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「てっぺんテンコ! 第1回(全7回)」

あらすじ

二十年ぶりの中学の同級会が開かれる。菊地には会いたい人がいた。高校二年以来、特別な想いを引きずったままのテンコ。同級会にはテンコは現れず、出席した誰一人として消息は知らなかった。ある日電車で、菊地はテンコとそっくりの女性を見かける。その後ある発表会で偶然の再会を果たす。会う約束をし、日本武道館に行くも、テンコは涙を流し去ってしまう。再び誘いがあり、二人で東京タワーの展望台に上がり、ちっぽけな東京を眺める。その夜、テンコの大学からの空白の全貌を聞くことになった。それはあまりに――。次の朝、テンコは再び姿を消した。筆者自身の経験と願望を小説化した作品です。

「てっぺんテンコ! 第1回」

しばらくして僕は、本当にテンコが死んだことを知った。
あの時、僕が自分の気持ちに正直になっていれば……
彼女は生きて、行き続けて僕と一緒にいたのかもしれない。
そして、後悔と同時にもう一通の手紙が自宅に届いた――

   *

 目の前の木製のテーブルには、最後に会った時にテンコがプレゼントしてくれた小さな金属製の東京タワーと、ややくすんだ薄いピンク色の封筒が置いてある。封筒を手に取りゆっくりとひっくり返すと、「石沼典子」と名前が細い丸字で記されていた。彼女から貰った手紙は、これを含めて四通のみ。初めて会ってから二十年以上になる。そして、彼女は、もうこの世にはいない。僕が三通目の手紙を受け取った時、すでに自ら命を絶っていた。
それを知って以来、後に届いたこの手紙を開けることができなかった。知りたいことがいっぱいある。何が書かれているのか、知りたくてしょうがないのだが、テンコの死を認めるようで、開ける勇気がどうしても出なかった。しかし、今日こそ読んでみようと思っている。その“時”が来たような気配が僕を包み込んでいた。

             *****

 典子、そう僕らが“テンコ”と呼んでいた女性とは二度と会うことはないと思っていた。あの時までは……その存在も僕の中から、「ゆっくりと消えつつあった。それでもなお、僕の胸の中には、テンコが今何をしているのか? という気持ちが時折湧き上がってきた。どうしてなのかは、判らない。心の奥底で何かがずっとひっかかったままだ。
 きっかけは、しばらくぶりで開かれた中学時代の同級会だった。中学を卒業したのが一九八〇年。それ以来、一度も同級会をやった記憶がない。高校の同級会は、何度もあり、しばらく続いていたのだが、中学時代のものとなると、見事に一度もなかった。理由は、中学時代の大半の同級生が地元の高校に進学し、近くに残っていて、いつでも会える状態だったせいだろう。僕は地元の高校ではなく、隣の市にある進学校に行った。その地域から進学のできる二番目のレベルの高校に行き、大学に進学した。僕は高校時代からすでに地元を離れてしまっていたとってもいい。
 突然の中学の同級会の知らせを受けたのが、二00一年の六月。あまりに急な電話で、いったい誰からの何の知らせなのかさえ、すぐには理解できないほどだった。しかし、あまりに懐かしい同級生から出た言葉は、僕が過去に残していた甘い、そしてヒリヒリとした気持ちを喚起させるのに充分なものであった。
 電話をもらった時に、とっさに会いたいと思ったのはたったの二人。中学卒業以来、同じクラスでずっと付き合っている友人はいなかった。それは、高校でバラバラになったせいでもあるし、僕らの中学は様々な小学校からの寄せ集めであったせいもあるかもしれない。会いたかった二人は共に女性。その一人がテンコであり、もう一人はヒトミ、それと僕を含めた三人は、ひとつの奇妙なグループであった。

