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【医療コラム】人と関わるの辞めると楽だけど 病院辞めるときに思ったこと。

■人の記憶から消えてしまうということ


「人は人の記憶から消えたら本当に死ぬ」という言葉があります。肉体が朽ち果てても、人の記憶に残っているうちは、その人はまだ生きているということです。しかし、肉体は残っていても、人の記憶から消えてしまった場合は、どうなるのでしょうか……。

私は長年勤めた病院を辞めました。その時にまず思い浮かんだのは、私のもとに通ってくれていた患者さんたちの顔です。こんな私を頼りに通ってきてくれている患者さんたち。本当にありがたいことです。しかし、私が病院を辞めたら、患者さんたちはどうなるのでしょうか。

同僚にそんな話をすると、「先生がいなくなっても、他の先生がいるから大丈夫ですよ」と、なんとも冷たい言葉を返されてしまいました。

病院を辞めるのを止めてほしいわけではないのですが、他の先生がいるから大丈夫というのは、その通りなのですが、自分の代わりなどいくらでもいるという言葉は、好きで病院を辞めようとしているわけではない私にとっては、やはりきつい言葉でした。

今の病院を辞めて、また病院で働くことができたのなら、今度は誰かにとって忘れられない医師になりたいと思いました。そのためには、医師人生を必死で生き抜く必要がありますが。

■病院を辞めるときにした同僚たちとのあいさつ


病院を辞めることになり、どうせ辞めるんだから早く忘れてくれればいいと思う反面、忘れられたくないという気持ちもあります。どっちつかずな考えのまま、職場の同僚にあいさつ回りに行きました。

医事課の女の子。
「先生、食事のことなんですけれど・・」
「あー。そうだね。今度行こうかー。お互いに予定が合う日がいいですよね?」
「いや。あの・・。先生最近食事されていないって聞いていたから、辞められた後に食事摂れるといいですねって言いたかったんですけど。でもいいですよ。一緒にお食事しましょうか?」
1対1ではありませんでしたが、医事課の綺麗どころの女の子たちと食事をすることになりました。おかげで、その場では病院の愚痴を話せました。

お世話になった開業医の先生と。
「先生、辞めちゃうの? 誰か嫌な人いたの?」
「えぇ。まぁ」
と、その先生の手元を見ると白い封筒が・・。
「いやいや。そんなことしていただかなくとも」
「あぁこれ? 違うよ先生にじゃないよ。でも、いいや餞別渡すよ。新しい土地に行っても頑張ってね」
と10万円もいただきました。すこし、自分からおねだりをした形にはなってしまいましたが……。しかし心が弱っているときは、優しくされたいものです。きっと嫌なことを、人からの優しさで紛らわそうとしているのでしょう。

■引きこもってみて初めて分かったこと


挨拶周りが終わり、完全に病院との縁が切れた私は、家に引きこもりました。家に引きこもっていると、挨拶回りをした時に、変な早とちりをして、変に気を遣わせてしまった公開が襲ってきます。

それに、家に引きこもっていると、他の医師から連絡が来ません。病院にいた時は、家に帰ってきても電話が鳴ることもあったのに。それが嫌だと感じていたはずなのに、誰からも電話が来ないのは、こんなに辛いことなのでしょうか。

しかしそれは当たり前です。
やめた病院から、「この患者さんを診てあげてよ」なんて言われるはずはありません。同僚が言っていたように、他の医師がその患者さんを診ているのですから。

これまで辞めていった医師も何人もいましたが、彼らもこんな気持ちを抱えているのでしょうか。

引きこもってみて、初めて自分がどれだけ医療に力を入れていたのか、どれだけ人生をささげていたのかを改めて知りました。

また以前みたいに、
「先生しかいないからあの患者診てよ」
「先生がちゃんと責任もってあの患者診てよ」
と言われたい。
そう思ったら、私は家から飛び出していました。

人と関わらなければいやな思いはしなくてすみます。でも、人と関わることは、つらくもあれば楽しくもある。生きていくうえで大事なことなのだと、職場を去って再認識できました。

人は人の記憶から消えたら本当に死ぬ。
私は人の記憶から消えてしまわないように、残りの人生も医師としてこの身を捧げたいと思っています。

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