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借りパク奇譚(21)

思考の途中、亮潤が切り込んでくる。また時間奪いの話か。

「……酒を飲んで眠くなるのは誰にだってあることでしょう?」

「はい、ただ竹中さんの場合は別です。竹中さんは現在、大した理由もなしに必要以上にお酒を飲み、それによって激しい睡魔に襲われ、寝てしまう。それが問題なんです」

「……確かに、私が酒を飲むことに、大した意味はないのかもしれません。ただ、やはり亮潤様の言っておられることは、荒唐無稽と言わざるを得ません。寝てしまうからといって、誰かに時間を奪われているというのは、話が飛躍しすぎではないでしょうか?」

「お気持ちはわかります。今、私が言ったことを無理に受け入れる必要はありません。もし、それを受け入れたいと思う時が来たら、受け入れればいい。ただ一つ、もし竹中さんが日常生活の中で、常に時間が足りないと感じているのであれば、一度お酒を控えてみるのもいいかもしれません」

……"時間が足りない" と悩んでいることもお見通しなのか。こんな個人的な悩みまで見抜くとは、さすがに、そろそろおれは、亮潤様の謎の能力を認めなくてはならないのだろうか。しかし、それを認めると、亮潤様の今の話も、さっきのクロエやボンネの話も、受け入れなくてはならない気がする。おれの中の深い部分では、まだ、やはりそれに抵抗していた。

確かにおれはいつも時間が足りないと思っている。ドラムの練習も、ツーリングやキャンプも、ベランダ菜園も、読書もDIYも、時間があればもっとやりたいと思っていることばかりだ。言われた通り、酒を飲んで、ヘロヘロしている時間を減らせば、それらに当てられる時間も増えるだろう。

「───そうですね。うん、やってみようかな」

根負けしたわけではないけれど、おれはそう口にする。たしかに亮潤様の言っていることには一理ある。

「ええ、ぜひ試してみてください。きっと新しい風景が広がると思います」

「わかりました」

「すみません、もう少しだけ、荒唐無稽な話を続けていいでしょうか?」

「……はい」

そう言われたら、断れない。

「先ほども言いました通り、竹中さんの鍵が開けられたのは、大学時代の例の新入生歓迎会の時でした。以来15年間でおよそ3ヶ月分、竹中さんは時間が奪われていました。一度鍵が開けられてしまいましたので、以後あちらとしては竹中さんの時間を奪い放題だったというわけです」

「あちらというのはトオルさんのことですか?」

「はい。西村トオルのことです」

寒くもないのに鳥肌が立ったのがわかった。
歓迎会のワンシーンの記憶が一気に蘇る……

───よお、西村! 会費を払えよ!

あの時、歓迎会の幹事だったベースの山根さんがトオルさんにそう呼びかけていた……そうだ!……あの人の姓は確かに「西村」だった。

客観的に見ると、おれは今、少し震えていて、その表情は強張っているのだろう。

「……そうです。思い出した。西村です。西村トオルです……なぜ知っているんですか?」

「知っていたわけではないです。先ほどと同じく、情報を読み取ったに過ぎません。竹中さんの古い記憶です。こちらは時間が経っていたので、探し出すのに少し苦労しました」

「……」

おれはその時、完全に受け入れていた。亮潤、この人は本物である。この人には、本当におれの考えていることが分かるのだ。そして時間奪いの話も、大真面目に話している……

急に恐怖が生まれた。つまりおれは……あの日以来、本当に3ヶ月分もの時間を奪われていたのか?  そして、今後も酒を飲むたび時間を奪われるのか?

「……私は今後もずっと、時間を奪われ続けるのでしょうか?」
おれは力なく言った。

「いえ、それについては心配ありません。" 時間が奪われている " と言いますしたが、正確には、" 時間を奪われていた " です。先ほどの『調和と創造の儀』の最中、開けられた扉をきっちりと閉めました。竹中さんの鍵穴についても、その形を変えましたので、今後もう時間を奪われることはないでしょう」

