爆裂愛物語 第三話 約束のデート
大日本翼賛会の朝、旭日旗がなびく事務所の窓に朝の光が差し込む。
「ふぁ〜あ」
凪は眠い目をこすり、覚めきらない頭のまま浴場へ向かった。
「あ、宮さんおはようございます」
「押忍!」
(この人挨拶の返事いつも押忍なんだよな……)
凪がここに来て1週間が経ち、世界がより鮮やかになっていく。段々ここでの生活にも慣れつつあった。宮さんや並さんも、最初こそ厳しく怒鳴ることが多かったが、仕事ができるようになってきたら何も言わなくなってきた。それは凪にとって、認められたような、信頼されたような心地よさがあった。
「今日は朝風呂入ってから仕事しよ〜」
凪が脱衣所で服を脱ぎ、眠い目をこすりながら浴室に入るとそこには……先客がいた。
「あれ? 確か」
「おはようございます。凪さん、ですね? 朝風呂ですか?」
「ああ! 確かアイさん!」
この会社の事務をしていたアイだ。凪はペコリとお辞儀をしたのだが
「?」
アイの体に違和感を感じた。
「あれ……?」
アイの体はまるで雪のような白い肌に、華奢でスレンダーな体型をしているのだが……なんだかあまりに細過ぎるように感じられた。まるで……人間じゃないみたい。例えがアレだが……お人形のようだ。
「どうかしましたか?」
アイはいつものように棒読みで、無表情に話してきた。
「いえ、なんか……」
「私の体のことですか?」
「……」
凪は、なんだか聞いてはいけない気がしてためらったが、素直に……コクリと頷いた。
「凪さんはご自分の胸の傷のこと、話されましたもんね?」
「……」
「ちょっと長くなります。湯船にでも浸かりながら話しましょう」
そういうとアイは湯船に向かって華奢な体を沈め、足を伸ばした。
「失礼します……」
凪もちょっと遠慮気味に挨拶して湯船に入った。こうして見てみるとほんとにアイは手足も胴体も、まるで折れてしまいそうなぐらい細く、やせている。
「凪さんはもう、私たちの顔と名前はみんな覚えましたか?」
「……まあ」
「全員にはとりあえず顔を合わせた?」
「はい……」
「ここにいる人、並さんと宮さん、園さんは元から大日本翼賛会にいるメンバーです」
「はい、それは知ってます」
「それから、あなたのお世話をしている静香さんは、あなたと同じ家出少女です。それはご存知ですか?」
「はい……聞きました」
アイからの淡々とした口調を耳に、凪は何とも言えない無力感を感じていた。
「ではそれ以外、咲夜さんは事情が違うので省きます。咲夜さん以外、我路や私、ダン、夏凛は何処から来たかご存知ですか?」
「……」
凪は首を横に振った。
(なんだろう? この無力感……この人と話すと言い様のない疎外感と既視感が襲ってくる。確かに私は我路のことを何も知らない。でも、でも……)
しかし凪の思いをよそに、アイは淡々と話を続ける。
「私たちは永遠学園、という、全寮制の進学校から逃げてきました」
「永遠学園!?」
その言葉に凪は耳を疑った。
「永遠学園って、私が受験させられようとした高校……」
「そう、今の永遠学園は、私たちの頃とは大分体制が変わりましたからね」
「そこから……我路は……逃げてきた……?」
凪は奇妙な気持ちになった。なんだろうこの言いようのない気持ちと運命のイタズラは……
「全寮制の進学校とは表向きの姿。永遠学園の正体はゴースト・マカブラ・カンパニーことGMCが管理する巨大な人体実験施設です」
「え!?」
「その目的は『完全なる人間』を造ること。そのために投薬や施術、様々な機器を使っての健康管理などを施す。私たちはそれぞれが目的に合わせて個々の投薬や施術を受け、それぞれ違った能力とデメリットを持っています。
例えば我路は“再生能力”です。彼は心臓が止められない限り、老衰以外死にません。それどころか心臓以外はどんなに破壊されても再生します。ただし再生能力以外は人並みの身体能力と頭脳です。また、痛みも感じます。ただ再生するというだけで痛み自体はあります。
ダンは頭脳と身体能力が長けています。投薬により明晰な頭脳と戦略的思考、そして優れた身体能力を有しています。しかし投薬による副作用から、寿命は残り3年と言われています。それゆえ本人は残りの余生をできるだけ楽しみたいと考えているらしく、だから咲夜さんと事実婚しました。
