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既存事業に浸かりきった社員を新規事業の水に慣れさせる

今回は「カイゼンの得意な企業こそ、新規事業開発ワークショップのような活動を積極的に行って新規事業に目を向けた方がいい」という話をします。


新規事業には失敗は付きもの、そして非効率

経験した人はわかると思いますし、経験がない人でも容易に想像できると思いますが、新規事業というのはそう簡単に成功するものではありません。試行錯誤の連続だといえます。そして、試行錯誤の結果、事業の立ち上げを断念することもあります。

「錯誤」という言葉が含まれていることからもわかるように、試行は必然的に錯誤、つまり失敗のリスクを抱えています。錯誤(=失敗)を許容しなければ試行(トライアル、チャレンジ)はできません。

しかし、日本では長らく「効率性偏重」のマネジメントがなされてきたために、この錯誤(=失敗)を許容できない企業が多いような気がします。やはり、かけたコストの分だけ、わかりやすいリターンを求めてしまうということなのでしょう。

わかりやすいリターンという点で見ると、新規事業は取り組みにくい活動になります。成功するより失敗する確率の方が高いので、一つひとつの新規事業プロジェクトを見ると、コスト回収という観点からは報われないことが多いからです。

そうなると、資金の効率性(効率的な資金運用)をめざす企業にとっては、新規事業は手を出しにくいということになります。

「もったいない」と思う2つの理由

これは2つの意味でもったいないことだと、私は思っています。

既存事業で立派にやっている企業は、必ず何らかの強みを持っています。それは技術やノウハウの蓄積かもしれないし、組織的な連携力や創意工夫の文化かもしれないし、営業力かもしれません。

そういった強みの中には新規事業開発でも活かせるものもあると思うのですが、そこに着目しないで新規事業開発をはじめから視野の外に置いてしまうのはもったいないと思うのです。

また、新規事業は実際に何かしらの事業を立ち上げたとして、今度はその事業運営を効率的に行う必要があるのですが、新規事業は既存事業ほどには業務設計がシステマチックではなく、非効率な運営が行われていることが多々あります。

つまり、新規事業には既存事業で培ったカイゼンのノウハウを活用する余地がたくさんあるはずなのですが、新規事業を始めなければ、そのノウハウ活用の機会が得られません。それは非常にもったいないことです。

もちろん、既存事業の中で引き続きカイゼンを行うことには意味がありますが、新規事業という非効率の塊のような事業の中にこそ、宝の山がたくさんあるように思います。

立ち上げる作業もムダだらけ、立ち上げてからの運営もムダだらけ。

ムダだらけなのですが、だからこそ「新たなカイゼンの余地」が生まれるということです。あえて新規事業のような非効率的なことをやることで、カイゼンという日本企業の強みが活きるのです。

ただし、当然のことながら、新規事業にのめり込みすぎるのも危険です。やはり、収益の土台、会社の大黒柱は既存事業です。新規事業にのめり込みすぎて既存事業が疎かになることは避けなければいけません。

新規事業は、あくまでも将来の成長のための選択肢のひとつとして取り組んでいきます。つまり、既存事業への注力と新規事業への注力のバランスが大事だということです。企業はこのバランスの中で、短期の収益力と長期の成長力を向上させていくことをめざすべきでしょう。

企業の価値創造力強化を既存事業(カイゼン主体の価値創造)と新規事業の相互関連の観点からモデル化すると図表1のような構図が考えられます。

図表1

非効率の世界(新規事業開発)と効率の世界(カイゼン)をうまく組み合わせることで、企業の価値創造力を強化し、同時に短期の収益力と長期の成長力をバランスよく向上させることが可能になります。

新規事業が生き残れば、やがてそれは既存事業化します。つまり、自社にとっての「新たな既存事業」の誕生です。

新規事業開発は未来のための投資の一部

この新たな既存事業は、新しい収益の柱として資金を稼ぎます。既存事業が稼ぎ出した資金は新しい価値創造活動に投入されます。企業は常に資金を未来のために投資する必要があります。それをしなければ、未来のある時点で既存事業が行き詰まったら、経営そのものが行き詰まってしまうからです。

既存事業が稼いだ資金の一部は人材育成に、一部は設備投資に、一部は技術開発に使われ、一部は新規事業開発にも使われます。

ただ、前述したとおり、新規事業には失敗が付きものです。そして、事業が立ち上がったとしても、その事業運営は経験を積み重ねている既存事業と比較すると遥かに非効率です。

その意味で、新規事業への投資はリスクが高いといえます。なので、新規事業への投資を慎重に考えることは悪いことではありません。

ここは経営判断なので、コンサルタントとしては企業の判断を尊重するしかないですが、比較的安定していた時代と不確実・不安定が常態化する時代では、経営判断の基準も柔軟に変えていく必要があるように思います。

つまり、状況が変われば新規事業というものに対する考え方、「やる方が得か、やらない方が得か」ということに関する判断軸、判断基準についても頭を切り替えなければならないということです。

カイゼン発想(既存事業発想)と新規事業発想

新規事業の失敗を含め、失敗というものについて、企業には2つの異なる考え方があります。一つは「なるべく失敗を減らそう」とする考え方で、もう一つは「失敗から何かしら有益なものを得よう」とする考え方です。
(もちろん、多くの企業はその両方の視点を持っていると思いますが、実際には前者の思考が圧倒的に強いという企業がほとんどではないでしょうか)

