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卒業までに殺して 五章 人と明日

【あらすじ】
 金髪教師、工藤悠希は屋上にて自身のクラスの女生徒の飛び降り自殺を食い止める。しかし、理不尽に怒られ、限界を迎えた悠希は「だったら殺してやる」と返す。少女はその言葉に目を煌めかせた。悠希が発砲した弾は外れ、腰が抜けた悠希が「一年分の勇気を使った」と語ると、少女は「来年殺して」と願う。
 そんな少女に悠希は「卒業までに殺す」と約束して見せる。
 また、女装男子やラッパー志望の少女らと共に『ナイトクラ部』を設立する。
 そこで、「社会の普通」からあぶれてしまった少年少女が、夢や人との関わりを通して、普通を強要する社会でどう生きるのか模索し、成長していく物語。

【本文】
五章 人と明日

 アタシが美波の髪のサラサラ具合に衝撃を受け、テレビショッピングの美容コーナーを見てはマイナスイオンドライヤーや、マイナスイオンシャンプーを買い漁っては「馬鹿な買い物をした」と後悔していると、とある討論番組で気になる議題を話していた。
『急増する子供の自殺、どう止める』
 これまた、暗い議題。しかし、他人事と受け流すことは出来なかった。椎名の顔が浮かんだからだ。
 著名な研究者? や有名人などが言葉を交わす。
 子供の自殺率は休み明けや行事前などが多い事、原因はいじめを始め、親子関係の不和、進路の不安、自身と社会の認識のズレ、自己矛盾。様々だ。
 更に番組側の調査によれば、今、若い子達にとって「自殺」は流行になっているとか。SNSの普及により、「自身の最期を動画として流す」なんてこともあるらしい。バズりの最悪の発展形だ。
 そんな議論を小一時間眺めていると、その中でも、一際偉そうな爺さんが口を開いた。
「周りの大人達が死ぬという事は美しくもカッコ良くもないという事を教えてやらなければならないでしょうね」
 何たら大学の何たら学の教授? らしい。
 結果、その言葉で番組は結論付け、締めに入った。
 番組の結論に、アタシは疑問を抱く。
 果たしてそれで意味があるのだろうか? 本気で「死にたい」と思っている子達をそんな事で救い出せるのだろうか。
 疑問に思いながら眠りに落ちる。

 次の日、通勤し、受け持ちのクラスの女子グループの何人かに尋ねる。
「ねぇ、今って、アンタ達の中で何が流行ってるの?」
「なにー? 悠希ちゃんJKについて来ようとしてるの?」
 アタシの質問内容が突飛だったからか彼女たちは笑いながら逆に聞き返してきた。
 ってか、コイツらチョットアタシの事馬鹿にしてね?
「うるさいわねぇ、ちょっと興味あっただけよ」
「うーん、曲とか服とか、流行るって言っても色々あるしなぁ」
「流行りの行動、というか遊びみたいな?」
「行動って……」
 なんてやり取りをしていると、コロナから復活した馬鹿一号が教室中に響く声で叫んだ。
「悠希ちゃんは若造りなんてしなくても可愛いぜ!」
「ア゛タ゛シ゛は、若造りじゃなくて、まだ若いんじゃボゲゴラァ‼」
 ブチギレてアタシが馬鹿一号をぶん投げると、ケラケラ笑いながらグループの女子達はスマホの画面をこちらに見せて来る。
「悠希ちゃん、今はこういうの? が流行ってるよ~」
 かざされたスマホ画面に映されているのは、曲に合わせて彼女らがダンスをしている動画だった。
 くそう、わかってはいたけど、MLBの試合結果に一喜一憂し、ティアドロップのグラサンをかけて愛車に乗って洋画のヒーローに思いを馳せ、知り合いのボクシングジムでサンドバッグに嫌いな奴の顔写真を張り付けぶん殴るのは流行っていなかったか。
 まぁ、でもよかった。自殺が流行るなんて、そんな事あってたまるか。あの番組が言っていたことは杞憂だろう。
 アタシが安堵していると、グループの内の一人が付け足すように口を開く。
「あとは~、トゥンカロンとか美味しいかも~」
「トゥンカ……ロン?」
 なんだその裂傷属性持ちの牙竜種みたいな名前の食べ物は……。食べ物なのか? いや、美味しいって言ってるんだし食べ物なんだろうけど、マジで聞いたことないんですけど。
 ジェネギャか? ジェネギャなのか?
「ほら、こういうの!」
 再び向けられたスマホの画面には、マカロンの亜種みたいな珍妙なお菓子が映っていた。