夏凛は投薬により、感受性を異常なほど鋭くされました。聴覚、味覚、嗅覚、触覚、視覚、そして第六感……それらが常人の何百倍も高いです。だから遠く離れた他人の鼓動や脈拍、呼吸数に至るまで把握できます。ただ、高すぎる感受性ゆえよく頭痛と不眠に悩まされます。彼女の睡眠は眠薬頼みです」
「……」
ここまで一気に説明を聞いた凪だったが、まるで砂漠の中に迷い込んだ旅人のように戸惑い立ちつくす。
「そして私ですが、私は事務員としての完全な人間を目的に生成されました。それ故私は感情を持ちません。それが目的で造られました」
「感情がない?」
「はい、全てが合理のみの人間として造られました。それゆえ筋肉が必要最低限以外切除されてます。筋肉の動きが感情を想起させるので」
「!?」
凪は見た、彼女の異常に細過ぎる体を。
「それに私は子宮も卵巣もありません。切除されました。女性ホルモンが感情を想起させるゆえ不要と判断されました」
「ひどい! そこまでするの?」
「そこまでするんです。それが永遠学園なんです」
アイの無表情と棒読みが、凪には哀しく見えた。それは凪の思い込みなのか、それとも……
「永遠学園の実験……その実験体となった子供たちは、物心ついた頃から寮に閉じ込められています。そんな環境を当たり前だと洗脳されて育っていく。寮では起床・就寝まですべて管理され、外出は許されておらず、ほぼ世間から隔離されていました。それら全てが……社会にとって有益で立派な大人になるためだと、私たちも含めて誰も疑っていませんでした」
凪は、我路たちの話を聞いて思った。
「でも……」
常人には到底理解できない……特殊なカタチの“虐待”だ。
「それなら」
それはきっとほとんどの人に理解できないし、ましてや同じイタミを分かち合える人なんていない……
「我路やアイさんたちは、どうして永遠学園を逃げようと思ったんですか?」
だから我路たちはみんな孤独で、だからこそ……自分たちの絶対的な信頼と繋がり、他者への拒絶と不信が潜在的にあるのかもしれない。
“それがアイさんと話すと感じる無力感。伝わる疎外感と既視感の正体?”
「我路が言い出したんです。“逃げよう”って」
「我路が……?」
「誰も疑問に感じるハズのなかった外の世界……我路はある日、永遠学園の外に出ました」
「なんで……」
「それは知りません。ただ、そこで永遠学園が異常であること、私たちの受ける教育が虐待であることを知って、私たちと一緒に逃げようと言ってきたんです」
ここまで話すとアイは湯船を見下ろし、ゆっくりと唇をひらく。
「我路が外に出ていった時は、誰も学園の外に出るという発想自体がなかったので、思うより簡単に出られました。誰も学園の外に出るという発想自体がなかったので、中からの警備体制はゆるかったんです。
ただ……私たちが出る時は、警備や監視体制がちょうど厳しくなり始めました。恐らく我路が外に抜けたことが彼等の耳に入ったか、もしくはウワサが広がったからでしょう。
ですので思うよりも過酷な脱出劇となりました。まず目指すのは、敷地の東側でした。我路が一度抜けた裏門です。ところが……そんな時……どこか奇妙な音が聞こえてきました。最初に気づいたのは夏凛で、彼女以外は誰も気づきませんでした。
「……?」
その音の正体は、設置されたバカリのセンサーが放つ音でした。次に違和感に気付いたのはダンでした。それは徐々に近づいてくる地響きにも似た音で、まるで巨大要塞のような殺伐とした雰囲気を感じました。そう気づいたときには……もう遅かったのです。とたんに、赤いサイレンと警報機が、そこら中の100ほどある部屋から鳴り出し、それに応じてブーーー、ぶーーー、ブー! と音を発し始め……。この音がさらに増すにつれ、外からの音が聞こえなくなったことで外が静かになったことを推測することができました。自動警備システムが作動し、外界との扉、窓、その他換気口に至るまでの抜け穴を封鎖し始めたからです。
「走れ‼」
事態に気づいたダンが叫びましたが、その頃には100ほどある部屋の中から猟犬型の警備ロボットが飛び出し、一斉に私たちを探し始めました……。
