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小説「宇宙犬マチ」 あらすじ~第1回

  • 【あらすじ】

  • 宇宙全体に悪影響を与える可能性が出てきた地球。その実態を調査するべく宇宙指令から地球に派遣されたリサーチャーたちは、世界中の犬の中に入り込み地球の調査を開始した。日本ではヨークシャーテリアのマチという宇宙犬が調査にあたることになった。人間によって引き起こされる戦争や自然・環境破壊など多くの問題が蔓延する地球は、明らかに宇宙に悪影響を及ぼす存在であることが判明していくが、マチの飼い主ヒロキなど、各国の飼い主たちのあまりに優しい対応に悩む日々が続く。宇宙指令への報告の期日が迫る中、凶悪なウイルスが人類を襲う……。宇宙犬たちは地球を“悪”とみなし、消し去る判断をするのだろうか? それとも地球と人間を救える方法があるのだろうか?  (6回に分けて掲載です)

【宇宙犬マチ 第1話】

一 交信 マチ
僕は、宇宙犬マチ。
遠い星から、青い地球にやってきた。
ちょうどその時生まれそうになっている犬がいた。
だから、そこに入り込んだ。
そして生まれて、マチという名前がつけられた。
由来はよくわからない。でも気に入っている。
そして、今は毎日何かを書いているおとうさんと過ごしている。
毎日、朝と晩の散歩。それとおいしいごはんとおやつ。
いつも優しくなでてくれる。でも、なぜか時々怒られる。
カーペットにオシッコをしただけなのに……。
このあたりの自然は美しい。
春になると緑がまぶしい新しい葉っぱ。
秋には、茶色や赤い鮮やかな葉っぱ。
何色あるかわからないさまざまな形の花は、四季ごとに違う。
空を見ると青い。その先には僕の故郷がある。
夜には、僕の星を照らす太陽も輝いて見える。
お月さまは、形が変化しておもしろい。
こんな星は見たこともない。
今でも知らないことばかりだ。
 
そんな生活をしていると、使命を忘れてしまいそうになるけど、
実は夜おとうさんが寝ている間に、
こっそり宇宙司令と交信しているんだ。
交信のやりとりで、今の宇宙の状況変化を知って、
この地球をどうしたらいいのか? 
そんなことを一緒に来た仲間と話し合っている。
 
時々、おとうさんは目を覚まして、
僕のことを気にしている。
「マチ、どうした? 大丈夫?」って、心配してくれる。
その時、僕は幸せな気分になる。
使命なんかどうでもいい! ってさえね。
どうもおとうさんは、交信を寝言だと思っているみたい。
それで、いいんだ。それで……
 
Ⅰ 現在 ヒロキ
 僕は、ヒロキという。ヤマオカ ヒロキ。
 マチという犬ともう十五年も一緒に暮らしている。マチはヨークシャーテリア。もう人間の年齢にすると八十歳くらいになる。今は自然がいっぱいの山の中で、マチと二人で暮らしている。マチは、今なお食欲もあり、毎日散歩もして楽しそうだし、まだまだ元気だ。
 彼と暮らし始めて、あまりにたくさんの出来事があった。まさに激動という言葉がピッタリだ。しばらく前まで、東京で暮らしていた時、楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、信じられない出来事、大きな変化――ずっとマチという不思議な存在の家族と一緒に過ごしてきた。マチがいてくれたから、ここまで生きてたどり着けた気がしてならない。諍いのない世界、誰もが手を取り合える世界。緩やかに後退する世界。こんな時代がやってくるなんて思ってもみなかった。
 まるでマチが僕たちと出会ってから変化が始まった気がする。この十五年……僕は確かにマチと一緒に生き続けてきた。マチには少しでも長く生きていてほしい。本当に苦楽を共に過ごしてきたから。
 マチはちょっと変わった犬だ。それは……
 
二 報告 マチ
期限が迫ってきている。この地球の時間であと半年。
結論を出して宇宙司令に最終の報告をしなければならない。
この星は生かす価値のあるものなのか?
 
