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VUCA的な環境に対応するための5つの経営課題とその対応策(前編)

今回の記事は、筆者が所属している一般社団法人中部産業連盟の会報誌『プログレス』(2023年11月号)に掲載された記事を前編・中編・後編の3回に分けてnoteに再掲します。
タイトルにあるとおり、記事のテーマはVUCA的な経営環境における企業の取り組み課題をどう考えるべきか、というものです。『プログレス』という会報誌の性質上、いつもよりも堅い書き方になっていますが、そのまま掲載したいと思います。
今回は全3回のうち、VUCA的状況と企業の経営課題を整理した「前編」を掲載します。


はじめに

現在の企業を取り巻く経営環境が「VUCA(不安定、不確実、複雑、曖昧)」と言われるようになって久しい。ユーザー業界の変化のみならず、原材料の購買から最終消費者の意識まで、経済・社会全体に変化が生じている。加えて、働く人々の意識の変化や労働人口の減少など、企業経営の根幹を支える経営資源のあり方までが変わりつつある。

このような状況にうまく対応できるかどうかは企業の生き残り、そして発展を左右する。それ自体は多くの企業が認識していることだが、問題は「どうやって対応したらいいのか」ということである。過去にうまくいった手法・技法が明日もうまくいく保証はない。環境変化によって成功の前提条件が崩れている可能性があるからだ。企業としては、これまでとは異なる見方・考え方で状況に対応することを考える必要があるだろう。

本論文では、VUCA的な経営環境に対応するために企業が取り組むべき課題を5つに分類し、対応策を論じている。本論文の執筆にあたっては中産連の杉藤執行理事、藤瀬所長、西尾氏と議論を重ね、内容を検討した。また、本論文で使用している図表の一部は藤瀬所長より提供を受けていることを付記しておく。

1.VUCA的状況の理解

5つの経営課題を論じる前に、その前提とVUCA的な環境に対応するための5つの経営課題とその対応策なるVUCA的状況について考えてみたい。

VUCAとは要するに「混沌とした外部環境」ということである。多くの領域でさまざまな変化が同時進行的に発生しており、かつ変化の速度も方向も多様なため、局所的には変化の動向を観察することはできても全体を網羅的に捉えることは難しい。

そこで、ひとまず個々の変化の重要度や相互の関連を無視して、現在起こっている変化を巨視的に概観してみると図表1のようになる。

図表1

経営環境についてこのように巨視的に考える機会は少ないのではないかと思われるが、全体を概観するとさまざまな変化がリアルタイムで進行していることがわかるだろう。個々の企業が事業の将来像を考える際には、いまは自社に関係ないかもしれない変化についても一応は理解した上で構想を考えることが望ましい。

では、このような状況において企業はどのように経営の舵取りを行うべきか。多くの企業が取り組むべき課題は以下で見る5つに要約できる。

2.企業が取り組むべき5つの経営課題

VUCA的状況において企業が取り組むべき5つの課題は以下の通りである。

①経営方針と事業目的の明確化
②本業(既存事業)の強化
③新規事業・新分野の開発
④知識創造/部門間での共創
⑤人と組織のマネジメント・組織活性化

第一の課題は、経営方針と事業目的の明確化であるが、これにはパーパス、ミッション、ビジョン、バリュー等の設定や戦略の策定が含まれる。経営環境が変化する中で会社の方向性を定めることは難しい。しかし、VUCAと言われる先行き不透明な時代だからこそ、さまざまな情報を収集・分析し、論理と直感を駆使して仮説を構築し、会社の向かう方向性を示すことが必要になる。

現場に蓄積された個々の業務遂行能力やノウハウは、具体的なターゲットが決まっていてこそ、その威力を十分に発揮できる。経営は意思決定と業務遂行によって成り立っている。企業が保有する業務遂行能力を最大限に活かすためには方向性やターゲットを決める作業が不可欠である。

第二の課題は、本業の強化である。本業は企業の収益の基盤である。本業で稼いだ資金は本業自体のさらなる強化、新規事業、企業の総合力を高めるための人材育成投資や設備投資に使われる。言い換えるなら、本業の稼ぐ力を強化して資金と人材の余力を生み出すことで、新たな成長のための種をまくことが可能になるということだ。

さらに言うなら、本業での顧客接点はユーザー業界やその周辺業界の情報(生の声)を聴くための重要な情報ルートである。既存事業と直接関係のない話であっても、実際に困り事を抱えているユーザーの生の声を聞くことは新規事業のヒントを得るという観点から重要である。

第三の課題は、新規事業・新分野の開発である。本業が未来永劫安泰なら新規事業や新分野の開発は不要だろう。本業の重要顧客との関係を強固なものにする努力を継続すればいい。しかし、実際にはVUCAと言われる状況でユーザー業界も揺らいでいる。そのような状況では、新規事業や新分野の開発はこれまで以上に重要になる。

ただし、新規事業開発といっても「新規性のレベル」はさまざまである。「染み出し」と言われる既存事業から派生した新規事業や新分野への進出もあるし、「飛び地」と言われる既存事業とはまったく関係のない領域での事業開発もある。当然、リスクも異なる。新規事業・新分野開発では自社が負えるリスクの見極めも重要な作業になる。

第四の課題は、知識創造/部門間での共創である。既存事業と新規事業の話になると「新規事業と既存事業では思考回路が違いすぎて接点を持ちにくい」と考えがちである。しかし、第二の課題で述べたように、既存事業の顧客接点や情報ルートは新規事業のきっかけになり得るし、ヒントとなる情報を得るための重要な情報源である。

企業の歴史が長ければ長いほど、社内には既存事業に由来する情報が溢れている。そうした情報を活かすためには、きちんとした情報管理を行う必要がある。また、現在進行形で蓄積されている「生のデータ」についても、各部門が積極的に意見交換、情報提供を行うことで部門内から全社レベルへ、情報の活用レベルが引き上げられる。

第五の課題は、人と組織のマネジメント・組織活性化である。企業が人の集まりである以上、人と組織の問題は無視できない。パーパスや価値観(バリュー)の重要性が増していると言われるが、パーパスや価値観のような抽象度の高い概念を社内に浸透させるためには、それを説明し、社員同士が上下方向(上司・部下)でも横方向(同僚同士や部門横断)でも対話できる関係が必要である。

また、そうした対話から生まれたアイデアが実務に反映される仕組みや制度も必要になる。同時に、良い対話が行われ、良いアイデアが生まれるよう、個々人の能力を高める取り組み、対話しやすい(風通しの良い)組織風土づくりが求められる。

以下、中編、後編に続きます


(執筆者:中産連 主任コンサルタント 橋本)
民間のシンクタンクおよび技術マネジメント系のブティックファームを経て現職。現在は、中堅・中小企業における経営方針の策定と現場への浸透の観点から、コンサルティングや人材育成を行っています。


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