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イノベーションか、リノベーションか

新たな柱となる事業の模索

筆者の専門は企業における戦略の構築です。特に、事業戦略の構築および見直しを専門としています。会社全体の事業戦略や事業構想の見直しの過程で新規事業についても相談を受けることがあります。そして、最近その相談数が増えていると感じています。

おそらく、急速に進む自動車のEV化や自動運転への流れを受けて、部品メーカーが新たな柱となる事業を模索し、革新に取り組んでいることが相談が増えている主要因だと思います(事実、現在支援している複数の企業も自動車以外での主力事業の開発をめざしています)。

そこで今回は、中堅・中小企業における「革新」に焦点を当て、新規事業開発等の「新しい試み」に挑戦する際の注意点を企業を側面支援しているコンサルタントの視点から見てみたいと思います。キーワードは「事業リノベーション」です(図表1参照)。

(図表1)

イノベーションではなくリノベーション。ここがポイントです。

「革新」や「改革」というと普通はイノベーションという言葉を思い浮かべます。しかし、これまでのコンサルティングの経験から、筆者は経営者が真に求めているのはイノベーションではなく事業リノベーションであるのではないかと考えるようになりました。

皆さんもご存知のように、リノベーションとは元々建築業界の用語です。その意味は「既存の建物を増改築し、用途変更を行うなどして建物の価値を元の価値を超えて高める」というものです。

「既存」、「増改築」、「用途変更」、「元の価値を超えて」という辺りがポイントになりますが、イノベーションとリノベーションの本質的な違いは「イノベーションは創ることに主眼があり、リノベーションは残すことに主眼がある」という点だろうと思います。

また別の見方をすると、「既存のものの制約を受ける」という性質がリノベーションにはあります。一方で、リノベーションには「既存のものの良い部分を引き継ぐことができる」というアドバンテージがあります。中堅・中小企業が自社の歴史的な遺産を活かして、先代、先々代の残してくれたものを新しい時代に合わせて作り変えていこうとするならば、この制約条件とアドバンテージの両方を冷静に分析し、理解する必要があるでしょう。

「イノベーション」という言葉の魔力

企業が新規事業や他分野・新分野への参入にチャレンジする、あるいは技術の用途開発にチャレンジする場合、「イノベーション」という言葉がよく使われます。筆者のようなコンサルタントもイノベーションという言葉が耳障りがよく便利なので使いがちです。

イノベーションの本来の意味は「何か新しいものを生み出す」という程度の意味ですが、この言葉には魔力があって「イノベーション」と言われると、何か「特別なこと」、「ものすごいこと」をやらなければいけないような、あるいは新しいことができるような気になってきます。しかし、多くの経営者の方々と仕事をさせていただく中で、実はほとんどの経営者は「ものすごいこと」など求めていない、ということがわかってきました。

もちろん、インパクトの大きな製品や事業を生み出せればそれに越したことはありませんが、現実に経営者が求めているのは何か特別に斬新なことではなく、むしろ自社の良さを活かしつつ堅実に事業の付加価値を高めていくことではないかと思います。このニュアンスを言い表したのが「事業リノベーション」です。

つまり、事業リノベーションとは「自社の良い点、優れた点、強みを土台として残し、会社を支える柱(事業)を太くする、あるいは新たな柱を作ること」を意味しています。そこには「すべてを壊して一から作り直そう」という発想はありません。むしろ「残せるものは残し、その上で付加価値を高めることを考える」という発想で新規事業開発や新製品開発、技術の用途開発を行うのがリノベーションです。

自社の現状を点検する

この場合、当然のことながら「土台として残せるものは何か」、「柱のどこが強く、どこに補強が必要か」ということをチェックする必要があります。ここが大事な点で、このチェックをじっくりと時間をかけてやっておくと後の戦略が考えやすくなります。ツールとしてはSWOT分析のような単純なものを使えば良いのですが、ツールが単純であるがゆえに、その解釈には経験やイマジネーション、発想力が求められます。

本来、ここに多くの時間を割くべきですが、筆者の経験上、このフェーズを省いてしまう企業は少なくありません。結果として「イノベーション=逆転満塁ホームラン」という間違った希望に基づいてプロジェクトを推進し、結果として行き詰まってしまう企業もあります。

筆者としては、新しい柱となる事業を開発したい中堅・中小企業に対しては、まずは既存事業や既存事業を支えている人材や技術のチェックを通じて「何が強く、何が弱っているのか」、「何を残し、何を変えるのか」の見極めを行った上で戦略的に(ということは、しっかりとした見通しと構想を持って)企業・事業の価値向上にチャレンジすることを強くおすすめします。

長く続いている企業には必ず良い点・強みがありますので、企業の皆さまには、是非とも「自社の強みを見つけて活かす」という視点を持っていただくことをお願いしたいと思います。

事業リノベーション推進の手順

では、事業リノベーションはどのように進めれば良いのでしょうか。

当然、企業の新たな柱を作るわけなので、定型的な手順に従えば自然と新たな収益源が生まれるということはありません。そのような魔法は存在せず、原理原則に忠実に、かつ自社なりの工夫や機転を利かせて取り組む必要があります。