僕の星では幸せという言葉はない。
宇宙では安定することが一番なんだ。
その安定を地球が侵し始めている。
でも、今はおとうさんに
おもちゃというものを投げてもらい、
次にお腹をなでてもらって、
あまりに幸せな気分で、判断が鈍っている気がする。
次の交信は今日の夜!
宇宙司令は、きっと早く結論を出せ、と言ってくるに違いない。
半年なんてすぐにやってくる。
僕らの時間では、一か月にも満たない。
だから僕の六倍以上、人間はすぐに歳をとって老いていく。
 
なぜこの地球の生き物たちは
こんなに種類が多く、バラバラなんだろう?
ほとんどの星の生命体は単種か、せいぜい百程度だ。
この地では、植物も含め億単位の種が生活している。
宇宙ではとても珍しい存在。
この地に来た時、僕は驚いた。
交信できる生き物がこんなにたくさんいて、
混乱してしまうほどなんだ。
 
地球ではさまざまな思考や意識が飛び交う。
おとうさんの留守をみはからって、
精神だけを飛ばし、地球を俯瞰し生命たちと通じ合う。
あまりに複雑で無限大!
それを一気に電子拡張化された脳で受け取ると、
オーバーヒートしてしまいそう。
今までいくつもの星に派遣されたけれど、
こんなに複雑で入り組んだ星は知らない。
その全貌を知ろうと、おとうさんが寝静まった夜中に、
コンピューターという装置の
原始的なネットワークをこっそり見てみる。
その中の情報は意外と多く、
どれが本物なのか、正しいのかわからない。
とりあえず、それを全部記憶して整理して宇宙に送り出す。
ここでは最も高度と思っている生物、人間が
いつもいがみ合って、諍いを繰り返している。
それが僕には理解できない。
宇宙の星々の多くは平和という言葉はない。
みんなが協力し共存して生きている。
もちろん中には戦争をしかける輩はいるけど、
その意味のなさにすぐに気づき止めてしまう。
しかし、この地球では……
諍いが普通のことになってしまっている。
 
Ⅱ 家族 ヒロキ
 マチが僕たちと暮らし始めたのは、先住犬だったハッピーが亡くなる前だった。近所でお付き合いをしていた一人暮らしの老婦人が高齢者施設に入ることになるとのことで、飼っていたヨークシャーテリアをもらってもらえないだろうか? とハッピーの散歩で知り合いになっていた僕にいきなり言ってきたのだ。お互い同じヨークシャーテリアだったこともあったかもしれないが、ハッピーはその犬が大好きだった。
 ハッピーは老婦人に会うと、ピンと上を向いたシッポを高速に降って、喜んで近づいていき、彼女の犬とペロペロと舐め合うのであった。
 二人の大きさはかなり違っていた。“マチ”と呼ばれていた彼女の犬は、ハッピーの二倍近くの大きさだったが、少し臆病だった。いつも人見知り、犬見知りをしないハッピーから近づいていき、匂いを嗅いでいくと、同じような舐め合い行為をし始める。かなり異なる体形と性格だったが、何かが似ていると思っていた。それは目のつくりというか、眼差しであった。まるで兄弟のように……。マチは僕や妻、リサにもなついていて、会うとやはりペロペロ舐めてくれた。だから、当然のように引き取ることにした――。
 
 春四月に入り、マチをもらい受ける日が来た。妻のリサと一緒に老夫婦の自宅に行く。すっかり家の中は片付けられていた。彼女は愛おしそうに伏せをしているマチの頭を何度も撫でて「いい子でいるのよ。今まで一緒にいてくれてありがとうね。幸せに長生きするのよ」と言って、僕たちに預けた。マチは少し寂しそうな目をしたが、しばらくすると僕たちの顔をしっかりと見た。
「きっと役に立つと思います。大切にやって下さいませ」と老夫婦は、涙を浮かべた。「さようなら、マチ」と言うと、マチのほっぺに軽くキスをして、手を振って送り出してくれた。リサは涙を浮かべていた。
 その日からマチは我が家のワンコとなった。年齢は三歳と言われていた。
 