抜け穴を封鎖される前に、猟犬型ロボットに追いつかれる前に、私たちは外に出ようと必死に走りました。自動警備システムも猟犬型ロボットも、設置されたバカリなためか反応が遅く、数も多くなかったことが幸いしました。私たちはなんとか外に抜け出られそうになりましたが……
「!?」
私は筋力が必要最低限しかありません。脱出のため懸命に駆け出そうとしましたが、足もとも見えない暗闇の中で転倒し、倒れました。どう考えても抜け穴の封鎖に私は間に合いません。合理的には私は一人、脱出できないし、その方が全員が助かります。でも我路は……
「‼」
自分の右腕を、封鎖するシャッターに挟んで、私が脱出する一瞬の隙をつくったんです」
「!?」
凪はここまでアイの話を聞いているうちに、自分の身体に何か冷たいものがジワジワとしみ込んでいくのを感じた。アイが話してた内容が、凪の心という湖の水面に小さな波紋を作ったのだ。それは小さな波だが凪の心臓部をギュッと圧迫した。それは……凪の知らない、我路の話。
「我路はその後気を失いました。再生能力はあるけれど、痛みや恐怖は人並みなんです。なのに……私を助けるために右腕を犠牲にしました、再生能力があるとはいえ」
ここまで話すとアイは湯船を上がり風呂場を退出する準備を始めた。
「その後、ダンが我路を背負って、全員で脱出できました。私は何もできなかった。あの時……我路に助けられるバカリで」
そう話すアイの表情は、無表情にも関わらず少しつらそうに見えた。そしてこう続けた。
「だから私は、我路を支えることを唯一の目的としました。」
立ち上がったアイの体からは湯船の水滴がしたたっているが、改めて全身があらわになるととても綺麗だと再認識できた。それはまるで月のように 、冷たく鋭く神々しく見える。
“美しさと冷たさは紙一重、アイの心と躰もまたしかり”
一人になった浴場で、凪は、強すぎるアイの儚さに少しめげていた。
「私は自分の弱さがいや……だけど……」
同時に憧れた。自分にはない強さを持つ彼女に。
そのとき浴槽の水面に映った自分の瞳が異様に暗いことに気がつき、思わず苦笑した。これがあの二人との差だろうか……でも、私にだってできることはある!
凪は湯船を立ち上がった。
翌朝……
「ふぁ〜あ」
我路はいつものように夜明け前にトラックを走らせる。自分の好きなメタルの楽曲を大音量で鳴らしながらハンドルを小刻みに切って軽快に走っていく。そして目的地のバース(荷卸し荷積み場所)に荷台を着け、朝食の握り飯とブラックコーヒーを運転席でとっていたそのとき、
「?」
運転席の後ろにある寝台の毛布がもっこりしてることに気づく(いや、いま気づくんかよ!?)
「……」
不思議に思って毛布をとってみると……
「!?」
いた、中に女の子。しかも大事なトラックの上で猫のように丸くなって寝ている……
「起きろ! 凪ーーー!!!!」
「!? ひゃっほう!! うわぁああ!!!」
急に声をかけられて、びっくりして思わず悲鳴をあげながら天井に頭をブツケてしまう凪ちゃん。
「ヤダなー、びっくりするじゃん!」
「いや、こっちのセリフや! どないしてん?」
「一回我路の仕事見てみたいと思って!」
「はぁ?」
「ついでにお話とかもしたいし」
凪はそう健気に言ってはにかんだ。
「……」
我路は、返答に困りながらも口を開いた。
「んじゃ仕事も手伝えよー」
「はーい!」
我路は思った、この娘意外に頑固だな……と。
その頃……大日本翼賛会寮では……
「あら? 凪ちゃんいませんね」
朝目覚めた静香が呟く。
「デートですかね?」
静香はニコリを微笑み、黙ってキッチンで食器や鍋の片づけをしていた。
「いってらっしゃい。私は待っていますから」
「んじゃ早速行くぞ。そらメットだ、着けろ」
そう言うと我路は、凪にヘルメットをわたした。ツヤのない真っ黒なヘルメットには、スカルマークがある。
「う、うん」
(ど……どきどき……する!!)
と言って、凪がドアを開けたときだった。
「んじゃ早速伝票もらってきて。受付あっちやから」
「ふぇ?」
(えーー!! いきなり一人!!!!)