 ……ジェネレーションギャップ(という事にしておく)でメンタルを抉られつつも、なんとか一日の授業を終え、カオスなサボりスポット、「ナイトクラ部」の部室に足を運ぶ。美波はダンススクールに通い始めた為、今日は来ないとの事だった。
 二人では広すぎる教室に置かれたソファに寝っ転がり、なんとなしに椎名に言って見せる。
「椎名。アンタは『死にたい』って言っているけれど……。その、自殺ってのは、流行りなの? だったら、そういうのはカッコ良くも綺麗でも無いから……」
 昨日のコメンテーターだか教授だかが言っていた事を実践しようとするも、珍しく椎名は怒っているようだった。
「昨日の番組見たんだね。私も親に見せられた」
「おおぅ、そう、それで、あの、どう思った?」
 なんだか真正面から聞くのも気後れして、キョどりながら尋ねる。すると彼女は、あろうことか舌打ちをし、語った。
「アジテーターのクソ気持ち悪い妄想コメントばっか、何もわかっていない」
 らしいです。
 怖い。
 急に饒舌になるな。
 アンタいつももっと控えめな語り口だろ。
 やはり、本当に死にたいと思っている彼女には、アジテーターのポジショントークはお気に召さなかったらしい。
 まぁ、確かに傲慢な話だとも思ったし、彼女が気にくわないと思うだろうという事もわかってはいたが。

 期末テストも、大過なく(問題制作を忘れており、徹夜で死にかけたものの)終わり、学校は二学期を終了する。
 世間はクリスマスムード一色。生徒同士も「付き合い始めた」だの「クリスマスデート」だのと浮足立っていた。チッ、胸糞わりぃ。そろそろマイボクシンググローブがお釈迦になっちまうじゃねぇか。
 クリスマスに喜ぶ生徒達から逃げるように、アタシは部室に寝っ転がりに行く。叶の忘れ形見のレコードとヒップホップ全集から、全然クリスマスには似合わない、めっちゃチルでアッパーな曲を流す。
 目の保養兼妄想の種でもある美波は、ダンスレッスンで忙しいらしい。きっと彼なりに何か思い、努力しているのだろう。無理に呼び戻すことも無い。正直個人的には、あの美形をクリスマスデートと称して連れまわしてみたかったが。気持ちいいんだろうなぁ……。
 ぐぬぬ……と頭を抱えて、これまた持ち込んだテレビでスパイミッションの洋画をかけて、眺めていると、戸が開く。流している音楽と、映画の音声が廊下に漏れ出し、開けた主の奥をたまたま通りがかった男子生徒がドン引きしていた。
 それはさておき、椎名は、疲れた様な顔でアタシのすぐそばに座る。
「アンタ、クラスメイトは良いの? クリパとかするんじゃないの?」
「いい、疲れたの。センセと一緒の方が良い」
 彼女はもう、笑顔を張り付ける事すらやめて、告げた。告げた後、寝っ転がるアタシに寄り添うように、横になる。
「ちょちょちょ、どったの?」
 急な添い寝に同性同士なのに驚き飛び起きる。いや、同性の前に教師と生徒だ。条例違反、ダメ、ゼッタイ!
「ねぇ、センセ、殺すの、早くしてくれない?」
 焦るアタシを余所に、彼女は縋りつく様に言った。
 何故なんだろう。この半年、美波や叶を通して、色んなものを通して、「生きたい」と言えるように模索してきたのに。笑ったり、悲しんだり、出来る様になったはずなのに。
 声が、詰まって、それでも、吐き出す。
「……ダメ……だ」
「そっか……」
 また残念そうな顔で、疲れた顔で笑う彼女。
 どうしたら、この表情を辞めさせられるだろうか、どうしたら……。
 彼女の事を理解したつもりだったのに、彼女はもっと遠いところにいるような気がして、
「クリスマスイブ、まぁ、明日だけど、アンタ暇なんでしょ? こないだ言ってたの。どっか行くわよ」
 出てきたのは、ろくでもない提案だった。
 でも、見せるしかできないんだ。