 そして夏が来て、同級会が開かれた。その場には会いたかった二人のうち、一人の女性しかいなかった。ヒトミ。彼女は僕と一時期付き合っていた。ちょうど中学三年から高校三年の間だ。ただ、彼女も僕とは違う進学校に行っていたので、自然と付き合いは消滅した。よくある話だろう。だが、ガールブレンドとしての付き合いがなくなってからも、彼女のお母さんが、たまたま僕の小学時代の担任だったこともあり、何度か会うことになった。同級会に来たヒトミは、とても元気そうだった。そして……もう一人会いたかったテンコの姿はなかった。
 出席者には容姿があまりに変り、誰だか判らない人もいる。だが、なんとなく、感覚だけで話をしていると、不思議とすぐに打ち解けあう。話の途中で気持ちを悟られないように、なんとなくテンコのことを聞いてみた。彼女は、この場にいる誰もが消息を知らないらしい。“まるで、はじめからいなかったような、感覚にさえなってしまうよな”と旧友が言った。彼女の実家が店を閉じて以来、家族もどこに行ってしまったのかさえ、判らないという。
 僕は正直いって、落胆した。テンコがどうしているのかが、今回の同級会に出席したもっとも大きな理由であった。もちろん、中学、高校時代に親しかった知人には行方不明のやつはいる。僕らは、高校時代にロックバンドを組んでいたが、ヴォーカルをやっていた“K”は、派手な言動で様々な伝説を作ったまま消えた。今やはっきりとした行方が判らず、様々な噂だけが残されていた。とにかく口癖である“完ぺき!が”Kのトレードマークでちょっと目立つ変ったヤツだった。大学受験に失敗し浪人をしていたらしいが、その後、大学に入ったのかさえも判らないのだ……。そんなくらいだから、テンコのことはあきらめた方がいいのかもしれない。大きな落胆は心の奥に留まったままだった。
 しかし、意外なことにあまりに久しぶりに地元の温泉旅館で行われた同級会は盛り上がった! 本当に容姿が大きく変ったやつらもいるが、どうも僕は中学時代のイメージがそのままのようで、“ほんとお前は、変らないなあ”などと口々に言われ、今マスコミ業界にいることですら“らしい”と言われる始末。何も損得のない、まったく“今の自分”と関わりのない、旧友たちとの会話は素のままでいれ、“見栄”も“蟠り”なく、楽しいものだった。同時にどんどん酔いが進んだ、楽しいひと時が、三時間後に終わった。二次会へという誘いがあったが、僕はいい気分を超えた限界近くまで飲んでしまっていて、正直酔っ払っていたので、失礼することにした。かつては、ほとんどまっとうな会話すらしたことのない女性の同級生の運転で、実家の近くまで送ってもらったが、そこでも「菊地さんらしい……」と何度も言われ続けた。その夜は実家に着くなり、バッタリと寝てしまった。

――夢を見た。テンコと偶然出会う夢……。そしてお互い胸の内を話し、見つめ合っている。急に彼女の顔が崩れ出し、のっぺらぼうになっていく。最後に口だけが残ってその真っ赤な口が「好きだった……」とボソッと言う。それを見るなり僕はいきなり逃げ出す。その物体は後方に気配を感じさせながら、執拗に追いかけて来る。僕は息苦しくなり、つまずいたように倒れこむ。そして、起き上がろうと仰向けになると、その物体が乗りかかってきた。僕はその顔をしっかりと見ようとしたが、輪郭がぼやけてはっきりしない。顔の部分が近づいてきた。「ギャ!」と声を出したところで、意識が現世に戻り、次第に目が覚めていった――。

 網戸から夏の夜を謳歌する虫の声と、生温かい風が入ってくる。そして、未だに目の前に黒い物体が……。今度は叫ぼうにも声が出ない。なんとか体を動かしたいのだが、それさえできずに、次第に息苦しくなってくる。なんとかその黒い物体を払いのけようとしていうちに、気力を吸い取られ、また闇夜に落ちていった。