「大丈夫よ、初めてやゆーたら受付のおばちゃんが教えてくれるから」
「は、はぁ……」
「オレは先にあっちで荷物バラしたりチャブったりすっから。あ、オレはここの入口から行くから、来たきゃ伝票もらったあと来な。じゃあまかせたでー」
そういってフリーズする凪を一人置いて、トラックを出て行ってしまった。残された凪はため息と沈黙を吐きつつ、そそくさと言われた通り受付へ歩いて行った。
「はい、ここに車番と名前とケータイ番号……あ、もう保存されてるんで、ちょっと押してもらえたら。そうそう! 荷物の項目は、パレットの17で」
受付のおばちゃんは、典型的な関西のおばちゃんで、気さくで元気があった。
「えーと……我路はここの入口……」
ガタン! 凪は重いドアノブを開き、厚く固い扉を開いた。
「っ……!?」
窓もドアもない、冷気のあふれるさびれた室内に入ると、凪はすぐに気づく。研ぎ澄まされた空気を。
ガタンガタン‼ 我路はフォークリフトが運んでくる荷物をのせたパレットを、ジョルダーという器械を操作し、次々に重いパレットをトラックの荷台の奥に運んでいく。かと思うやリフトマンがすかさず新しい荷物を荷台に運ぶが……我路はリフトマンが運ぶよりも早く荷台の奥からジョルダーを元の位置に戻し、新しい荷物をまたジョルダーで運びだす……足だ! 我路は足で蹴ってジョルダーを元の位置に戻している。リフトマンの速度よりも早く荷物を運び、ジョルダーを戻す。その暴力的なまでに迅速な手際の良さに凪は時が止まるように茫然として魅入られる。
「あざーす!!!!」
我路がジョルダーを手際よく片付けリフトマンが最後の荷物をのせると、我路は大きな声でそう叫ぶ。リフトマンは去り際にプッ! とクラクションだけ鳴らして去っていった。
「おう凪! 行くぞ!」
「え?」
凪がそう言う間もなく、我路は駆け足で入口を抜け、運転席に向かう。
「!!」
凪が慌てて追いかけようとするが……
「あ! 凪はそこに待機してくれ!!」
「へっ?」
我路は凪を後方に置いたまま、トラックを1メートルほどだけ進めるとまたすぐ運転席から降りて、後方に走っていく。
「凪にはこれしてほしいねん! これをカンノン扉ゆーねんけど、これの開け閉めをしてほしいんよ」
と言って、我路はトラック荷台の後ろの扉、カンノン扉の開け閉めのやり方を凪に教えると、走って運転席に行く!
「!?」
置いていかれないように凪も急いで助手席に戻ると……我路は運転席でテキパキといろいろなスイッチを押して操作してる! うわ〜!! 大型トラックって、こうして見るとスイッチがいっぱい! 何? 超かっこいいいいぃいぃぃぃぃ!! ……ちょっとドキドキし始めた凪の横で我路は手を動かし続ける。そしてそれが終わってすぐ……動いた! トラックが発進する。凪は思わず、
「う~わぁ!」
叫んでしまう……というか声が高いか低いか微妙な位置になってしまう……! すると、運転席に座って運転を始めた我路が手を振ってくれ、まるで励ましているみたい……そして前を向き、しっかりと運転しはじめた。シートの間に手を伸ばして毛布で体をくるんでちょこんと座ると、なんだか自分が少し大人になった気分の凪だった……そんな自分に笑い声が出てしまいそう……(笑)
我路の運転するトラックは高速道路へ向かって出発。 めまぐるしく変わっていく外の景色を興奮気味に見ていた凪ちゃんだけど、ふとした瞬間、我路と目があってしまってドキリとする。
「ん? どうした?」
「い、いや! 別に!」
そっぽ向いて目を逸らしてしまった……そしてドキドキドキドキした気持ちを落ち着かせるために足をパタパター!とさせてバタバタしていると、そんな私の心境を察したのか、クスっと笑われてしまった……!
(もう〜やっぱり恥ずかしい!!!)
と思いながらも結局そのまま鼻歌混じりにパタパタしてはしゃいでたのでした。
そんな会話をしながら乗っているうちにいつの間にか目的地へついたらしく、指示されていた行動に移った!
「はい、後ろのカンノン開けてきて」
「はい!」
凪ちゃんが元気に返事をして、言われたとおりに助手席を降りるとタタタタ……とトラックの後ろまで走り、カンノンドアを開ける。すると我路が窓から手を振るのと同時にエンジンの回転数が一気に高まり、アクセルペダルが踏み込まれる! まるで駆け出す馬のように勢いよく発進し、バースにつけられた。
「センキュー!」
我路はすごいスピードで運転席を降り、輪止めをタイヤにすると走って建物の中に消えた。
凪は恐る恐るといった感じで建物の中に我路を追うように駆け足で入って行った。そしてあっという間に二人の姿はビルの中に消えていく。まるで競い合うようにして走るその様は本当に仲の良いカップルのようだった。
「⁉」
建物の中……トラックにのったパレットをリフトマンがフォークリフトで運び出し、我路がジョルダーを使い、またパレットを荷台の奥から手前に運び出す。我路は慣れた手つきでどんどんと作業をこなし、まるでベルトコンベアに乗って運ばれてくるパレットを規定の場所にスムーズに置くだけのように軽々素早く作業を行っていた。
「すごい……」
凪はただただその姿を見ながら驚愕していた。この肉体的な動きもさることながら、器械を使ってする作業を自分の手足のように使いこなしているなんて!(ちょっと感動!)