「失敗を減らそうとする考え方」をカイゼン発想(既存事業発想)、「失敗から有益なものを得ようという考え方」を新規事業発想とすると、カイゼン発想と新規事業発想では基本的に失敗に対する考え方が違うということがわかります。

もちろん、どちらの考え方にも良い点があります。両方の良いところを両取りして活かそうというのが図表1で描いた世界観です。

両取り方式でうまくやるためには、企業は両方の活動ができないといけません。しかし、実際には多くの企業の得意な分野はカイゼンです。なぜなら、カイゼンは既存事業の長い歴史の中で経験を積み重ねて、やり方もその効果も社内で受け入れられているからです。実績のある活動を継続したいと思うのは、人間の自然な感情です。

「新規事業開発ワークショップ」で新規事業の水に慣れる

ただし、企業の強みがカイゼンに偏っているとなると、弱点克服の観点からは、企業は意識して新規事業に積極的に取り組む必要があるということになります。

しかし、あまりリスクは取りたくありません。ここは悩ましいところです。

そのような場合、「新規事業開発ワークショップ」を行って、まずは既存事業に浸かりきった社員のみなさんに新規事業開発について体験的学習、経験を通じた理解をしてもらうとよいというのが、私の考えです。

いきなり新規事業開発プロジェクトを立ち上げて社員をそこに放り込むよりは(そういうやり方もなくはないですが)、「新規事業ってこんな風にやるのか」ということを徐々に社内に浸透させていく方がマイルドなアプローチで抵抗感もないので効果的だと思います。

ワークショップは8~10日程度で実施が可能です。部門横断的に将来有望なメンバーを集めれば、将来の幹部候補者の交流の場にもなります。新規事業を考えることで、既存事業の担当部分だけを見ていてはわからない「事業の本質」も見えてきます。

この記事は新規事業開発ワークショップの解説をすることが目的ではないので詳細は書きませんが、以下に標準的なワークショップの内容と毎回の基本進行を示します。

図表2
図表3

私がお手伝いしている会社の1つでは、15年以上このような形式での新規事業開発ワークショップを実施していて、ある時点からは課長以上の管理職の半数以上が新規事業開発ワークショップの卒業生で占められるようになりました。

そうなると、このワークショップ自体が幹部候補生への登竜門のような扱いになって、ワークショップに対する社内の見方も変わってきます。

また、これは副次的効果といえるのですが、ワークショップで人材を育てておくことで、新規事業に抵抗感のない社員が見えてきて新規事業要員の人材ストックができます。これは想像されている以上に大きなメリットです。

収益力のある既存事業から新規事業の担当になるということは、既存事業の文化にどっぷりと浸かっている社員にとっては「都落ち」と感じられてモチベーションが下がるものですが、社内に新規事業に対する理解が浸透していれば、そのようなことは起こりにくくなります。

実際、私が支援している会社においてもワークショップの卒業生が会社主導で立ち上げた新規事業の責任者や担当者になって活躍している例をいくつも目撃しています。

そして、うまくいくケース/苦戦しているケース、短期で軌道に乗せられるケース/時間のかかっているケースとまちまちですが、いずれの新規事業でも責任者、担当者は新規事業の収益化のためにカイゼンのノウハウをフル活用して奮闘しています。

非効率を目の前にしてカイゼン魂がうずくのでしょう。これはカイゼンに長けた企業でないとできないことです。

まとめ

以上、既存事業が強くカイゼン能力の高い会社こそ、新規事業に取り組むべきだということ、そしてその入口として新規事業開発ワークショップを実施することのメリットを見てきました。

何事も「まずはやってみる」という精神は大事です。しかし、同時にリスクもある程度はコントロールすべきです。そこで、その「やってみる」の部分をいきなり「新規事業の立ち上げ」とするのではなく、幹部候補者の交流や教育も兼ねて、ワークショップで「(新規事業の世界の)水に慣れる」ことから始めるような工夫も必要になります。

そうやって、新規事業の世界の水に慣れた社員が増えてくると、徐々に社内に新規事業発想が定着し、積極的に新規事業に関わろうという人材が増えてきます。組織文化が変わったことで、上司が部下に新規事業開発ワークショップへの参加を推奨するような現象も実際に起こっています。

いきなり新規事業開発プロジェクトを始動させて事業を軌道に乗せることができれば最高ですが、最高の結果が得られなかったとしても「いつでも始める準備はできている」、「新規事業を任せられる人材はいる」という状態にしておくことは、いざ動き出そうというときの動き出しの速さを左右しますので、それだけでもワークショップを実施する意味は十分にあります。

なにより、ワークショップすら実施を躊躇するということでは新規事業に取り組むことは難しいわけで、ワークショップを継続実施して社員を新規事業の水に慣れさせる、そして徐々に既存事業優位の組織文化に新規事業発想を組み込んでいくことが、リスクと期待効果のバランスのよい対応だといえます。

特に事業数も社員数も少ない中小企業では、新しい事業のインパクトは大きいです。問題は資金力ですが、そこは大手とは戦略を変えて資金力ではなく人材力や「小さな組織であるがゆえの一致団結する力」を活かすべく、組織文化を変えることで新規事業に抵抗感のない会社になっていくことをめざすべきでしょう。

(執筆者:中産連 主任コンサルタント 橋本)
民間のシンクタンクおよび技術マネジメント系のブティックファームを経て現職。現在は、中堅・中小企業における経営方針の策定と現場への浸透の観点から、コンサルティングや人材育成を行っています。

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