川本千栄

「塔」編集委員。短歌と短歌評論。第20回現代短歌評論賞受賞。歌集『青い猫』(第32回現… もっとみる

川本千栄

「塔」編集委員。短歌と短歌評論。第20回現代短歌評論賞受賞。歌集『青い猫』(第32回現代歌人集会賞)『日ざかり』『樹雨降る』。評論集『深層との対話』。他『D・arts』。第四歌集『森へ行った日』ながらみ書房出版賞・日本歌人クラブ近畿ブロック優良歌集賞。第二評論集『キマイラ文語』。

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『塔』2023年7月号(3)

⑮リサイクルできないものが好き 道に散る木蓮の花の汚さ 丘光生 一回性の、二度と使えないもの、それが好きだという潔さ。例えば花びら。散った木蓮、おそらく白木蓮が薄汚れている。散るままに汚れるままにしておきたいのだ。三句の句割れで、息を一度吸う感じ。 ⑯土曜日の夜のわたしは映画館 わたしのための とてもちいさな 田村穂隆 休日前夜の自分を映画館だと捉える。自分自身のための小さな映画館。何を映すのかも自分次第。映すのも見るのも自分一人だけ。少しの演技性と寂しさ。ブツ切れの文体も

    • 『塔』2023年7月号(2)

      ⑧かいがらは貝より生まれ添いながらいつか墓標となる楯のこと 浅井文人 貝殻と貝を容器と中身のように捉えていたが、認識が改まった。貝殻が生まれてから死ぬまで、だが、特に「添いながら」というところがいいと思った。何かに添い遂げる一生、といったことも思う。 ⑨わたくしを赦さぬひとりゐることの春告ぐる雨のはげしきゆふべ 三上糸志 激しく降る雨に似た感情に思いを致している。主体自身を赦さないと思っている、誰かの感情だ。主体にはどうにもできないし、しようともしていない。その気持ちを感じ

      • 〔十首評〕鈴木加成太『うすがみの銀河』(角川書店)

         不思議な静けさに満ちた歌集。美しい語彙、眼前に描き出される風景、まるで言葉で描いた絵のような、それらが綴じられた画集のような印象の歌集だ。それらの風景は、現実を描いたものであろうが、どこか現実と紙一枚隔てたような異世界を感じさせる。感情を抑えて、見ることに徹している作中主体。歌集半ばから、少しずつ現実との接点と、それに伴って感情が見える連作が表れる。「浜風とオカリナ」「ひぐらし水晶」、東日本大震災の被災地に取材した連作「石巻」、「高音域」などの連作に惹かれた。   蓋に森、

        • 〔公開記事〕鈴木加成太『うすがみの銀河』(角川書店)

          静かな詩画集 ・蓋に森、胴にみずうみ、鏡なすグランドピアノは少女らのもの ・手花火の匂いをのこす水色のバケツに百合の花は浸りて ・街が海にうすくかたむく夜明けへと朝顔は千の巻き傘ひらく  一首目、その大きさゆえに森を戴き、湖を内包するグランドピアノ。成熟した楽器に年若い少女たちの姿が映る。  二首目、花火の匂いが残るバケツに差された百合の花。時間の経過が匂いによって描かれる。  三首目、夜明け前に咲き始める朝顔たち。開花を、巻き傘を開くことに喩えて美しい。  どの歌も、形象

        『塔』2023年7月号(3)

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          『塔』2023年7月号(1)

          ①装飾を削ぎとりてなおあきらかに柩を運ぶ車とわかる 相原かろ 以前霊柩車はとても装飾が多かった。いつの間にか装飾が減ったが、本当にいつからなのだろう。最近霊柩車を見る回数が減ったように思っていたのはそうした訳か。主体はそれでもすぐ気づいているのだ。 ②斜めにと帽子をかぶり笑む義母をその子の隣に飾りたり 𠮷川敬子 遺影となった義母。少し斜めに帽子をかぶり微笑んでいる。「その子」はおそらく主体の夫だろう。「隣に」ということは子の方が先に亡くなったのだ。直接描かれていないが主体の

          『塔』2023年7月号(1)

          『うた新聞』2023年7月号

          ①田中拓也「信綱の教育観」  佐佐木信綱の多くの業績の中から「教育者」の側面に的を絞った論。歌人、日本文学研究者としてとはまた違う面で興味深い。知らなかったエピソードばかりだ。 〈(小野寺百合子は)信綱に弟子入りをし、歌の稽古を受けるようになった。その時の指導は毎週土曜日に信綱宅で美濃紙に記した十首の添削を受けるというものであった。〉  ある時代まで普通であった一対一の歌の稽古は、旧弊であるとか宗匠主義であるとか、批判されがちだ。考えてみれば、佐佐木信綱に週一回、一対一で歌を

          『うた新聞』2023年7月号

          『現代短歌新聞』2023年7月号

          ①佐藤通雅「斎藤茂吉没後70年 実相観入説と美術文」 〈対象を目のまえにし、その核を手にするには、まず、自分を限りなくゼロにしなければならない。そのうえで、自分の眼力によって、対象の秘め持つ核へと迫ることを必要とする。なぜなら、対象は、(…)それをまえにする鑑賞者の力量分しか、姿を見せてくれないからだ。〉  斎藤茂吉の実相観入説について。佐藤の文は抽象的なようでいて実は実践的に思える。特に挙げた最後の部分は実に刺さる。 ②小島ゆかり「短歌の筋トレ」 馬と驢と騾との別を聞き知

          『現代短歌新聞』2023年7月号

          『短歌研究』8月号届きました!