「あざーす!」
荷物を全部降ろし終わると、我路は大きな声でそう言った。
「あ、凪、せっかくやから裏の方も見せてやるよ!」
「え?」
そう言う間もなく我路は凪の手を引いてリフトマンたちが運ぶ先、建物の裏側に案内した。
「ほら、オレらの運んだ荷物はああやって仕分けられるんだ」
「わぁー!」
中にはベルトコンベアが動いていて、たくさんの人々がその周りを囲い、パレットから荷物をベルトコンベアの上に手作業で次々にのせていく。
「大体は派遣やバイトなんだけどな。ああやってベルトコンベアに流す。そのときダンボールに破損とかがあるのは代えていく。で、ベルトコンベアで流した先で更に仕分けられて、それぞれの行く先に更に運送する。そこから先は4tで回ることが多いんだけどな」
次々にベルトコンベアに荷物を運ぶ現場の様子は凪からは圧巻だった。凪の知らなかった日常の裏側……ふだん何気に手に取るスーパーやコンビニの食品はこうして生産、流通しているんだとあらためて分かった。
「面白いだろ?」
「……うん」
「貨物列車やフェリーもあるって、素人は言うけど、この国はアメリカとかと違って、貨物列車もフェリーもまだ発展してないんだ」
「そうなの!?」
「ああ、だから日本の物流のゆうに九割はトラックでまかなってるんだ。だからこの仕事は重要なのさ」
凪は返事した。彼女もまた今のこの生活に充実を感じていたのだ。彼の隣で穏やかな日常を送る幸せを噛みしめていたのだった……
「さて! ボサッとしてねぇで次の現場行くぞ!」
「え……」
そういう間もなく我路はまた駆けていく!
「ちょ!」
凪も置いていかれないようについていく。(というか勝手な人〜苦笑 嵐みたい 笑)
「!?」
外に出ると、トラックはすでに発進を始めていた。
「はや……」
走って追いかけようとすると、我路はブー! とクラクションを鳴らし大声で凪に言った。
「カンノン!!!!」
「あ!」
凪は大慌てでトラックの後ろへ駆け寄り、カンノン扉を閉める。(しまったぁ〜、言われてたのについ 汗汗)
それから凪は助手席に慌てて乗る。我路は、眉間にしわを寄せたが何も言わなかった。エンジンをかけて発進させ、車線を変えるとアクセルを踏む。交差点を曲がり、バイパスの検問所へチケットを片手にゆっくり入る。
「お疲れさまでーす」
「はいーお疲れー!」
検問所のおじさんにチケットを手渡す一瞬、そんな挨拶と短い軽いウインクを交わした。やがてバイパスをトラックが抜ける。街の景色が視界の端に流れると、賑やかなオフィス街の窓に日の光が差し込んでいる。
「運転はそんなに急いでも時間あんまり変わらないんだ。時間を短縮するのはバースやホーム、荷台につけてからの作業のやり方やねん」
「なるほど……」
そして我路の運転するトラックは目的地のある湾岸沿いに走る。やがてトラックは湾岸沿いの現場を午前中に五箇所回る。そのいずれでも、我路は順調に仕事をこなし、やがて昼になる。昼食は海の見える線路沿いの食堂に来た。
「わー、トラックがいっぱい!」
そこの路肩には、無数の大型トラックやトレーラーが路駐している!
「厳密にはダメなんだろうけど、こういう一部の場所では暗黙のルールで路駐がオッケーになってるんだ。んなこと言い出したら駐車できないからさ、大型は」
そう言うと我路はトラックを降り、食堂へ歩いていった。凪もそのあとをちょこちょこっとついていく。
「労働者……休憩所?」
そこにはそういう看板が貼ってあった。
「オレらトラック運転手御用達の店なんだ。こういう店や弁当屋がいくつかあるよ」
そう言って、我路はその食堂に立ち寄った。凪も後ろからついてくる。
「いらっしゃい! どうぞいらっしゃい!」
そんな温かい挨拶と共に、つつましい笑顔のおばちゃん二人が厨房の奥から声をかける。
「A定食とラーメンセット、カレーセット、うどんセットならどれがいい? A定食はここに並んでるおかずから二品とご飯のセット、ラーメンセットはここに並んでるおかずの中から一品と麺のセットとライス、うどんセットは並んでるうどんのどれか一つに白米のセットだ」
「う~ん」
凪はちょっと考え込む。ちなみに並んでいるものはどれも六〇〇円程度でお手軽だ。凪はさっそくメニューを手に取った。
「私は、え~っと……カレーセット!」
「あいよ! A定食とカレーセットな!」
店員はニコニコしてそれらを出す。目の前に来ると結構ボリュームが凄いぞ? 一瞬とまどいつつも、凪は牛肉たっぷりのカレーにスプーンを入れた。ジューシーな肉片をすくい口に運ぶ。
「うんま~い!」
一口そのカレーを食べると口の中が幸せになった。と同時になんともいえない落ち着いた気持ちになった。ずっと、こういう食事を食べたかったんだという安心感と幸福感があった。美味しいのもあるだろう。けどそんな雑味のない純粋な気持ちもあったのかもしれないと思った。カレーをまた口にするとますますそんな感情が強くなる気がした。少し遅れてお腹がキュルキュルっと鳴くような気がした
「だろ? これで六〇〇円だぜ!!」
それを見てから我路はA定食の唐揚げにかぶりついた。しかしライスの大盛りなこと! 我路は、あぐらをかいて食べていた。
「ん? 顔についてるか?」
「……」(す、すみません)
慌てて目をそらす凪に、我路は軽く微笑み返した。そしてそれから二個目の唐揚げを食べ始める。凪も食べかけのカレーを口に入れた。
「まあ、細かいことは気にするな」
そう言って我路はあっという間に二個目の唐揚げを平らげた。そんな姿を少し見つめながら、改めてこの二人と知り合えてよかったと思う凪であった。
「我路! 昼からはデルタでいいか?」
「あーお疲れっす園さん! はい、でお願いします」
突然の大きな声にビックリした凪……筋肉質のがたいに重そうな体格と短く刈った髪型、園さんだ!