「……あ、ありがとうございます!」

もはや意味など全くわからなかったが、この人が言うなら事実なのだろう。

「ええ。あとは鍵の方ですが、西村トオルから借りた " 例の本 " は、まだ手元に持っていますか?」

「……いや、どうでしょう……。ただ、処分した記憶もないので、もしかしたら、本棚のどこかに残っているかもしれません」

「もっていても害はありませんが、もしそれを見つけたら、一応処分してしまってください」

「わかりました…………あの!……お酒は飲んでも大丈夫なんでしょうか?」

今すぐ酒をやめろというのは無理がある。

「はい。扉をしっかり閉めたので、たとえお酒を飲んでも、今後、西村トオルに時間を奪われることはないでしょう。そもそもお酒を必要以上に飲んでいたのは、扉を開けられたことが起因していた部分もあります。だから以前ほど、頻繁に酒を飲みたくならないかもしれません。まあ、それとは関係なしに、飲み過ぎはやはり健康にわるい。時間を無駄にする原因にもなりかねません。これを機会に、お酒との付き合いを、今一度考えてみて下さい」

「ええ、全く。少し真剣に考えてみます」

亮潤は微笑みを含んだ顔で満足そうにうなずく。

「竹中さんに、私が伝えたかったことは以上です。特に質問がなければ、『旅立ちの儀』はこれで終了となりますが、何かご質問ありますか?」

ないわけがない。ただ、何から聞いたらいいのか? とりあえず疑問を思いついた先から聞くことにする。

「ボンネさんのタイヤの話、あれも時間奪いの話と関連しているのでしょうか?」

「先ほど申しあげた通り、皆様が今日ここへ集まったのは偶然ではありません。少なからず、関連はしています」

やはり、クロエの主張は正しかったということか……。

「できたら、ボンネさんと、それからクロエさんの話、もう少し詳しく教えてもらうことはできないでしょうか? 私たちが話し合っていた予想あっていたのか」

「教えられる範囲で言いますと、確かにボンネさんのタイヤには、人から奪った時間を利用して、信号待ちの時間を相殺する力がありました。クロエさんに関しては、自分でもおっしゃっていたように、バイトを通して、人から時間を奪うことに加担していました。プライバシーがありますので、お教えできるのは、ここまでです」

「……山田、いえ、カンバルジャンは? あいつにも時間に関係した何かがあるということですか?」

「山田さんも、竹中さん同様、時間を奪われていました。ただ、もちろん今回、竹中さんと同じく、開いてしまった扉を閉めさせていただきました。そして、鍵穴の形も変えました、ただ……山田さんの扉はまた開いてしまう可能性があります。鍵にも色々な種類があります。竹中さんの場合と違って、山田さんにとっての鍵は少し特殊です。時が経つに連れて、その形態を変える可能性が十分にあります」

山田にとっての鍵とは……もしかして、例のフィアンセなのか!?……おれは直感的にそう思った。ただ、なんだか怖くて、それ以上は聞けなかった。ただ、これだけは聞かねばと口を開く。

「山田は今度結婚するんです。あいつのフィアンセは、山田を騙してはいないでしょうか?」

「それに関しては心配ありません。山田さんをここへくるように促したのは、フィアンセの成田さんですから。ただ竹中さん、山田さんにはなんだかんだあなたが必要です。実際頼りにもしているんです。どんなにこんちくしょうと思うことがあっても、そのことは決して忘れないで下さい。どうか、山田さんをよろしくお願いします」

おれはまじまじと亮潤様を見つめてしまう。
今日一番驚いた。まさか、この人から、山田をよろしくと言われるとは思わなかった。

おれを頼りにしている??  そんなわけ…………いや、 亮潤様にはおれが知らない山田が見えているのかもしれない。 フィアンセとの馴れ初めについて、ポツポツと語った山田。初めこそ、話しづらそうだったけれど、途中からあいつは誇らしげだった。そこにはこれまで見たことがない、まっすぐな山田がいた。腐れ縁、いつしかそんなフィルターでしか見れなくなっていた山田という男を、おれは正確に理解できれていないのかもしれない。

「……そうですね。できる限りサポートはしていこうと思ってます。まあ、今後、物は貸さないかもしれませんが」

「ええ、それが賢明かもしれません」

穏やかに笑う亮潤様を見ていると、心が少し落ち着いた。まだまだ聞きたいことはたくさんあったが、すでに頭はパンク寸前。これ以上混乱するのを避けるため、おれは質問をそこで打ち切った。

最後にボンネが言っていたように、変な先入観を持たせないために、次に控えている山田には面談の内容を話さないようにと言われ、おれの『旅立ちの儀』は終了となった。他言無用も何も、さっき聞いた話を山田にしたところで、山田にそれを信じさせることなど、不可能に思えた。

『暁の間』を後にして、次の山田を呼びに控え室に向かう。

「たけしさん、ちょっとお話いいでしょうか?」

『暁の間』を出てすぐのところ、おれに声をかけてきたのは─────「しずかちゃん」ではなく、クロエだった。

(22)に続く


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