 例にもれず、夕方、椎名の家の前に愛車を停め、暫くタバコを吸って待っていると、彼女が出てくる。
 彼女は、真冬なのに、白のワンピースだった。
「ま、特に決めてないけど、ドライブで良い?」
 彼女は頷き、肯定する。
 目的無く、しいて言うなら海の方に行こうかと、適当に東名高速に乗り、フラフラと運転し、茅ケ崎辺りで高速を降りる。
「丁度いいし、江ノ島にするか」
 県道134号から右折し、江ノ島に入って直ぐのパーキングに車を乗り入れ、人通りの少なくなってきた夕夜の江ノ島を散歩する。
 江ノ島自体には何度か来たことはあるが、こんなに暗いとあまり見るモノもない。まだ義理営業してる所もあるだろうが、今の時間からとなると限られてくる。
 かといって、女同士で龍恋の鐘に行くのもアレだしなー。
 スマホで幾らか調べて、二十四時間開いている稚児ヶ淵に行く事にした。 
 途中まだ営業していたパブで軽く腹を満たし、他愛ない会話をしていたら目的地に着いた。
 岩礁に波が打ち付けられ、高く上がった飛沫がかかる。
 いや、結構波荒いな。夜だから陸の境も見えづらくてちょっと怖いんだけど。
 椎名が足を踏み外さない様に彼女の手を取る。
「センセ?」
 海に見とれていた椎名は少し驚き、同じように少し笑った。
 そんな彼女を見ているとなぜか恥ずかしくなって、話題を変える。
「椎名、今日は泊まりよ。親に連絡だけ入れなさい」
 一応、椎名に電話させ、椎名の親に外泊の許可を得る。
 とは言っても、こんな時間から入れる宿泊施設なんて無くない? ラブホ……いやいや、そういう目的でない上、同性とはいえ、生徒と教師がラブホに入るのは流石に終わりな気がする。
 というか、アタシ計画性ないなぁ……。もうちょっとなんか決めてこればよかった。
 ダメ元覚悟でスマホで営業中の宿泊施設を探す。すると、一件、まだチェックインできるところがあったので予約する。地図に従い目的地まで車を走らす。
 到着したのは、風情のある佇まい、海沿いの民泊だった。
「夜分遅くにすいませぇん、先ほど予約した工藤なんですが」
「あー、さっきのー? どっから来よったん?」
 中から、恰幅の良いおばさんが出て来て、出迎えてくれる。訛り的に九州あたり出身の人だろうか。
「世田谷付近から来たんですけどぉ、何だか海が見たくなっちゃったんですー」
「あれま、世田谷から。でも世田谷やったら川崎とかの方に行けば海は見られっとに」
「たまには違う所の海も見てみたいなー的な? 感じです~」
「でも、海はどこでも綺麗ぞね。わかるぞ、たんまに見とうなる気持ち」
 おばさんは優しい目でアタシの咄嗟の言い訳に、共感し、笑いかけてくれた。
「……ですね」
 アタシは頷き、おばさんに案内されるまま部屋に通された。
 八畳程の小さな部屋だった。中央に机が一つあるだけの簡素な部屋だった。
「ほな好きに使ってね」
 おばさんはお茶菓子と麦茶を汲んで、上機嫌に出て行く。

