感情と生きる/「壁画修復師」
藤田宜永さんによる小説「壁画修復師」を読了した。🎨
ある日、買うつもりはなく眺めていたブックオフの棚で、きらりと瞬いたように見えたこの本のタイトル。漢字五文字にピントがあった瞬間、私はたちまち吸い寄せられてしまった。
棚からそっと引き出すと、今度は内容紹介文中の文字がきらりと音を立てて光った。"フランスの田舎町"、"中世フレスコ画"ーー。全文はこうだ。
最近アートに関心を寄せている私は、"フランス" というワードに弱い。しかもその "田舎町" となれば、誰もが胸をときめかせるであろう "パリ" と同じくらい惹きつけられるものだった。これは読むべきという啓示だ……と思って、すぐにレジへ持って行った。
内容紹介に書かれている通り、主人公アベの手によって、壁画と共に人間関係の修復がなされていく。ほつれた糸とほつれた糸、絡んだ糸や切れそうな糸。静謐に見えたアベの人生にも、揺らめく過去の秘密があって驚いた。人は皆んな一本の糸で、その正体は儚く脆い。
けれども人と人との関係は、儚く見えて真実は逆、しぶとく過去と未来を繋ぐ糸だ。そこには様々な感情がはたらいていて、親子、友情、葛藤、嫉妬……どんなかたちの感情であれ、それらの引力は強い。
もう一度結び直したい絆と、解きほぐしたい複雑な絡まり。相手にとって、自分にとって、本当に大切なものを思い出すための、ちょっとの勇気。それがあれば、人はまたきっと向かい合うことができる。
ただし、時間は有限であることを忘れずにーー。
そんなメッセージを私は受け取った。
どう足掻いても私たちは感情の生き物であり、しかしだからこそ、美しいものに心を震わせたり誰かの幸せを願うことができる。感情と生きることをやめては、人生はなんと短くつまらないことだろう。
そんなことを、改めて実感させてくれたお話だった。
このようにストーリーも素晴らしかったが、文章の表情も好きだなぁと思った。壁画修復師という仕事の魅力が丁寧に描き出されていて、私もやってみたいと思うほどだった。フランスの田舎町の情景や人々の暮らしぶりの描写も秀逸で、登場人物たちの心の動きが手に取るようにわかる。なるほど、著者はフランスで生活していた経験があるそうだ。
文をなぞる自分の声に、なぜだかしっくりくる語調。水を含んだ画用紙に絵の具がスゥーッと溶けていくみたいに、じんわりと馴染む。この物語もこの作家さんも初めましてなのに、昔から知っているような……。夕暮れみたいな懐かしさが、文字の上で手招きをしているような文章だった。
また大切にしたい本が増えたな、と思った。
興味を持って下さった方は是非、お手に取ってみて頂きたい。あなたの心の漆喰もきっと剥がれて、読み終わる頃、そこには心が望んだ景色が美しく描かれていることと思う。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました
(^.^)🌷
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