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感情と生きる/「壁画修復師」

藤田宜永さんによる小説「壁画修復師」を読了した。🎨

ある日、買うつもりはなく眺めていたブックオフの棚で、きらりと瞬いたように見えたこの本のタイトル。漢字五文字にピントがあった瞬間、私はたちまち吸い寄せられてしまった。
棚からそっと引き出すと、今度は内容紹介文中の文字がきらりと音を立てて光った。"フランスの田舎町"、"中世フレスコ画"ーー。全文はこうだ。

フランスの田舎町に滞在して、教会の壁面を覆う中世フレスコ画の修復に打ち込む日本人男性アベ。
孤独の影を宿した寡黙な彼に、町の男たち女たちは、胸の裡に秘めた暗い情熱をいつしか披瀝するようになる。時には静かな傍観者となり、時には神父のように人々の告解に耳を傾けるアベは、壁画のみならず人間関係の修復にも手を貸すことになるが……。人生の哀歓溢れる5つの連作短編。

「壁画修復師」/藤田宜永 内容紹介(裏表紙より)


最近アートに関心を寄せている私は、"フランス" というワードに弱い。しかもその "田舎町" となれば、誰もが胸をときめかせるであろう "パリ" と同じくらい惹きつけられるものだった。これは読むべきという啓示だ……と思って、すぐにレジへ持って行った。


内容紹介に書かれている通り、主人公アベの手によって、壁画と共に人間関係の修復がなされていく。ほつれた糸とほつれた糸、絡んだ糸や切れそうな糸。静謐に見えたアベの人生にも、揺らめく過去の秘密があって驚いた。人は皆んな一本の糸で、その正体は儚く脆い。
けれども人と人との関係は、儚く見えて真実は逆、しぶとく過去と未来を繋ぐ糸だ。そこには様々な感情がはたらいていて、親子、友情、葛藤、嫉妬……どんなかたちの感情であれ、それらの引力は強い。

もう一度結び直したい絆と、解きほぐしたい複雑な絡まり。相手にとって、自分にとって、本当に大切なものを思い出すための、ちょっとの勇気。それがあれば、人はまたきっと向かい合うことができる。
ただし、時間は有限であることを忘れずにーー。
そんなメッセージを私は受け取った。

どう足掻いても私たちは感情の生き物であり、しかしだからこそ、美しいものに心を震わせたり誰かの幸せを願うことができる。感情と生きることをやめては、人生はなんと短くつまらないことだろう。
そんなことを、改めて実感させてくれたお話だった。


このようにストーリーも素晴らしかったが、文章の表情も好きだなぁと思った。壁画修復師という仕事の魅力が丁寧に描き出されていて、私もやってみたいと思うほどだった。フランスの田舎町の情景や人々の暮らしぶりの描写も秀逸で、登場人物たちの心の動きが手に取るようにわかる。なるほど、著者はフランスで生活していた経験があるそうだ。

文をなぞる自分の声に、なぜだかしっくりくる語調。水を含んだ画用紙に絵の具がスゥーッと溶けていくみたいに、じんわりと馴染む。この物語もこの作家さんも初めましてなのに、昔から知っているような……。夕暮れみたいな懐かしさが、文字の上で手招きをしているような文章だった。

また大切にしたい本が増えたな、と思った。


興味を持って下さった方は是非、お手に取ってみて頂きたい。あなたの心の漆喰もきっと剥がれて、読み終わる頃、そこには心が望んだ景色が美しく描かれていることと思う。


最後まで読んで下さり、ありがとうございました
(^.^)🌷

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