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〔公開記事〕鈴木加成太『うすがみの銀河』(角川書店)

静かな詩画集


蓋に森、胴にみずうみ、鏡なすグランドピアノは少女らのもの
手花火の匂いをのこす水色のバケツに百合の花は浸りて
街が海にうすくかたむく夜明けへと朝顔は千の巻き傘ひらく
 一首目、その大きさゆえに森を戴き、湖を内包するグランドピアノ。成熟した楽器に年若い少女たちの姿が映る。
 二首目、花火の匂いが残るバケツに差された百合の花。時間の経過が匂いによって描かれる。
 三首目、夜明け前に咲き始める朝顔たち。開花を、巻き傘を開くことに喩えて美しい。
 どの歌も、形象は鮮明だが色遣いは淡い。全てが静寂の中にある。描かれているのは現代の日本だろうが、薄皮一枚隔てた別の世界にも思える。
月夜、図書返却ポストの裏側のキリコの街を本すべりゆく
浜辺に置く椅子には死者が座るという白詰草の冠をかむりて
 まさにキリコやデルヴォーの絵のような異世界が感じられる。死者が座っていても何の違和感もない。そこでは作中主体は見ることに徹し、感情を露わにしないのだ。
オレンジの断面花火のごと展(ひら)きあなたは分けてくれた不幸も
ナイフ布でつよく拭へりひとおとしむるとき舌は暗くかがよふ
 それでも時折、歌に見える感情が胸に響き、立ち止まった。不幸や悪意に触れた時の心の騒めきが伝わってくる。
異形は群るるほかなく候ひらひらと鉦叩きつつ夜風過ぎたり
 巻末近くの近世を舞台にした一連より。この歌は異形に焦点があるが、連作全体に明るさと軽みがあり、心惹かれた。 
(角川書店・二四二〇円)
〔公開記事〕『うた新聞』2023年7月号

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