 朝、少し冷たい風で目が覚めた。汗まみれだ。すでにあたりは明るくなっていて、視力もゆっくりと戻ってくる。ハッとし、目の前に、焦点を合わせる。そこには……何も存在していなかった。すぐ枕元の時計を見ると午前五時を過ぎたところだ。体は動いたが、頭がズキズキ痛む。単なるあの楽しい宴でも飲み過ぎのせいか、あるいは悪夢のせいなのか? 近くに転がっていたペットボトルのミネラルウォーターを口に含むと、気持ちが落ち着いてきた。汗ばんだ体は気持ち悪いが、目を閉じ、なるべく何も考えないようにして、再び眠りについた――。

 朝、今度は蝉の声に起こされた。すでに真夏の太陽が照り付け、部屋の中の気温をぐんぐん上げていた。枕元の機械式のデジタル時計を見ると、すでに八時半過ぎ。もう少しゆっくりしていたい気持ちを追いやり、起き上がる。やはり汗をずいぶんかいているが、酒は残っていなく意外なほど体は軽い。今朝方の夢を思い出す。全貌を覚えていた。不気味な夢だったにもかかわらず、僕はなんともいえない希望感に満ちていた。さあ、父と朝食を取って早めに東京に帰ろう。障子戸を開けると、雲ひとつない真っ青な空が広がっていた。

 東京に帰ると、また忙しい日々に入っていった。多くの人に対面し取材をし、それを文章化。その後、簡単なラフデザインを施し、写真とテキストデータをまとめて入稿する。そして出校されると、それを校正して戻す。このことを何度か繰り返すと、校了になり、僕の役目は終了する。板橋にある印刷会社での出張校正を終えると、すでに朝になっていた。午前五時の地下鉄に乗る。平日のこんな早い時間なのに、車内はけっこうな人がいた。この人たちは、何しにこんな早い時間の電車に乗り込んでいるのだろう。いったいどこを目指しているのだろう。
 思考能力が落ちた疲れた頭で、どっかりシートに座り、ぼんやりと駅での乗り降りを見ていると、なぜか気持ちが和らぎ、ウトウトし始めた。電車の中で眠るのは好きではないが、さすがに疲れがやってきて、眠気には逆らえない。十分ほど眠ってしまったのか、ハッとして、必死に駅名を確認する。すでに三つ目の駅が過ぎていた。乗り換えの駅まで、あと二つ。そう思って何とか眠気を抑えようと、首を意思的に振ってみる。ふと前の席を見ると、やや太り気味の女性が座っているのが目に入った。
 その女性は、朝早くにもかかわらず、今ではあまり見かけなくなったポータブルCDプレーヤーを膝の上に置き、大きめのヘッドホンをして、音楽を聴いている。しかも、時々体を揺らし、音楽のリズムにのっている。他人の観察好きな僕は眠気を追い払い、しっかりと観察に入る。決して清楚な感じではなく、野暮ったい時代遅れに感じる風体。少し俯きながら、やや下を向いて音楽に没頭しているようで、顔はしっかりとは判らないが、髪が明るい茶色で、短めのおかっぱ頭――それを認識するなり、僕は、この前会えなかった“テンコ”を直感的に思い出した。髪の色と形、確認できる範囲の顔の輪郭に見覚えがある。僕は心の中で、“さあ顔を上げてくれ!”と強くつぶやいた。しかし彼女はそのままの状態だった。
 そうしているうちに、電車がさっきから二つ目の駅のホームに入り込んだ。このまま、その女性に付いて行ってしまおうか、とも考えたが、今日も一度帰って仮眠を取って、最後の校了作業に向かわなければならない。しかたなしに、横目でその女性の姿を見ながら席を立って、ホームに降り立った。振り向いて電車を見送る。その時彼女の顔がこちらを少し向いた。女性の顔は、まさにテンコに見えた。アッと小声で叫んだ時には、電車が動き始めていた。僕はそれを追うように何歩か歩いたが、あきらめた。心の中で「テンコ!」と叫んだだけだった。なんとなく、近いうちに、またどこかで会えるような確信を感じたまま、電車の後のライトを見送った。まるで、若い頃に観た映画のエンディングシーンのような気がした。すぐにライトは遠ざかり、消えた。(第2回に続く)

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