 順番にシャワーを浴び、お茶菓子をつまみながら、多少話した後、アタシ達は布団にもぐる。
「センセ、手、握ってくれたね」
「なっ、放っておいたらアンタが落ちそうだったから……」
 恥ずかしい事をほじくり返され、思わず赤面する。
「落ちないよ、少なくとも、今の私は落ちれない」
 冷たい声で、彼女は言った。「落ちれない」とはどういう事だろうか。
「死にたいんじゃなかったの?」
「死にたいよ。死にたいくらいに辛い。けど、なんか、センセと会って、叶ちゃんや美波ちゃんと会って、自分で死ぬのが怖くなってきた」
 良い兆候なのだろうか?
 疑問に思っているとアタシを置き去りに、彼女は続ける。
「辛くて、苦しくて、今までよりも死にたくなるの」
「そっか……」
 苦痛に歪んだ顔をする彼女を前に、アタシは何一つ大人らしい事を言えなかった。
 彼女は寝返りをうつように、アタシから顔をそらして、丸まった。
 丸まって眠る彼女の背中を見ながら、アタシは深い眠りに落ちた。

 夢を見た。海の中の夢だった。
 透き通り、どこまでも続く水の中。
 彼女は自ら海に入って溺れているのに、苦しそうで、アタシに向かって手を伸ばす。

 目が覚め、隣を見る。布団はもぬけの殻だった。
 慌てて、外に出て彼女を探す。
 冷たい海風が吹き込む海岸、一つの人影があった。
 彼女は、今まさに入水自殺しようとしていた。白のワンピが死に装束みたいで、肝が冷える。
「し、椎名!」
 彼女の名を叫び、彼女の元まで必死で走る。靴も履かずに真冬の海に飛び込む。
 叫び声でアタシに気づいたのか、彼女は濡れた髪を揺らして振り向く。
「センセ、どうしたの?」
「アンタ、死のうとしてたんじゃ無いでしょうね⁉」
 彼女の肩を掴み、揺さぶり、思わず、問い詰めるみたいな口調になってしまう。
 彼女の望みを知っている癖に。
「いつも、死のうとしてるよ」
 冬の海の冷たさに、震える手で抱き寄せる。
「まだ……ダメだからね」
「うん、約束だもんね」
 諦めた様な椎名の声。
「冷えちゃうでしょ、お風呂、入りなさい……」
 それからアタシ達は一緒に朝風呂に入って、濡れた衣類を乾燥機にかけて貰い、荷物を纏めて宿を出た。

 海を見に行った帰り道、アタシは椎名を引き連れて、イルミネーションが照らす街を廻る。遠目で、観察するように、色々な人を見た。
 クラブハウスでラップバトルをしている叶を見た。
 ダンス教室でダンスの練習をしている美波を見た。
 街中でキスするカップルを見た。
 炉端で酔っ払ったおっさんを見た。
 サンタコスで奔走する少女を見た。
 街の写真を撮る男を見た。
 街の絵を描く女を見た。
 多くの、本当に多くの人達を見た。
 その後、最近できた「百種類の紅茶店」とやらで、変わらぬ彼女に語る。
「皆、未来を見ているから生きらていられるの。夢とか、目標とか、そんな大きくなくてもいい。小さくてもいいから明日を見れるようにしなさい」
「じゃあセンセはどうやってるの?」
「アタシはねぇ~、『明日何着よう』とか、『何食べよう』とかそういうことかなぁ」
「私には、着たい服も食べたいモノもない。このバッグだって、流行りって雑誌に書いてたから、普通にならなきゃならないから買って貰っただけ」
 彼女は言い訳する子供みたいに背負う小悪魔みたいなバッグの持ち手を握りしめる。
「ヴァニタスの絵画とか、彼岸花とか好きなんじゃないの?」
「あれは、近くに置いておいたら死ねると思ったから」
 願掛けすらして自死を願う彼女は、『死』以外に、何を願うのだろう。
「別に好きなモノじゃなくたっていいのよ。やるべき事とか」
「無いよ、そんな事」
「じゃあ、アタシが決めたげる。そうねぇ、この店とかどうよ。アンタ結構紅茶飲んでるでしょ? 毎日一種類ずつ、明日なに飲もうって悩みなさい。そんで新学年になったら、また結論を出しなさい」
 言葉にしたのは、ただの対処療法的な提案だった。でも、期限付きであれ、繋ぎ留めなければ、彼女は何処かへ行ってしまいそうで。
 命令口調で、ティースプーンでカップの淵を軽く叩く。
 彼女は黙ったまま首を縦に振り肯定してくれた。
 三ヶ月。あと三ヶ月で彼女を救わなければ。


