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VUCA的な環境に対応するための5つの経営課題とその対応策(後編)

前編、中編に続き、後編を掲載します。
後編では、5つの課題に対応する対策案を体系化し、いくつかの事例を掲載します。

前編中編はこちら


4.課題と対策案の体系化

前章までに述べたことを踏まえて、この章では第2章で示した5つの課題について、それぞれの取り組み例を紹介していく。

図表3を見ていただきたい。これは5つの課題に対して企業が取り組むべき活動を例示したものである。

図表3

上段の経営方針と事業目的の明確化については、自社のパーパスやミッションを定義し、それを実現するための戦略を考えることが取り組みの中心になる。その取り組みに必要な経営企画やマーケティング機能の強化も必要になる。

中段には、本業の強化、知識創造/部門間での共創、新規事業・新分野の開発という課題が示されている。これらの課題は「実際に業務を行う」という意味で自社の価値創造活動の中心となる。本業(既存事業)は現在の収益の柱という意味でも、人やカルチャーがそこで育つという意味でも重要である。

しかし、すべての企業で本業がいつまでも安泰ということはない。また、収益を単一の事業に依存することは危険であろう。コングロマリット・ディスカウント(複数事業を行うことで収益率が下がる)という考え方がある一方で、コングロマリット・プレミアム(複数事業を行うことで収益率が上がる)という考え方もある。

複数事業化がディスカウントになるかプレミアムになるかは、既存事業と新規事業の間でどれだけ人材や情報が流通し、良い刺激を与え合うかにかかっている。つまり、既存・新規を問わず社内で人材と情報が交流できる仕組みを構築すれば、収入源の多様化と競争力強化を同時追求できるということになる。

新規事業開発については、プロジェクト型の活動に適した人事制度の導入など、既存事業とは異なる対応によって活性化を図る必要もある。

下段は人と組織についての課題である。個人の能力向上と組織活性化に加えて(あるいは、それらを通じて)組織文化を時代に合わせて変えていくことは、既存事業と新規事業どちらの推進にも不可欠な作業だといえる。

5.支援事例

第4章の「課題と対策案」に関連して、中産連が行ってきた支援事例を以下にいくつか紹介する。なるべく支援の状況がイメージできる記述を心がけるが、守秘義務の関係上、企業が特定できるような詳細は書くことはできない。また、実施内容についても数社の事例をミックスして記述している場合もあることをご理解いただきたい。

(1)ビジョン策定 ― 構内外注を請け負うA社

A社は従業員数が約500人で、主に構内外注を請け負っている。このA社において、中産連は2030年に向けた長期ビジョンの策定支援を行った。

A社はオーナー企業であり、最終決裁はオーナーの親族で構成する取締役が合議で行うため、このプロジェクトでは取締役に上申する「ビジョン案」を幹部社員が議論することになった。

このA社のビジョン策定プロジェクトに対して、以下のようなプロジェクト推進を提言し支援を行った。

会合日数:予備日を入れて10日間作業ステップ:
①経営の現状分析
②環境分析(マクロ環境分析、市場分析)
  ※前回のビジョン策定時と比較した現在の変化を中心に
   (新たな状況の出現を含む)
③顧客分析
④自社分析(製品、経営資源、組織)
⑤競合分析
⑥ビジョン検討(事業、組織、人材のあるべき姿の検討)
⑦定量目標の検討(売上高、利益率等)
⑧ビジョンの言語化と上申資料としての「ビジョン2030案」の
 とりまとめ

このプロジェクトでは、当初の予定通り10日間の日程でビジョン案を作成し、経営層に報告した。経営層からはいくつか修正依頼があり、修正後に正式なビジョンとして全社に展開された。

経営層から「環境変化に適応できるよう、事業改革、組織改革を真剣に考えてほしい」という明確なリクエストが出されたことがプロジェクト成功のポイントだったといえる。

(2)開発部門と営業部門の合同会議の設定 ― 部品メーカーB社

B社は製造子会社を含めて1千人の部品メーカーであり、売上高の約50%が自動車関連、残りが建材とその他産業資材である。

会社規模が大きくなったこと、複数の事業を持っていること、工場単位での技術開発が行われるようになったこと、また営業と開発部門の交流が少なくなってきたことなど、社内のコミュニケーションが減ってきていることを経営層が問題視していた。

さらに、各事業で大手の優良顧客をつかんでいることで、それらの優良顧客との関係維持に営業力の大半が費やされ、かつてのような新規開拓ができなくなっていた。

そこで、営業を統括する役員から「営業と開発の合同会議を設定して、市場情報と技術情報に関する情報交換の場を設けたい」という相談があり、中産連では以下の支援を行った。

支援期間:9か月間
支援内容:
①合同会議の事業運営上の位置づけの検討
②会議における営業と開発の役割・情報提供方法の確定
③技術の整理方法についてのアドバイス
④営業部門による市場調査方法に関するアドバイス
⑤モデルケースを使ったシーズ主導の新事業企画の立て方の指導
⑥常設組織設置の可能性の検討

このプロジェクトを通じて、B社では開発部門が市場目線で自社の技術を評価する考え方を身につけることができた。同時に、営業部は自社の保有する技術を網羅的に知ることができ、シーズ主導の新事業企画を検討する過程で潜在顧客へのヒアリングを実施することで、これまで敬遠しがちだった新規顧客開拓がやりやすい雰囲気になった。

