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エントリーシートに書くことがない…「ガクチカ難民」の就活生が広島でも急増中

 就活が本格化する春を前に「ガクチカが書けない」という嘆きが広島でも聞こえます。「学生時代に力を入れたこと」を略した言葉で、企業の面接などで定番の質問です。長引くコロナ禍の中、サークル活動や留学が思うようにできず、アピールポイントが見いだせない学生が続出。一方、ガクチカの捉え方に、学生と企業でギャップがあるようです。(栾暁雨)

大学時代の大半が自粛生活

 企業のエントリーシート(ES)にはだいたい「あなたが学生時代に最も打ち込んだことは」という問いがある。そこで毎回、広島市東区の女子学生(21)は手が止まる。出版業界などを目指しているが「大学時代の半分以上が自粛生活。ガクチカに書けるような経験がありません」とため息をつく。

 コロナ禍が始まったのは1年生の終わり。所属する弓道サークルの大会は軒並み中止になり、週2日の練習も禁止された。部費の管理や大会参加費の振り込みをする会計係の仕事は「ガクチカ」として就活で武器になると思っていたのに…。もうずっと、活躍したことのない空白」の時間が続いている。

 仕方がないから飲食店のバイトの経験をアピールするつもりだったが、そこでもシフトが大幅に減らされてしまった。エピソードにするには弱く、ああどうしたらいいのか。

 本当はもっと勉強に専念したい。でも入学直後から大学の職員たちに「ガクチカを頑張って」「書けるようなネタ作りしといてね」と繰り返し言われた。「高い学費を払っているのに。就活一辺倒で学業が軽く見られている気がします」とこぼす。

半数近くが自己PRに不安

 就職情報会社のディスコ(東京)が2021年11月に行った調査では、ガクチカなど自己PRへの不安があると答えた人は、47%と半数近くに上る。前年より9ポイント増えたのは、コロナ禍が長引いたことが背景にあるようで「ガクチカ難民」の増加を裏付ける。

 安佐南区の男子学生(21)も、予定していた留学が直前で白紙になった。語学に興味があり、海外とつながる仕事を目指していた。就活へのステップアップの好機と考えていただけに、落ち込んだ。代わりにオンライン授業を真面目に受けて成績は上がったが、「そもそも偏差値が高くない大学。勉強を頑張ったところでガクチカとして評価されるんでしょうか」と不安がる。

 もう一つ悩みがある。ここ数年、就活では「自己分析」だけでなく、周りの人に自分のことを聞く「他己分析」が定番化。LINEなどでつながっている人に分析を頼むことができ、ESに生かせる。しかしオンライン授業ばかりで親しい友人ができず、「お願いできる人がいない。ガクチカもだし、ESそのものがピンチ」と頭を抱える。

 企業への不満も渦巻く。昨年、就活をした西区の女子学生(22)は、ESでも面接でも当たり前のように「在学中は何を頑張っていましたか?」と聞かれることに違和感があったという。コロナ禍でサークルやボランティア活動が制限を受けているのを知らないの? そう思ってしまう。「今年の学生はもっと気の毒。就活の質問もコロナ仕様に変えてほしい」と求める。

学生のポテンシャルを見極める

 企業がガクチカを重視するのはなぜだろう。

 広島市の大手メーカーの人事担当者は「経験談を掘り下げながら学生の人間性を知ることで、入社後に活躍できるか、社風と合うかを判断する材料にしています」と説明する。例えば、アルバイトならトラブル時の問題解決力、留学なら異なる環境での順応力などが分かる。学生のポテンシャルや資質を見極めるために欠かせない質問だという。

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 広島市内の大学のキャリアセンターにもガクチカに関する相談が急増。学生への指導に追われている。しかし、ある私立大の男性担当者は「『ガクチカ=課外活動での活躍』という学生たちの認識を改めるべきだ」と指摘する。「企業が知りたいのは武勇伝ではなく、目標達成のために工夫したことや学んだこと。それが自分の言葉で説明できれば、学業でも筋トレでもダイエットでもいい。高校時代の経験でも構わないのです」

専門家「学生と企業のすれ違い」

 「ガクチカ」をどう捉えたらいいのか、リクルートの「就職みらい研究所」(東京)の増本全所長に聞きました。

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 「ガクチカがない」というのは、学生からも企業からも聞きます。採用担当者にも「こんな状況では、大学時代にやってきたことを聞いても話してもらいにくい」という悩みがあるようです。

 確かにコロナ禍は非常事態ですが、社会に出ると計画通りに物事が運ばないことは日常茶飯事。こんな時だからこそ、目標に向かって軌道修正しながら行動できた学生はより評価されます。多くの制約の中で、自分なりにどう考えて前進したかをアピールできる。捉え方次第で、ピンチをチャンスに変えられます。

 一方で、最近はガクチカという言葉が独り歩きし、「他の学生と比べてすごい経験をしなければいけない」とプレッシャーを感じる人が多いのも確かです。その結果、ゼミの代表や部活のキャプテンをした経験、全国大会に出場した、などの分かりやすいエピソードを語りたがる。でも企業は実績ではなく経験から見える人柄や熱意、今後活躍する可能性を見ています

 学生と企業のすれ違いはデータからも分かります。リクルートが双方に採用基準や面接で重視していることを聞いたところ、学生側は1位「アルバイト経験」、2位「人柄」、3位「所属クラブ・サークル」。一方、企業側の1位は「人柄」、2位「企業への熱意」、3位「今後の可能性」でした。このギャップは、何を評価されるかを学生が理解していないことから生まれています。

 企業側も求める人材像をもっと開示していけば、課外活動ばかりを大切と思い込んでいる学生たちが変わるかもしれません。質問の意図を分かりやすく説明したり、こんな人に入社してほしいといった具体例を示したり。そうした企業も徐々に出てきています。優秀な人材の採用はもちろん、入社後のミスマッチをなくすために有効な取り組みだと思います。