とは言え、大枠での方法論がないわけではありません。むしろ、基本的な実施事項は明確です。図表1に示したように、事業リノベーションでは基礎となる部分と現在の柱(収益事業)の強度を明確にし、情報収集・分析能力を高める必要があります。

このような観点から企業のやるべきことを整理すると以下の様になります(図表2参照)。

(図表2)

図表2にある「1」と「2」は会社と事業の現状についての検証です。この2つの作業では検証を行うスタッフの「戦略思考力」が検証の水準と所要時間を左右します。したがって、企業としては検証・分析を担当するスタッフに戦略思考力の高い人材を充てる必要がありますし、そのようなスタッフが不足している場合は計画的に育成する必要があります。

戦略思考力を明確に特定することは難しいですが、概ね「目的志向(考えが発散したとしても当初の目的を忘れずに軌道修正できる)」、「論理性」、「数値操作能力」、「類推能力」、「教養(幅広い見識)」が中心的な素質や能力となります。「教養」について奇異に感じられる方がいるかも知れませんが、どこにビジネスチャンスが転がっているかわからない以上、幅広い見識で事業や会社の強みをチェックできる方が有利なことは明らかです。

ビジネスでは専門性(特に技術的な専門性)が高く評価されることが多いですが、専門性が活きるのは「すでに方向性とやるべきことが定まっていて、担当レベルで必要な専門性が明らかな場合」です。「何にチャレンジすべきか」をこれから探ろうというときには、専門性以上に「教養に裏打ちされた優れた判断力」が重要になります。いわゆる「教養人」という類の人たちの価値が高まるわけですが、ビジネスの世界でも哲学や美学、芸術の知識に注目が集まっているのは、このような教養人の価値が認識されているからといえるでしょう。

社内で育成していたのでは間に合わないという場合は、コンサルタントのような外部人材を活用しつつ、プロジェクトの中で社内人材の戦略思考力を高めていく方法もあります。

新規事業開発

次に図表2の「3.新たな柱となる事業を開発する」ですが、これに関しては短期ではなく中長期で考える必要があります。特に、これまで大手完成品メーカーのサプライヤーだった中堅・中小企業は焦って成果を求めることは避けた方が良いでしょう。

新規事業開発は簡単には成功しません。もちろん、はじめからうまくいく場合もあるでしょうが、それはレアケースです。中堅・中小のサプライヤー企業の場合、今回はじめて新規事業開発に挑戦するという企業も多いと思います。その場合、担当者の戸惑いや社内の抵抗・反発などによって、遅々として進まないことが一般的です。

ただ、そこで諦めていては何も実現しないので、何とかして新規事業開発を前に進める必要があります。このような場合、新規事業開発がトップの「かけ声倒れ」にならないために、はじめは緩やかに「新規事業の検討会・勉強会」のような形でスタートさせると良いでしょう。

検討会や勉強会で参加者にいろいろな事業アイデアを出させることで、参加者の新規事業への関心を高めるとともに、企業は事業アイデアのストックを手にすることができます。この事業アイデアのストックは後に本格的に新規事業開発を行う際の「ネタ」にもなります。実際、筆者の支援している企業では、新規事業開発研修で出た事業アイデアを社内にストックして活用しています。

市場調査能力の強化

最後に「4.物見やぐらに相当する、市場調査のための機能を獲得する」ですが、これは上記「3」とは逆で、すぐに着手すべきです。

というのも、自動車のEV化や自動運転の動きからもわかるように、現在は製品単体の革新というよりは、業界がインフラを含めて大きく動いているという場合が多いです。自動車だけでなく、小売のシステムは電子決済、物流、宿泊サービス等、様々な産業が付加価値の出し方を根本から変えようとしています。

そういう状況下で新しい事業を開発しようと思ったら、何よりも「市場情報を収集・分析する目と頭脳」が必要になります。ただし、企業によっては網羅的に市場情報を収集することは大きな負担となるため、自社で体系的に情報収集する対象と必要に応じて調査会社を活用する場合を分けて考えた方が良いでしょう。それも含めて、自社における最適な市場調査のあり方を検討することは、早急に着手すべき課題といえます。

まとめ

以上、事業リノベーションの考え方に基づく新規事業へのチャレンジ方法について解説しました。中堅・中小企業では本業や既存事業を大きくリスクに晒せないという企業も多いと思いますが、これらの打ち手は既存事業に対してもプラスの影響があります。したがって、結果的に新規事業をやらなかったとしても、リノベーションという発想で既存事業を見直したり、高度化の方向を探ったりすることは、やっておいて損はない活動だと思います。ぜひ、皆さんの会社でも取り組んでみてください。

(執筆者:中産連 主任コンサルタント 橋本)
民間のシンクタンクおよび技術マネジメント系のブティックファームを経て現職。現在は、中堅・中小企業における経営方針の策定と現場への浸透の観点から、コンサルティングや人材育成を行っています。


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