「ダンはベータ?」
「ああ、それで大丈夫。ダンはベータの後にオメガ。園さんはデルタの後はガンマで」
「オケ! ダンに電話しとくわ!」
と言うと、園さんの視線が後ろの凪を向く。
「あれ? なんでいるんだよ!(笑)」
すると二人はさっそくギョッとした顔になって驚きの表情を浮かべた。凪はその場で頬を掻き、ペコッと頭を下げた。
「ハハ〜ン♪」
園さんはニヤリと笑うと
「デートのお邪魔だったかな?(笑)」
と凪をからかう。
「えっぇ!?」
凪は真っ赤になって目を大きくする。我路とアイが顔を合わせてキョトンとした。
「か、からかわないでよぉ」
「園さん! そんなんやないですから!」
凪はほっぺを桃色に染めあげると、ぷくっと言っていじけて見せる。そして我路がコホンッとわざとらしく咳をして仕切りなおすと、二人はサッと静かになった。
「じゃあ楽しんで〜♪」
そう言って手を振って去って行く園さん。
(緊張しすぎだよ!)と我路の背中を心の中で小声で応援した凪ちゃんであった……
「ま、まーあれだ。メシも食ったし。午後の仕事へ向かおう!」
そう言ってトラックに二人乗り、午後の現場へ向かっていく。昼食が効いたのか、すっかり回復したふたりは午後の仕事も張り切るのだった。
「よし!午後も頑張るぜ!」
我路がそう言うと、凪はニッコリ笑って大きく頷いた。そしてふたりは駆けだしていった……
午後の現場も三箇所まわった。午後の現場も忙しかったが、その分良い仕事をしていた。何より……
我路の仕事ぶりだ。我路にはいろんな一面があった。慎重で冷静、そして合理的、深く物事やひとつひとつの作業の意味を考えている一面。かと思えば考えるより行動、暴力的なまでに直感や感情で行動する一面。
人に対しても口が上手く物腰柔らかで礼儀正しい一面や、その逆にぶっきらぼうで荒々しくガサツな一面。かと思えば人懐っこく親しみやすい一面も持っていた。
それが同じ人で、同じ時間にこうも変わってくるのかというくらいに……しかしそれは、気まぐれ、といった感じでもない。ひとつの価値観や軸がある。だからやはり一人の人間なんだな、とは思えるのだ。
「……」
そう、我路にはいろんな一面がある。そして……
「凪、そろそろ疲れたろ? トラックで休め。後ろで寝ててもいいから」
仲間思いで、面倒見が良く、心配性で、悲しみや痛みを知る分、仲間に優しい一面がある。
「うん……ありがとう」
そんな我路に凪は優しい気持ちになった。なんだろう? すごく温かい気持ちに……胸がドキドキして……鼓動が速くなってく。ああ、もう!(怒)変な気持ちを振り払うように視線を逸らしつつ、でもチラチラと我路の様子をうかがう。
「いっけねぇ! 荷物の数ちょっとミスった! ひと山分こぼれる!」
「え……?」
「ひと山分はバラしてのせるぞ! 凪も手伝ってくれ!!!!」
「え、え、え!?」
我路と凪はパレットひと山分の荷物を、手作業でバラして荷台に積み込みはじめる。
「ひとりでやるより、ふたりでやったほうが早ぇからな」
我路は作業の合間に凪に笑ってそう言う……ってめっちゃキツ! えー!!!! なんでこんなことになるの!! さっき「トラックで休んでろ」って言ったバッカリじゃーーーん!! 凪は内心ブツブツ言いながら、ヘトヘトでハアハアして汗だくだ……
我路にはいろんな一面がある。おっちょこちょいで抜けてる一面もある。
夕方……仕事を終え、二人の乗るトラックが高速道路をひた走る。窓からはネオンが行き交う街と、色とりどりにライトアップされた高いビル群が見える。
「そろそろ一週間だよな? 暮らしには慣れたか? 凪」
「(凪はうなずき、笑う)」
「そっか……良かったな」
そう言って優しく微笑み、アクセルを踏み込む我路。加速のGで揺れる車内でも、その優しい眼差しは変わらない。
(私……本当に今この人と暮らしてるんだ……恋人じゃないし婚約者でもないけど……一緒に住んでるんだ)
そんなことを考え、急に意識してしまった凪は思わずうつむいてしまった。頬が熱くなる。
