見出し画像

【読書】月の裏側(日本文化への視角) その4

出版情報

  • タイトル:月の裏側(日本文化への視角)

  • 著者:クロード・レヴィ=ストロース

  • 翻訳:川田順造

  • 出版社 ‏ : ‎ 中央公論新社 (2014/7/9)

  • 単行本 ‏ : ‎ 176ページ

著者略歴

著者レヴィ=ストロースは著名なフランスの文化人類学者で、代表的な著作は『悲しき熱帯』である。婚姻関係をはじめとする他グループとのやりとりには規則性(構造)がある、と提唱した。構造主義の第一人者でもある。残念なことに2009年に100歳でお亡くなりになっている。生まれたのは1908年。

神話と歴史の連続性

 著者に限らず、日本のことを知った西洋人たちは、みな感嘆する。理由のうちのひとつは、神話と歴史の連続性、だ。

久高島における神話と歴史の連続性

 著者は1983年に、沖縄とその近隣の島、久高島(くだかじま)、伊平屋島(いへやじま)、伊是名島(いぜなじま)を訪問した。日本人研究者のフィールド調査に同行したのだ。
 家の配置や家への入り方のルール、細々とした祭祀(小皿に石が3つ置かれた竈神様とか石の上に珍しい形の貝を置いた土地神様を祀った祭壇など)を、文化人類学者らしく手慣れた様子で描写したのち著者は、

専門家たちは、これらが非常に古く、おそらく日本全土に共通していた、神道の形成に先立つ、かつての文化層に属すると信じている。…テレビや…電気洗濯機があるにも関わらず、これらの小さな森、これらの小さな岩、これらの洞穴、これらの天然井戸、これらの泉に囲まれて、私はいまだかつてないほど先史時代を身近に感じた。琉球の人たちにとって、これらのものが唯一の、しかし多様な形をとった聖なるものの現れなのである。

月の裏側 p77

と、琉球という土地に身を置くことで、神話と歴史をつなぐ今を目の当たりにし、自らも今に息づく神話の時間の中へと入っていく。「私はいまだかつてないほど先史時代を身近に感じた」と。

 久高島は沖縄本島南東部と対面しているような位置にある比較的小さな島だ。だがこの島は琉球開闢の神話の地として、浜辺の石ひとつ動かしてはいけないといわれるほど、神聖視され重要視されている天の最高神に命じられアマミキヨという女神が久高島に降り立ち、琉球を作り出したという。

南海岸は、五穀の種子を持った聖なる使者たちが現れ、最初の耕地が作られたところだ。…何と素朴な供え物が、この急ごしらえの祭壇を飾っていることが。…そこから遠くないところにある古い貝塚の跡を、さしたる関心もなさそうに私たちに示した。…女神が初めて摂った食事の残りだとのこと。…神々がもたらした穀物の種をまず蒔いたのはどこかと尋ねると…海岸から数百メートル入ったところにある、小さな原初の畑「ミフダ」に連れて行ってくれた。…その近くに女神が籠もって眠ったという穴がある

月の裏側 p81

ここに現れていることすべてが宝もののように貴重だと思うのは私だけだろうか?沖縄の世界遺産琉球王国を中心に構成されている。久高島は入っていない。けれども多分、久高島の聖なるものはそれよりずっとずっと古いものだ。この古さはきっと古事記や日本書紀と同じ、あるいは似たルーツを持っている。日本全土に共通した何か聖なるもの

こうしたことはすべて、親しみのある会話の口調で語られた。案内人にとっては、これらの出来事は、明らかな事実なのだ神話の時代に起こったのではなく、つい最近のことなのだ今日、そして明日のことでさえある。ここに足跡を記した神々は、毎年ここに戻ってくるのだから、そして島全体で儀礼や聖地が、神々が現実に存在することを証明している

月の裏側 p81

神話は、いわば、毎年、繰り返される。ここでも「本当にここでそれが起きたか?」を問う必要はない。歴史性は問題にされない。だって「島全体で儀礼や聖地が、神々が現実に存在することを証明」しているのだから。

シナ海のヘロドトス

 ヘロドトスは古代地中海世界の歴史家で、その名も『歴史』という書を書き記した人。その中に、口聞けぬ王子が叫ぶシーンがある。その父親が殺されそうになる時。
 著者は、そっくりの話を伊平屋島で聞くことになる。

歌のひとつは生まれつき口のきけない王子の伝説だった。彼は長子だったが、口がきけないことを理由に、父王は弟のほうに王座を継がせることを決めていた。王子の人柄を深く愛していた廷臣の一人が、主人を蔑ろにされるのを悲しみ、自殺しようとした。廷臣が最期の行為を遂げようとした瞬間、王子は突然言葉を取り戻し、「やめろ!」と叫んだ。回復した王子は、父の跡を継いだ。

月の裏側 p82-p83

この、沖縄に伝わる伝承とヘロドトスの伝える逸話の類似は、著者が報告するまで、欧米では知られていなかったのだろう。だけどそのほかにも、日本の神話や伝承と、古代地中海世界の神話や伝承の類似はたくさんある、という。ミダス王の伝説や百合若大臣を著者は例に挙げている。ううん、著者によれば、日本の神話伝承は世界中のそれと共通するものを持つ、ようだ。日本とヨーロッパはもちろん、日本とアメリカとインドネシア、それにアフリカが加わったり。それは、何を意味するのだろう?どうやってそういうことが可能だったのだろう?
 神話と歴史の連続性は、いわば時間軸での連続性だ。同じような逸話が散見されるのは場所を超えた人の移動の広がりを示唆するのか、それとも「人間考えることは似たようなこと」なのか。

引用内、引用外に関わらず、太字、並字の区別は、本稿作者がつけました。
文中数字については、引用内、引用外に関わらず、漢数字、ローマ数字は、その時々で読みやすいと判断した方を本稿作者の判断で使用しています。


おまけ:さらに見識を広げたり知識を深めたい方のために

ちょっと検索して気持ちに引っかかったものを載せてみます。
読んでいない本も掲載していますが、面白そうだったので、ご参考までに。

https://okinawa-repeat.com/okinawadaisukikeko-najo-yaharadukasa/

沖縄本島で最初にアマミキヨが降り立ったのはヤハラヅカサだという。現在も聖地であり、お供物を捧げる人が多数いる信仰の地である。アマミキヨの伝説そのものがイザナギ・イザナミの国生み神話によく似ている印象を受けるのだが、この「海に聳え立つ岩」という形状が、淡路島のそばにある沼島上立神岩にそっくりなのだ。沼島こそがイザナギ・イザナミが最初に産んだオノゴロ島であり、イザナギ・イザナミが周りをめぐり夫婦の契りを結んだ天の御柱が上立神岩だという伝承がある。

久高島のさまざまな写真が載っている。

https://okinawa-repeat.com/okinawadaisukikeko-nanjo-ukinju/

 アマミキヨが植えたとされる貴重な田んぼ。琉球の稲作発祥の地と伝えられる聖地「受水走水(ウキンジュハインジュ)」。

ヘロドトスは時の為政者に楯突いて追放された折に、各地をまわり、その地の伝承を含む地誌・歴史を収集していったらしい。身体を張って収集したところがすごい。

ヘロドトスという人自身を、描いたり評価したり、という本が読んでみたいと思ったけど、ヘロドトスひとりを扱った本に良さそうなのがなかった。これはヘロドトスよりちょっと若い同時代人トゥキュディデスとの比較。面白いかも。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?