幕間

 今日も、ママは私によくわからないテレビを見せてくる。
 新聞の切り抜きを読ませてくる。
 脳科学? 精神病? とかの雑誌が机の、見える所に置いてある。
 ママは、所謂、そういう人達の親の集まりに行ってはお話して、満足した気になって帰って来ては私に能書きを垂れる。
 そこに私の感情は介在しない。
 テレビも、新聞も、雑誌も、ママの言葉も、どれも私の心を捉えたものではない。
 腫れ物に触るように、周りは「可愛そうね」「大変だな」と。そんな皆に気を使わせない様に、空気だけは読めるように努力した。目の前の人の真似をして、普通の人の真似をして、そうしたら大人達は無責任に褒めてくれた。
 それが、その賛美が、どれだけ辛い事か、苦しい事か知らない癖に。
 だから、こんな私にでも、理論もモラルも無い、ハチャメチャな理由で自分を通してくれたセンセに興味が沸いた。

 センセと過ごす時間は、初めてずっと素でいられたと思う。
 ナイトクラ部は、私にとって珍しく楽しい場所だった。叶ちゃんも美波ちゃんも私と同じだと思ったから。
 変わった人達だと、初めて理解し合える人達だと思った。
 けど、知れば知るほど、彼らは私とは「違う」と、理解してしまう。ちゃんと、自分を持って、未来を見て、生きていける人達なんだなって。
 そう思うと、自分に失望する。何もかも嫌になって、部室に逃げる。
 せめて、嫌なら、楽な嫌を。
 諦めて、センセのすぐそばに座る。センセに媚びるように、添い寝する。
「ねぇ、センセ、殺すの、早くしてくれない?」
 わかっている。
 センセがなんて答えるかなんて。センセは変な人だけど、私みたいに壊れていない。
 人と違っても、モラルや倫理をわかっている。わかった上で破ったり、すり抜けたりしているんだ。
「……ダメ……だ」
 きっと私の事を最大限思ってくれてるのだろう。絞り出したみたいな声で、泣きそうな顔で、センセは否定する。
 それから明日、出かけようと提案してくれる。
 無駄なのに、センセは必死で、糸を紡ぐように。

 まだ雪は降らない、クリスマスイブ。センセと海を見に行った。
 小さな民宿に泊まった。

 そこで夢を見た。センセと溺れる夢だった。
 抱き合いながら沈んでいく。お互いの腕が絡まり、私とセンセは沈んでいく。見つめ合いながら沈んでいく。
 視線が絡まり、体が重なり、お互いの息を吸うように口づけ合う。体が重くなっていく。
 意識が遠のく。
 遠のく意識の中、思う。
 来世ではまた、一緒に、今度は一緒に生きれたらいいなぁ……。

 目を覚ます。
 まだセンセは起きていなかった。
 夢をなぞるみたいに、海に向かった。
 凍て刺す様な海水が、ざぶざぶと。暫く海の中を眺めていたら、センセが走って来て、怒ったように私の事を抱きしめる。

 帰り、センセは私を引き留めるみたいに、街中を廻りまわった。
 クラブハウスでラップバトルをしている叶ちゃんを見た。
 ダンス教室でダンスの練習をしている美波ちゃんを見た。
 街中でキスするカップルの人達を見た。
 道端で酔っ払ったおじさんを見た。
 サンタさんのコスプレで走り回る女の子を見た。
 街の写真を撮っている男の人を見た。
 街の絵を描いている女の人を見た。
 多くの、本当に多くの人達を見た。
 でも、見れば見るほど私の心は空になっていく。
 部室の壁にかかったヴァニタスを思い出す。
 それは鏡みたいで。

 やっぱり私は。

 死にたくなる。


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