営業部門のトップからの発案であったが、技術部門の担当役員の賛同が得られ、開発エンジニアが積極的に会議に参加してくれたこと、営業を強化しないといけない(特に新規顧客や新分野の開拓で)という認識が社内で共有されていたことが成功のポイントだったといえる。

(3)新規事業開発ワークショップ ― 物流会社C社

C社は中堅の物流会社である。現社長が新規事業に関心が高く、中産連の支援の下、新規事業開発のワークショップを10年以上にわたり実施している。

ワークショップの内容は以下の通りである。

実施期間:6か月
実施内容:
①新規事業の考え方とアイデア出し
②市場調査とマーケティング
③事業仮説、ビジネスモデル、事業戦略、KSF
④採算性と販売戦略
⑤事業計画書の書き方
⑥経営層へのプレゼンテーション

C社においては、ワークショップの実施によって会社主導の新規事業に運営責任者や運営メンバーとして参加できる社員が揃ったことが最大の成果であろう。元々、社長は新規事業に関心があり、社長自身が新規事業のネタを探している。そのような状況で、何か良さそうなネタがあったときに、責任者やスタッフが社内ですぐに見つかるというのは、スピード感の観点から大きい。

特に中小企業では人材の相対的な不足から責任者探しに時間がかかることが多いが、新規事業開発ワークショップを実施することで、新規事業の責任者をやれそうな人材に目星をつけておくことができる。

また、C社では毎年ワークショップを開催しているので、ワークショップの場が直近の市場トレンド、技術トレンドを収集する場にもなっている。ボツになったテーマも含め、新規事業の検討テーマの一覧を見るだけでも経営層の刺激になるだろう。

C社の成功のポイントは、社長自身が新規事業に関心を持っていたこと、そしてワークショップを長年継続したことだといえる。継続的に開催することで人材がストックされ、部門間や関連企業間の交流による相互理解が進んだ。また、最近では参加者を送り出す部門長が同ワークショップの経験者ということも増えており、「縦のつながり(上司部下の新規事業開発という軸での感覚共有)」もできつつある。

(4)技術者向けマーケティング研修 ―自動車部品メーカーD社

D社は従業員数が約1500人(製造子会社含む)で、自動車部品を製造販売している。

「技術開発部門にマーケティング的な考え方を植え付けたい」という担当役員からの相談があり、以下のカリキュラムで技術者向けマーケティング研修を実施した。

実施期間:2日間
カリキュラム:
(1日目)
 ①経営におけるマーケティングの役割
 ②マーケティングの基本概念とプロセスの理解
 ③開発技術者とマーケティング
 ④製品・技術視点からソリューション視点へ
(2日目)
 ①市場視点の強化:市場調査・顧客情報収集の方法
 ②提供価値と自社技術
 ③事業視点の強化:ビジネスモデルを理解する
 ④マーケティングの考え方を開発活動に活かす

この研修では、マーケティングをまったく知らない技術部門のエンジニアがマーケティングの思考法を学んだことで、事業における開発部門の役割を再確認し、「目の前の顧客ではなく、市場の動きを意識した開発計画」を検討するきっかけとなった。

2日間の研修なので効果測定は難しいが、従来とは異なり開発部の次年度以降の開発計画の策定にマーケティング的な視点でのテーマの絞り込みが行われた点は一定の成果として認めてよいだろう。

まとめ

以上、VUCAと言われる混沌とした環境で企業が取り組むべき課題を5つの分野に分けて見てきた。

古くはプロダクト・ポートフォリオ・マネジメントというフレームワークによって、金のなる木(稼ぎ頭となる製品)で稼いだ資金をスター(将来の稼ぎ頭候補の製品)や問題児(がんばればスターになれるかもしれない製品)に投入するという考え方が知られていた。現在では「両利きの経営」という言い方で既存事業におけるノウハウの深化と新規事業における新しいノウハウの獲得が必要だと言われている。

この論文でも既存事業と新規事業を同時並行的に進めることを奨励している。基本的な考え方は、既存事業でしっかり稼ぎ、資金と人を新規事業に投入するいうものである。

社内の人材も知識も成功体験も既存事業に偏っている。当然、社内では「既存事業を守っていけばいい」という声が大きくなる。それに耐えて新規事業を継続的に行うためには、経営層が新規事業の必要性を強く認識し、社内に訴えていく努力が極めて重要である。

現在の本業(既存事業)も元は新規事業であったという事実を忘れてはならない。本業がここまで発展したのは、長い時間をかけて経験と知識を蓄積し、そこに複利効果が働いたからだと考えられる。

この「経験と知識の複利効果」は軽視できない。

失敗の経験や努力の甲斐のなかった経験であっても、早くに経験を積んで知識を獲得しておけば、その経験や知識をベースにいろいろなことが考えられる。経験と知識のベースが広がれば、その後に得た知識や情報をすでに獲得済みの経験と知識に照らして理解・解釈することが可能になる。

誰もが簡単に大量の情報を入手できる時代である。情報を得ただけではライバルに差をつけることは難しい。小さな挑戦であっても、早くに挑戦をすることで早くに経験を積み知識を獲得できる。そして、挑戦を継続することで経験と知識の複利効果はさらに大きくなる。

VUCA耐性を高めたい企業は、ここで紹介した枠組みを使って自社の手薄だったマネジメント領域を確認するところから始めていただくとよいだろう。


(執筆者:中産連 主任コンサルタント 橋本)
民間のシンクタンクおよび技術マネジメント系のブティックファームを経て現職。現在は、中堅・中小企業における経営方針の策定と現場への浸透の観点から、コンサルティングや人材育成を行っています。


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