 それ以来、老婦人と会うことはなかった。マチの近況を知らせたいと思って、消息を近所に尋ねてみたが、まったくわからなかった。
 マチはすぐに我が家になじんだ。ハッピーとも適当な距離感を持ち、仲良くしていた。彼は、どちらかというと繊細で犬見知りをするタイプ。二匹で散歩に行き、知らない犬と会うと、ハッピーは近づいて挨拶をしたがるし、マチは怖いのだろうか、吠えてしまうことがほとんどであった。しかし、人間にはすぐに近寄り親しくなる。そしていつもじっと観察しているような犬だった。少し変わった点もあった。吠えるのでも唸るのでもなく、何かを訴えているかのように、“クゥーン、クゥーン、ウニャウニャ”とやたらと喋るのだ。長い時には一時間も喋る続けることもあった。その声は犬のものでもない感じがしたし、もちろん人間のものでもない。彼の言葉を理解でき、お喋りをできればどんなに楽しいだろうといつも思っていた。しかし、マチが喋るのは家の中がほとんどで、外ではまったくといって喋らない。相当親しくなった人にだけは、時折喋りかけるが、それも一言二言だけであった。
 もうひとつ、マチは車に乗って景色を見るのが大好きだった。ハッピーもそうだったが、ハッピーは車に乗って出かける目的地の公園などが待ち遠しくて、窓から身体を乗り出して“早く! 早く!”と思っているのがよくわかった。だが、マチの場合、とにかくいろんなものを見続けているのだ。何がそんなに面白いのか? と思うくらいだった。
 そしてよく食べた。僕らの食べるものはたいてい欲しがったし、口に入れていた。まぁ、それは好奇心と食欲が強い犬であれば、理解できる事であった。
 
三 期限 マチ
僕と同じ使命を持った仲間が宇宙から何人も地球に派遣された。
みんな、なぜか犬になっている。
きっと身体の相性がよかったんだろう。
その仲間と連絡取り合っている。
仲間からの報告をまとめて宇宙のある所に送るのが僕の役目。
その他の星の使者も数え切れないほど地球を訪れている。
宇宙のたくさんの生命体たちが、
美しい地球が気になっているだろう。
今は、生命体の思考がひとつにまとまって、ほぼ僕たちに任されている。
一見ダラダラした普通の犬の姿なんだけどね。
 
明日は日曜日。地球の多くの人々の安息日。
おとうさんと一緒に公園を散策する日なんだ。
元々犬は、感覚が敏感だ。
特に匂いに対しては……
お家を出ると、僕、マチはクンクンと匂いを嗅ぐ。
地球での外の匂いは特別!
広い公園には、いろんな匂いがある。
でも、ここのところ空気の汚れが激しい。
それが気になっている。
今は初夏なんだけど、とにかく暑い!
毎年のように気温が上がっているのも気になる。
地球自体が大きな転換点にあるのかもしれない。
 
でもね、緑の多い自然の中にいると、
そんなことが気にならないほど喜びを感じられる。
太陽の匂い、四季の花々の匂い、虫たちの匂い、鳥たちの匂い、草の匂い……
おとうさんたち人間にはわからないようだけど、
ひとつひとつからエネルギーが湧き出している。
こんな星は、宇宙に存在しない貴重な存在。
地球の魅力でもあるし、宇宙の中で唯一の星なんだと思う。
僕たちが長い間、体験し学んできた中にもこんな星はなかった。
だから、みんなが気にしている。
だけど地球が良い方向に進んでいないことがわかってきた。
それは人間たちがいるせいなのかも?
 
日曜日。おとうさんと車に乗る。
窓から顔を出して、匂いをいっぱい嗅ぐ。
黒い小さな鼻をしきりに動かしながら、公園に向かう。
その時が僕は大好きだ。
公園に着くと、さっそく小走りに歩き出す。
公園には犬たちも、子供たちも、散歩したり、走っている人もいる。
人々はいろんなことをしていて、幸せそうなんだ。
公園に行くと嬉しくなる。
ハッピー兄さんもそう思っている。
こんな平和なハーモニーを奏でる場所があるなんて。
でも、地球上のほんの片隅でしかない。
この星全体の真の姿を、宇宙の仲間に伝えなければならない。
公園は宇宙一幸せな場所なんじゃないかと思っている。
だから、ここにいる時は僕も楽しんで散策する。
僕は匂いで、その生き物たちの考えがわかるし、記憶ができるんだ。
そんなことをしていると、時を忘れてしまいそう。
――でも期限は近づいている。
 
人間は辛い時、動物を見たち触れたりして、心を癒して回復する。
しばらくして、わかってきたことの一つだ。
未知の新型ウイルスが発生し、世の中がストップしてしまった時、
続いて醜い戦争が起きた時も、
いろんなメディアで犬や猫なんかの動物の映像が流れ続けた。
見ただけで心が癒される。落ち込んだ心と気持ちの修復――
僕もおとうさんとおかあさんが家にいると嬉しいんだ。
こんな気持ちは初めてさ。
 