          (過去ログ)本日、届きました。うれしいです。川本千栄作品20首「正気」、載ってます。ぜひお読み下さい。 2023.7.24. Twitterより編集再掲

          『短歌研究』8月号届きました!

          『短歌研究』2023年8月号に20首

          (過去ログ)明日発売の『短歌研究』8月号に川本千栄作品20首「正気」掲載いただいています。お読みいただければ幸いです。 2023.7.20. Twitterより編集再掲

          『短歌研究』2023年8月号に20首

          第一歌集の豊饒(後半)【再録・青磁社週刊時評第三十四回2009.2.9.】

          第一歌集の豊饒(後半)              川本千栄  次に日常生活を素材にしつつ、歌の上手さで勝負するタイプ。   見られまいと枝の向こうへ回る蝉 震える腹がはみ出しており 細溝洋子『コントラバス』   雨の音は雨が何かにあたる音 ヒマラヤシーダに無数の葉先   畑中に梨の花咲く 人ならばきっと無口と思う白さに   ひとふりに大琉金はゆらめきて関町図書館閉館まぢか 柚木圭也『心音〔ノイズ〕』   強制はなかつた/あつた 黒鯛(ちぬ)群るるごとき真闇が地を覆ひ初む

          第一歌集の豊饒(後半)【再録・青磁社週刊時評第三十四回2009.2.9.】

          第一歌集の豊饒(前半)【再録・青磁社週刊時評第三十四回2009.2.9.】

          (青磁社のHPで2008年から2年間、川本千栄・松村由利子・広坂早苗の3人で週刊時評を担当しました。その時の川本が書いた分を公開しています。) 第一歌集の豊饒(前半)               川本千栄  2008年の年末にかけて、総合誌の新人賞や結社賞を受賞した歌人の第一歌集が多く出た。『銀河の水』駒田晶子(第49回角川短歌賞)、『神の翼』嵯峨直樹(第47回短歌研究賞)、『Starving Stargazer』中島裕介(2008年度未来賞)、『コントラバス』細溝洋子(

          第一歌集の豊饒(前半)【再録・青磁社週刊時評第三十四回2009.2.9.】

          河野裕子『紅』(10)

          ドアの隙(ひま)はいつも不思議な感じにて子らの目鼻が小さくのぞく ドアを少し開けて子供たちがこちらを覗いている。子供たちの目鼻が小さく見える。それだけのことなのだが、「いつも不思議な感じ」でちょっとした異界との隙間のように思えてくる。 雪の夜に覚めておもへば過ぎしひとの寡黙の意味も沈透(しづ)き見ゆるなり 雪の夜に目が覚めたまま死んでいった人のことを考えた。雪の夜特有の静かさのせいかもしれない。あの人が寡黙だった理由も今、深く透きとおるように分かる。結句の字余りに重みがある

          河野裕子『紅』(10)

          河野裕子『紅』(9)

          濁り水足で掻きつつ聞きおれば雨夜に笑ふとふ鯰の話 池か沼の端に座ってぬるい水に足をつけている。足で水を掻きまわしつつ相手の話に耳を傾けている。嘘か本当か、雨の夜にこの沼に棲む鯰が笑うというのだ。ほら話のような童話のような、のんびりくつろいだ雰囲気だ。 午後長し子らが居らねば子らのやうに土に円描き跼みてをりぬ 子供たちが出かけてしまうと午後の時間が長い。子供たちがしていたように地面にかがんで円を描いてみる。海外でのたった4人だけの家族。家族がいない時の心細さが、初句切れで強く

          河野裕子『紅』(9)

          河野裕子『紅』(8)

          すゐかづら吸ひ吸ひもの言ふ二人子の二人ながらに鼻の雀斑(そばかす) 花の蜜を吸いながら子らが話す。どこか懐かしい光景だ。子の鼻は陽に灼けて雀斑ができている。二人の子の二人共。「吸ひ」「二人」の音の重なりも軽やかだ。 茄子の花かがみて見せくるる老黒人バレンタイン氏と畑へだて住む なかなか心許せるアメリカ人の友人が歌に登場しないが、このバレンタイン氏は優しい風貌が浮かぶ。主体は背の低い日本人女性、身体をかがめて茄子の花を見せてくれる隣人の姿。その笑顔も浮かぶ。 水の上(へ)に

          河野裕子『紅』(8)

          河野裕子『紅』(7)

          非力なる母国語日本語上の子は英語に負かされ今日も戻り来 上の子は未だ流暢に英語が喋れない。小学校でケンカになり、英語を話す子らに負けて帰って来た。主体は母として心を痛めている。子が彼らに劣るのは英語の能力だけ。日本語の豊かさはここでは非力なのだ。 日本人が日本人がといふ自意識に私やせるなよ言葉やせるなよ 自分に言い聞かせている。多様なアメリカ人の中で日本人としての自己を失わずにいたい。だがそれを思い過ぎて、自分の心や言葉が痩せてはいけない。豊かであり続けたい。呪文のように同

          河野裕子『紅』(7)

          河野裕子『紅』(6)

          母国語のゆたかな母音の快さ子は音読す”太郎こほろぎ” 子供の音読する日本語の音にうっとりと聞き入っている主体。日本語は英語に比べ母音が目立つ。英語の子音の鋭い響きは耳に痛く刺さったりする。それゆえ英語の中で生活していると日本語の母音に浸りたくなるのだ。 国力は民族の健啖に比例せるか大陸中華を今更に思ふ/獣脂たぎる鍋を囲みて食ふ見れば長き竹箸あやつり食らふ ボストンの四川料理の店で。獣脂の匂いに食欲を失くす主体達。中国人達は長い箸で獣脂のたぎる鍋を食べている。物を食う力はその

          河野裕子『紅』(6)