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VUCA的な環境に対応するための5つの経営課題とその対応策(中編)

前編に続き、今回は中編を掲載します。
中編では、5つの経営課題を構造的に理解するための概念図を示し、それぞれの課題を深く検討するための手がかりを提供します。

前編はこちら


3.VUCA時代を乗り切る価値創造の仕組み

これら5つの課題はそれぞれを独立した課題として考えるのではなく、相互の関連性を踏まえて体系的に理解する必要がある。それを示したのが図表2である。

図表2

この図を説明すると、まず最上位にはパーパスやミッションなど、普遍的価値、社会的価値に関連した項目がある。パーパスやミッションは自社の都合で簡単に変えられないがゆえに、混沌とした経営環境でのゆるぎない指針になり得る。

このパーパスやミッションの設定を受けて、事業を通じてそれらをどのように実現するのかを考えるのが戦略(事業戦略)である。事業戦略の策定では多方面の検討が必要になるが、特に事業領域の再定義と事業を通じて顧客に提供する価値の再定義は重要である。

戦略について注意すべき点は、戦略は作って終わりではないということである。むしろ、変化する経営環境において自社の業務遂行上の強みを活かすために何をすべきかということを絶えず自問し、柔軟に打ち手を変えることが求められる。

その打ち手には、既存事業(本業)の強化という打ち手もあれば、新規事業の開発という打ち手もある。また、既存事業と新規事業の文化の壁を乗り越え、シナジーを発揮できるように組織風土を変革するような仕掛けも必要である。

図表2の中に「組織能力」という言葉がある。これは、その組織が狙った成果をどれだけ効率的に確実性高く実現できるか、ということである。組織能力には、社員の現状の能力レベル、将来に向けて能力を開発し伸ばしていく人材育成力、社員の能力をより良く活かす人材配置力、さらには社員間でノウハウやアイデアを共有する情報流通力などが含まれる。

組織能力をもう少し細かく分解すると、既存事業におけるオペレーション能力と新規事業や新分野開拓を行うプロジェクト実施能力に分けられる。さらに、既存事業と新規事業の人材や情報をつないで文化的シナジーを創出する能力もここに含まれる。

オペレーショナルエクセレンスの追究を言い換えると、オペレーションズ・マネジメントの実践ということになる。オペレーションズ・マネジメントとは「ある成果を出すために必要な一連の業務セット」の全体最適を考える活動のことである。

個別業務の効率化に加えて業務セットの全体最適化を進めることで生産性が上がることは言うまでもないが、工場の中だけでなく本社業務や、工場と本社の連携・連絡業務で「一連の業務セット」を定義して重点課題を特定して最適化を進めれば、既存事業の生産性をさらに向上させることが期待できる。

新規事業開発のプロジェクト活動は仕事のやり方、目標の設定方法など、既存事業とは異なる部分がある。また、技術や市場動向が目まぐるしく変わる一方で成果に対しては既存事業よりも長期で見る必要があるなど、既存事業に慣れた社員にとっては「ずいぶんと勝手が違う」と感じることも多いかもしれない。

また、潜在顧客へのヒアリングのような慣れない作業を難しいと感じることもあるだろう。チーム・マネジメントや業績評価、処遇など、既存事業とは異なる人事制度を用意する必要もある。しかし、そこで当事者たちが「既存事業と新規事業は文化的にも実務的にも別物で相容れない」と考えてしまっては文化的なシナジーは起こせない。

既存事業と新規事業の文化的シナジーを考える際のわかりやすい例としてPDCAとOODAの関係がある。一般に、新規事業開発では「OODA」という考え方が重視される。OODAとは、Observe(観察)、Orient(方向づけ)、Decide(意思決定)、Act(行動)の頭文字を取ったもので、米軍で開発された手法である。英語の頭文字4文字でPDCAに似ているので、PDCAに取って代わるものと言われることもあるようだ。

日本企業の品質・生産性向上のベースになっているのはPDCAという考え方である。言ってみれば、PDCAというのは日本企業のお家芸(得意技)である。そこにOODAという考え方が登場した。

自社がこれまで蓄積した経験やノウハウ、あるいは業務遂行上の強みを活かしてOODAのような新しい考え方を取り入れていく工夫は、「企業独自の経験値を反映しているがゆえに他社に模倣されにくい」という意味で持続可能な強みとなり得る。既存事業を通じて獲得した「PDCAを回す」という得意技をさらにパワーアップするために、OODAの考え方を導入することが戦略的に適切な方向性だといえる。

ここで注意しなければならないのは、PDCAとOODAは決して競合しないということである。どちらかを採用したらどちらかを廃棄しないといけないという関係ではない。むしろ、短期の状況変化への対応というPDCAの苦手な部分をOODAで補うと捉える方が健全な思考法だといえるだろう。
 慣れ親しんだ手法を使えるのであれば、新規事業開発に対する社内の苦手意識もいくらかは薄まるはずだ。そこに「OODAループ」のようなVUCA時代にマッチした考え方を組み込んでいけば、これまでの組織運営の経験を活かして新規事業にチャレンジすることが可能になる。

もし、この点に関して問題があるとすれば、強みであったPDCAを回す能力が衰えているかもしれないということだろう。変化が激しく、かつさまざまな要因が絡み合う状況では個々の工程やラインという単位ではなく、間接部門まで含めた価値創造活動の全体を視野に入れ、高速でPDCAを回さなければならない。そのためには、オペレーションズ・マネジメントのような広い視野での生産性向上に取り組む必要がある。

後編に続きます。 前編はこちら


(執筆者:中産連 主任コンサルタント 橋本)
民間のシンクタンクおよび技術マネジメント系のブティックファームを経て現職。現在は、中堅・中小企業における経営方針の策定と現場への浸透の観点から、コンサルティングや人材育成を行っています。


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