
「けど、辛くなったら、話も付き合うし、何だったらここにセーラーとか置いとけばいいじゃない。親に怒られるんだったら、メイクもコーデもここですればいい。どうせ空き部屋なんだから、多少私物置いても文句言われないでしょ。それに、それだけ上手にメイクもコーデもできるのに、禁止するなんて勿体ないじゃない? ね、椎名」
 若干蚊帳の外になっていた椎名に振ってやると、彼女は首を縦に振り肯定の意を示してくれた。
 きっと、大人としてはもっと妥当性のある解決策があるのだろう。そもそも、アタシの提案は根本的な解決にはなっていない。
 けれど、アタシは大人の世界の常識を並べ立てるような奴になりたくない。
 もう顔も覚えていないけれど、アタシが幼い頃、夜中公園で泣いていた時、警察に通報するでもなく、飲み物を買って来て隣で話を聞いてくれた誰かみたいになりたい。だから、アタシは、テキトーだと言われようと、彼を現実に向き合わせたりしない。
「アハハ、悠希ちゃん天才じゃん。椎名ちゃんも……ありがと」
 盲点だったと言わんばかりの表情で、驚き、彼はお礼を言った。
 椎名は相変わらず、理解しているのかいないのか、笑顔を張り付けキョトンとしている。彼女は、美波の内心の吐露に、何を想うのだろう。
 少し疑問に思いながら、美波がまた、いつもの笑顔を取り戻せるように冗談めかす。
「ふふん、天才だから先生になれたんだよなぁ~」
「うん、ほんと、ありがとね。悠希ちゃん」
 どうやら、落ち着いたのか、美波はいつもの端正な顔立ちに戻り、アタシや椎名に広げやすそうな話を振ってくれる。
 なんだこれ、ホストより癒される。マジで。貢ぎたい。

 次の日の朝、鼻歌を歌い、サボるべく部室を訪れてみると、そこには大量の荷物を抱えた美波がいた。
「美波、それは?」
「ん? 洋服。セーラーにスカート。それから化粧品に、女装用の私服も持って来たー」
「マジか」
「ロリータもあるよー」
 荷物の中から深い紅のレースで飾られた黒地のロリータドレスが出てくる。
「何それめっちゃ可愛い!」
「良かったら着てみる?」
 思わず目を輝かせて彼のロリータを見ていると彼は気付いてくれたのか提案してくれる。
 え、いいのぉ♡
「まじ? 着たい着たい! キャバだとキャバドレスしか着れなかったのぉ。でも、マジでいいの?」
「いいよいいよ♪ ちょっと大きいかもしれないけど着てみようよ。新しい扉開いちゃおう!」
 自分の趣味を認められて嬉しいのか、彼は弾んだ声で許可し、ロリータを渡してくれた後、「着替えたら言ってね」と残して教室をでた。紳士ぃ~♡
 これだけ紳士ならカギがぶっ壊れていても信頼できる。ってか、美波になら見られても良いとすら感じるわ。いや、そういうんじゃくてマジで。
 ロリータドレス。女の子は皆一度は夢見たであろうお姫様みたいなドレス。まさかこの歳になって着る機会が訪れるとは……。
 感慨深くなって袖を通し、背中のジッパーを上げる。
 どうせだし髪もツインテにしてみよう。そっちの方が似合うでしょ。
「あ、ちょっと!」
 アタシが自分のスカートのポケットの中から出したヘアゴムで髪を括っていると、外で美波が声を上げた。何かあったのだろうか? とはいえ、アタシはさっさと着替えきろう。
 丁度着替え終わって、ワクテカしていると、戸が開く。
 そこには叶が何とも言えない表情で立っていた。
「……工藤先生、何してんですか?」
「い、いや、これはね……」
 真顔で聞いてくる叶に、焦って否定しようとするも何も否定できない。彼女の疑念ももっともだ。教師が部室で生徒に借りたゴスロリを着てニヤニヤしているんだもの。
 言い訳もできずに地獄みたいな空気が流れる。
「いいじゃん♪ 似合ってるよ。髪型も変えてノリノリじゃん!」
 美波は本気で褒めてくれているのだろうが、それが寧ろ恥ずかしい。
「鍵くらい閉めたらどうです? あと、いい歳して何してるんですか」
 酷い! 酷い! 歳の事を言っちゃあ戦争だぞ! アタシはまだ二十五だ。まだまだ若いの!
 泣きそうになりながら、全身で抗議していると、もう一人やって来る。
「……」
 椎名は無言だった。何か表情を変えるでもなくマジ無言。
(殺してくれぇ‼)
 心の内で嘆いた後、アタシは再び白衣に着替え、微妙な雰囲気になった部室の中、結構な時間をかけて平静を取り戻す。
 人生でも中々の黒歴史だったかもしれない。美波の王子様っぷりで頭が茹っていたのだろう。学生時代、清楚キャラを演じてお近づきになった先輩に「キミ、昨日コンビニでタバコ吸ってた娘だよね」って言われた時と同じくらい辛い。
 とにかく、設部以来、顧問のアタシを含めて初めて全員揃った(アタシが来ていなかっただけ)ナイトクラ部は活動方針を決める。
 とは言っても、目的をもってこの部活に入っているのは、十瀬叶一人なのだが。
「あたしは高校生ラップ選手権に出たい。そこで結果を残してラッパーとして生きていきたい」
 アタシ達は堂々と夢を語る叶に耳を貸し、部としてそれを支える事となった。

 それから数日の間に、叶も椎名も美波に習ったのか、私物を持ち込み、空き教室はみるみるうちにカオスな空間と化した。
 前述の通り、美波はセーラーや可愛い系の服とコスメ用品。そして、叶はヒップホップの音源やステッカー、ヒッピーな帽子や服を。
 しかし、何より意外だったのは椎名が持って来たものだ。レプリカの彼岸花の花束、蝋燭、そしてなにより絵画だ。所謂、「メメント・モリ」や「ヴァニタス」と呼ばれる系統の絵画なのだろうが、それにしたって趣味まで『死』に寄ることあるか?
 主に椎名の私物のせいでマジカオス。ただ、叶のヒップホップセンサーに引っかかったのか、叶は以前より椎名に話しかけるようになっていた。
 因みにアタシはソファとテレビ、サングラス。それから洋画のDVDコレクションを持ちこんだ。

 アタシのソファは大人気で、皆、椅子を教室後ろに片付け、その弾力を噛み締めていた。ソファで三人がくつろぐ中、ふと、叶が気づいた様に言った。
「ねぇ、そういえばずっと思ってたんだけど、ロッカーの端、なんかめり込んでない?」
 叶は教室後ろ、本来は掃除用具入れなのだが、今は叶の衣装ケースと化している。
 わ・す・れ・て・た! やっば。
「そうだね、思ってた。銃弾? でもそんな訳ないよなー」
 当の叶はヘラヘラと笑いながら的確に正解をついてくる。
「ワ、ワー、コワイナー。ムカシナンカアッタノカナー?」
 アタシは糞みたいな演技でしらを切り、椎名もある意味での鉄面皮で、アタシ達は事なきを得た。

一章はこちらよりアクセスください。

元のイラストはこちらよりアクセスください。

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