(それにしても……さっきからなに話していいかわからない……話題、ないの? 何かあるよね? 困るよ)
凪がそう思いはじめたとき……ようやく我路が口を開いた。
「おお! もうすぐで日が暮れるな」
と言いながらサンバイザーを下ろす我路。それを見てハッとする凪。
(そうだよね!? まだまだ話がいっぱいあるはずだし話したいことも山ほどあるはずだもん! でも今のは言ってほしい言葉でもあったかも)
と脳内で複雑にいろいろ考えるが、結局はため息と共にやっぱり無言で下を向くしかなかった。
「……なぁ?」
「え?」
そんなことを考えていたら不意に優しく声をかけられる凪は我路を見上げた。その瞬間、さっきまで考えていたことが頭からすっかり抜け落ちた……というか本当にさっきの考えがあったのかすらよくわからなくなった。
「今日はなんでオレのトラックに来たんだ?」
「……」
「なにか聞きたいことでもあったのか?」
我路は運転しながら助手席の凪に振り向き、話しかけた。
「……」
凪は少し悩んだが、
「我路は……」
話そうと思った。
「永遠学園の外に、どうして出ようと思ったの?」
知りたかったから、凪の知らない我路の話を。
「ああ……誰に聞いたん?笑」
我路は薄く笑いながら答える。
「アイさんに、今朝」
「アイかー笑」
「……」
「女の子の、夢を見たんだよ」
「え?」
「ある日女の子の夢を見てさ。その娘がなんか気になったんだけど、学園にはいない気がしたんだ」
「……」
「それで学園の外に出てみたんだ。学園の外にならいるのかなって思って」
「……」
「知らなかった学園の外の世界は衝撃だった。オレたちの環境が異常だったんだと知った。笑顔で登校する学生や、公園で遊ぶ子どもたち、母ちゃんに連れられて買い物をする娘や、父ちゃんと一緒にキャッチボールするガキ、それに……窓の隙間から見える、うまそうなにおいに明るい家庭の灯り……その光景を初めて見たとき、なんか涙があふれてきたよ、オレたちのいた環境とは全然違うんだと」
「……うん」
「並さんと出会ったのもそのときで、コンビニでたまたまだった。コンビニの新商品を買いに行ってたらしいんだけど、たまたま目が合って。オレが腹空かしてたのもあったのか、『食うか?』って、新発売の焼きそばパンをくれたんだ」
「……ふーん」
「んでさ、なんかそれがうまくてうまくてさ。オレには初めて食べた新発売の焼きそばパンだったし、一気に食った」
「へぇー」
「すると並さんなんか笑っててさ 笑。オレの食べっぷりがおもしろかったみたいで、
『日本酒飲めるか?』
って聞いてきたんだ。お酒を飲むのも初めてだけど、この人ともっといたいって思ってオレは頷いた。飲んでる間もいろんなこと話した。まあほとんど学校の話とか仕事の話だったけど、でも楽しかったよ。でなんか、この人の会社で働きたいなーって思ってたら、
『お前よかったらオレの会社、来るか? 寮もあるぞ』
って言ってくれたんだ。ビックリしたよ。まるでオレの心を読みとったみたいで! それで並さん、会社の場所を書いた地図と連絡先をくれたんだ。だから並さんの会社を目指して永遠学園を抜けた。」
ここまでの話を聞いて、凪は内心とても複雑だった。
「ねぇ、」
凪の知らない我路を知れてうれしい気持ちと
「夢で見た女の子って」
それが自分には届かないほど遠くの話に思えてしまって
「どんな娘?」
また自分だけ置き去りにされたような寂しさを感じた。
「……」
凪がそう聞くと我路は一瞬おし黙って、
「もう忘れたよ」
とひと言だけ呟いた。
「そっか」
凪はそれ以上聞いてはいけない気がした。もちろん、我路には何か深い事情があるのだろう。それを詮索するのはルール違反な気がする。だが好奇心が止まらないのも事実だ。この人がどんな人生を歩んできたのか。どんなことを経験したのか。なにがこの人をここまで動かしてきたのか……気になることだらけだ。でも踏み込んではいけない気もするのだ。今の距離感が一番良いのだろうか? いや、よくない! もっと知りたい……と思いつつも踏み込めない自分がいた。うまく言えないけど……このもどかしい感じはなんだろう? 今はこうして二人でいることで満足すべきなのかな? いや、それとも…………ふと我路の方をみるとじっとこっちを見ていたようで目があった瞬間お互いなんだか気まずくなったのは内緒の話だ……