最近、世界中では諍いが大きく広がってきている。
大陸では大きな戦争も起きてきた。
人と人との諍いを止める方法はないのか?
僕たちは分析し、考えてみる。
人間の気持ちや感情はあまりに複雑で個性的で、未だに解析できいていない。
この<感情>は僕たちが失ってしまったものなのだろう。
しばらく前からそう思い始めている。
 
人間にとって<感情>は大切なものらしい。
でも、それがあるために諍いが起きているのは間違いない。
そう分析できるけど、理解はできない。
感情は悪い面ばかりではなく、人の持つ優しさ、親切心、愛することも全てを含んでいる。
それは心から来るものなんだ。
これだけは言える。
ほんのひと握りの人間の欲やエゴにより、
諍い=戦争が起き、気候変動、環境破壊も起きている。
このことをそのまま宇宙司令に伝えたら、
この美しい地球は‶悪”として消すことになってしまうだろう。
 
僕たち、そして宇宙全体の高等生物が失ってしまった<感情>。
それを存続させて再び僕たちが学ぶべきなのか?
あるいは地球を消して宇宙全体を守った方がいいのか?
人の感情と心を知ってしまった僕は迷っている。
きっと同時に地球に来た僕の仲間たちは、地球を“悪”とみなしてしまうだろう。
未だに野蛮な殺し合いをしているのだから……
でも、僕はどうしても、そうとは思えないんだ。
 
Ⅲ 別れ ヒロキ
 いずれにしても、二匹となったワンコ生活は慌ただしいものの、楽しい日々でもあった。マチが我が家に来て四年後の初冬――。
 数日前に公園ではしゃいでいたハッピーの調子が急におかしくなった。少し咳みたいなものをして、だるそうにしている時がある。マチは何度も体調が崩れたし、出来物ができて、手術をしたりとかを繰り返していて、それを心配そうに見ていたハッピーだったのに……。何だかおかしいと思い、すぐに病院に連れて行くと、心臓が肥大していたため、薬を飲むことになった。僕はさほど心配はしていなかった。ハッピーはすぐ翌日には普通に散歩にも行くようになったし、食欲も含め普通に戻っていたからだ。
 しかし仕事上の会食があったため帰りが遅くなった十一月二日。十一時過ぎに自宅に戻ったら、いつものように玄関のところにハッピーが待ってくれていた。しかし呼吸が苦しそうで、ゼイゼイしている。普通ならどんなに遅く帰っても、夜も散歩に行くのが日課だったが、その時ハッピーは行きたくないという意思を示した。マチは散歩にはさほど執着がないので、散歩は行かないことにした。
 その後すぐに彼らに食事を出したのだが、ハッピーはまったく口もつけずに、どんどん呼吸が荒くなり苦しそうな表情になっていく。なんとか病院からもらった薬を飲ませようとしたが、それも拒否された。僕は焦って、すでに夜中となっていたにもかかわらず主治医の先生の携帯に電話を入れた。もう時間を気にする余裕はなかった。十回の呼び出し音がしたところで切ろうとした時に、先生が出てくれた。ハッピーの症状を早口で伝え、薬も飲んでくれないことを話した。先生は今遠くにいて、「近くの救急病院を紹介してもいいが、自力で歩けるようであれば、明日病院に来てもらった方がいいだろう」とアドバイスをくれた。僕もけっこうお酒を飲んでいたこともあり、車での移動も無理だったので、ハッピーの様子を見ながら、明日朝早く起きて、先生の動物病院に向かうことに決めた。
 ハッピーは苦しそうであったものの、自力で僕のベッドに這い上がり、僕の目を見てハアハア言っていた。私はそれを見届けると、酒の勢いもあり、そのままハッピーとマチに「おやすみ」と告げて、そのまま寝てしまった。
 次の日の早朝、まだ少し酒が残っている感じのまま五時くらいに目が覚めた。部屋の中はまったくの無音であった。すぐに嫌な予感がして、薄暗い中ベッドの足元を見ると、ハッピーが横たわって寝ている。「ハッピー!」と呼んでみたが、まったく反応がない。すぐに飛び起きてハッピーの身体に触れる。冷たく硬くなっていた。柔らかく温かい感覚を予期していたので、一瞬で心が凍りついた。夢であってくれ……とハッピーを抱き上げるとやはり冷たく硬く、まったく動かない。「ハッピー逝かないで!」と叫びながら何度もさすってみたが、冷たいまま魂が戻ることはなかった。思わず涙が溢れ出てきて、何がなんだかわからなくなった。少しでも温めてやりたくて、彼を布団に入れて、なでながら添い寝をした。ハッピーは目を開けていて苦しんだ感じはなく、今にも起きて舐めてくれそうだった。僕はずっとずっとなで続け、「ハッピー、ごめん、ごめんよ!」と何度も声をかけた。
 その日はどうしても外せない取材があったため、仕事に行かなければならなかった。夜勤を終えたリサがすぐに来てくれるとのことであったので、彼女にあとは任せて、マチ一人の散歩を終え、マチと二人で食事をとって自宅を出た。
 通勤電車で座っていても、知らないうちに涙がこぼれ落ちてくる。悲しいという感覚を超えた体験したことのない感情が何度も襲ってきていた。うわの空のまま取材をなんとか終えリサと連絡を取りながら、午後早めに自宅に戻れるようにスケジューリングをした。動物病院にも報告の電話をかけた。先生は一瞬絶句したが、「治療をしても苦しむだけだったと思います。きっと苦労を掛けないようにと思って逝ったのですよ」と言ってくれた。少しだけ心の荷が下り、また涙が溢れた。そして、動物霊園を紹介してくれたので、それを携帯電話でリサに伝え、連絡を取ってもらった。彼女は気丈にふるまってくれていた。僕は遺影となるハッピーの写真を携帯からプリントして、自宅に戻るとマチが出迎えてくれた。彼は何が起こっているのか理解しているのだろうか?
 リサのおかげで、すでに葬儀の手配も済んでいて、翌日お迎えが来て、ハッピーは火葬されることになった。ちょうどリサも仕事が休みであり、僕も連休を取ることにした。ハッピーは大好きだったマットの上で静かに横たわっていた。マチは、ハッピーの口元と身体をずっと舐め続けていた。「なんで起きないの?」と言っているかのように、喋りかけてもいた。その姿を見ると、さらに悲しみが増大していった。
 マチは夕ご飯の後も、ハッピーをずっと舐め続けた。一瞬も離れることもなく。「マチ、もうハッピーは起きないよ」と言っても……。まるでハッピーの魂を自分の中に取り入れようとしているようであった。その姿を見ると、僕たちはまた悲しい気持となり、涙をこらえきれなかった。
 
