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【超短編小説27】惑星ユークレイン

クリム半島の南端にある小さな都市アルプカの少し高い台地からは黒海が一望できる。黒海は今日も穏やかで、その名とは異なり、どこまでも鮮やかな青だった。そして黒海の上空には、アレが浮かんでいる。

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22世紀現在の地球は、政治も経済もユークレインを中心に回っている。

ユークレインは21世紀までウクライナと呼ばれていたが、今では英語名のユークレイン(Ukraine)という呼び名が定着している。全地球連邦(GF:Global Federation)の本部はユークレインに置かれ、名実ともにユークレインが地球のリーダーである。

そして2120年、ユークレインに変化が起きる。

アルプカから南へ約5キロメートル、黒海の上空に突如として巨大な白い立方体が現れた。

人間たちは戸惑った。各国の首脳が集まるGFでは対応策を考えたが、答えは出なかった。決まったのはその巨大な白い立方体を「キューブ」と呼ぶことだけだった。

キューブは微動だにせず黒海の上に浮かんだままだった。表面は真っ白で色が変化することもなく、光ることもなかった。GFのドローンを飛ばし、キューブに近づけてみたが、キューブまでの距離が50メートルになると、ドローンは一瞬にして消えてしまった。何度か試したが結果は同じだった。

キューブの素材が何なのか分からない。そもそも個体であるのかすら不明である。

おそらくキューブは水分を必要としているというのが科学者たちの一致した意見である。キューブの出現以降、黒海の水位が僅かではあるが下がっている。黒海の上に現れたのは偶然ではないはずだ。地球を統括するGFの本部があり、黒海に面したユークレインを意図的に選んだのだろう。

キューブが地球に現れた目的は何なのか?

キューブの中に知性を持った生命体がいるのか?それともキューブそのものが生命体なのか?

あるいは、彼らは宇宙の彼方にいて、キューブという物体を地球に送りこんできたのか?

キューブの存在は全くの謎に包まれたままである。

しかし、地球には変化が起きた。

キューブの出現以降、GFを中心に全世界が一致団結すると、政治的信条や民族、宗教の違いは、ちょっとした価値観の違いだということに気がついたのである。戦争が消滅した。宗教が無意味になった。神は死んだ。ニーチェの言葉が現実になった。

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今日も平和である。

アルプカにはキューブを眺めるための展望台が造られ、世界各地から毎日たくさんの人々が訪れる。

展望台にいた一人がつぶやく。
「なにか聴こえないか?」

人々は耳を澄ます。

微かではあるがキューブから声が聴こえる。

「惑星ユークレイン」
「惑星ユークレイン」

展望台には誰もいなくなった。

(おわり)

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