「んなことより凪?」
すると我路がとうとつに口を開いた。
「帰ったらマジ覚悟した方がいいぞ 笑」
「?」
凪は首を傾げた。その凪の顔を、我路はニヤニヤ見つめていた。
「お前下手な家事したら警察に突き出すぞゆーたやろ!!!!!!!! ナメとんのかカスが!!!!!!!!!!!! なに仕事ほっぽって勝手にデートなんぞしとんや!!!! ぶっ殺すぞこのクソ女!!!!!!!!!!!!」
宮さんの怒号が寮中にこだました。凪はゾッとするような感覚に全身が震える。宮さんが自分を罵倒する言葉一つ一つが胸をえぐるようだ。怖い……
「バカにしてんやろ? お前のそういう態度がホンマ嫌いやわ!! 明日からきーつけや。次やったらホンマ警察に突き出すからな!!!!!!」
宮さんは最後にそう吐き捨てて出ていった。凪はそんな宮さんを見ることができず下を向いたまま震えて立ちすくんでいた。すると後ろから声をかけられた。
「お前やってんなー笑 マジ元気になるわ!」
園さんはニヤニヤ笑いながら、缶ビールを片手に覗き込んできた。
「ドコまでいったん? もうちゅーくらいしたんか?」
「……」
園さんはニコニコと世間話をするかのように話すが、凪は真っ赤になり口をつぐむ。だがそんな彼女に構わず園さんが続ける。
「ほら、我路があっこで待ってるから。はよ行ってやりや」
「え……」
そこで凪は初めて、園さんが自分を慰めに来てくれたのだと気づいた。
「……うん、ありがと」
「今度はちゅーまではいけよ〜笑」
凪は我路の元へ足を小走りに動かした。
廊下の向こう、我路はビールを片手にこっちを見て
「おせーよ」
と笑顔で凪を迎えた。凪もぎこちなくだが笑ってみせた。すると、
「今度どっかの休みにちゃんと遊び行こ、凪と一緒に過ごしてて楽しかったから」
「え……」
えー!!!! それって、デ、デ、デデ、デートの約束ッ!? 凪は胸がドキッとするのを感じた。自分の顔がまた熱くなるのを感じる。頭の中が沸騰したみたいにプシューと蒸気があがりそうであった。わー! やったー!! 心の中でガッツポーズする凪ちゃんであった!
大神島……絶海の孤島は、ピラミッドのカタチをした孤島である。島の周りは海流が強く、まるで生き物のように渦巻き、周囲はまるで島を守るかのようにサメの大群が生息している。
島には痛々しい廃墟があり、菊の紋章を刻む……巨大な研究施設の廃墟があった。絶海の孤島に隠された機密研究所には、「関東軍鬼(キ)一号作戦防諜特務機関」の文字があり、「沖縄第131部隊」の文字もある。そして……印象的な牛島 満大将の肖像画が飾られていた。ツギハギだらけの肖像画の中で、笑みを浮かべる牛島 満大将の両手には……肩を握られ不格好な笑みを浮かべる、七つバカリの着物姿をした男の子がいる。その首には……美しい勾玉の飾りが描かれ、男の子の手は、ギューッと強く握りこぶしが握られていた。
「実験を再開しよう」
ハーケンクロイツの旗をなびかせる黒い船が、海原の上を進んだ。
「大神の民を実験体(ギニー・ピッグ)に」
その船の甲板には、白いスーツ姿に黄金の髪、白い肌。青い瞳で大神島を見下ろす男がいた。
「邪神(マズムヌ)を醒ます生贄に」
彼は冷酷な瞳のまま、船に乗った者たちに指示を出す。船に乗ったシュタールヘルム型ヘルメットに黒いロングコートをまとった男達の左腕には……ハーケンクロイツを彩る赤い腕章が巻きつけられ、男達の真っ赤な眼光が命令を待っている。
「第三帝国の礎に」
ハンスの冷たい言葉がさらに男たちの狂気を煽った。冷酷なSSの戦闘員たちが、黒いシュタールヘルム型ヘルメットから赤い眼光を輝かせ。もはや狂気と凶器にしか映らない。
ハンスはニヤリと微笑んだ
つづく
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