 翌日、車が迎えに来て、ハッピーと僕たちとマチがそろって深大寺の霊園に行き、最後のお別れをした。火葬されるのを待つ時、マチが我が家に来て、ハッピーと初めて車でお出かけしたのがこの深大寺であったことを思い出した。
 あれは晩秋、マチがだいぶ我が家に慣れた時に、二人を連れて、深大寺にお参りに来たのだ。もちろんリサも一緒で。深大寺は犬も連れて入れる厄除けのお寺。みんなの健康と無事を祈るために出かけたのだ。
 お参りを済ませ、犬も一緒に入れる外の席がある蕎麦屋で、お昼を食べてから、近くにある神代植物公園の入口の方に歩いて行った。そこには落ち葉がいっぱい積もっていた。歩くとカサカサという音が楽しかったのだろう、二人は、凄くはしゃいで走り回り、じゃれ合った。その光景が、フラッシュバックのよう目に浮かんできた。その近くにある深大寺動物霊園にて、ハッピーが空に送られることになろうとは……。そんなことをリサと話していたら、また感傷的になってしまった。
 ハッピーは一時間もたたずにお骨になった。霊園の担当者がそれを見せれくれ、どの部分の骨かを丁寧に説明してくれながら、骨をリサと二人で壺に納めていった。そして小さなキーホルダーになっている金属のカプセルにシッポの骨の一部を納めて、いつも散歩に行くバッグに付けることにした。これで、毎日一緒に散歩ができる。
 マチはその間、僕たちと一緒にいい子で待っていてくれた。すべてが終了すると、再び霊園の人に車で自宅まで送ってもらい、計三時間程度でハッピーの見送りは終えた。マチは家に戻ると、何かを探しているように、あちらこちらの匂いを嗅ぎまわりながら、時々止まって悲しそうな表情をしている。それから、マチだけのワンコ生活が始まった……。
 
↓「宇宙犬マチ 第2話」に続く

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