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8月31日の夜は海の底にいたことがある

小学校6年の夏休みは、2度あった。

北海道にいたので、一度は8月20日前後に終わって、登校。
「引っ越すので、転校します」と告げるために。

北海道から、東京への父の転勤。
いつも急に決まる。

でも。

夏休みの間でなくてよかった。
クラスに別れを告げずに消えなくてよかった。

一方で、これなら夏休みの宿題をしなくてもよかったじゃない。
とも思った。

お別れの会をするにも急で。
バタバタと寄せ書きをもらって、あいさつをして。

「卒業アルバムを出すときは、連絡をするから。ここにずっといたんだから」
担任の先生にいわれたけれど、半年後に連絡は来なかった。

2日だけ学校に行って、そのあとは引っ越しの準備。

父は先に東京に行っていて、母が文句をいいながら一人で荷物をまとめていた。姉と私とともに。

6年前に東京から北海道に引っ越してきたときもそうだった。
その時も父は不在で。
まったく戦力にならない姉と私に、母は「邪魔しないで」「あっちへ行って遊んでいて」というばかり。
大変だったと思う。

たくさんの大きな箱に、ただ驚いていた。

6年前より、少し働く私たちではあったが、身の回りのものを詰めるので精いっぱい。

片付けていたら、友達が二人来てくれた。

しっかり者のかつみちゃんと、おとなしくて優しいたえちゃん。
そっと手紙を渡してくれた。
たえちゃんはちょっと泣いていた。

私はバタバタの中で「ありがとう」というのが精いっぱいで。

ちゃんと別れを告げられなかった。


数日後に飛行機で、東京へと飛んだ。
飛行機に乗るのは2度目で、一度目は北海道に来る時だった。

東京は8月いっぱいは、まだ夏休みで。
2度目の夏休みだけど、ちっともお得な気持ちになれない。

数日間、荷解きをして、片づけて。

母が転校の手続きをしたけれど、まだ学校には行っていない。

すぐ近くだと教わったけれど・・・。

新しい学校。
誰も知らない。
先生も、クラスメイトも。

夏休みの宿題だって、出さない。
勉強の進み具合も、違うだろう。

田舎者だってバカにされるんじゃないかな。
(北海道の方、ごめんなさい)

学期の途中で、卒業まであと半年しかないのに。

私の居場所なんて、あるの?

友だちなんて、できるの?

8月31日。

ドヨンと暗い、海の底にいるような気持ちで、過ごしていた。

こわかった。

ひとりだった。

このまま、明日が来なくてもいいな。

ぼんやりと思いながら、膝を抱えていた。

母も、姉も、私も、自分のことで精いっぱいで、会話のない食卓。
子ども部屋に戻っても、することはない。

「いやだなあ・・・」
「行きたくないなあ」

心でつぶやくのは、そんなことばかり。

布団に入っても、いつもと違って、目が冴えて。

「明日、行くのかなあ」
「おなか痛くならないかな」

泣きたいのではなくて、ただ気持ちが重くて。
おなかの底がズンと冷えた。


その時に思い出したのは、たえちゃんの涙だった。
かつみちゃんの手紙も。

おなかの底が、ポッと、温まった、気がした。
小さな、灯りがつくように。

ほっとした。

その時は言葉にできなかったけれど。

惜しんでくれる友達がいた。
私を小さく抱きしめてくれた。

それからゆっくりと眠った、気がする。

翌朝は、仕方なく起きて、支度をして。
新しい学校に行った。

背中を押してくれたのは、たえちゃんとかつみちゃんだった。
小さな手のひらで。

いないけれど、いてくれて。

私は新世界に立ち向かう気持ちで、学校へと歩いた。

ありがとう。


※イラストはkaerucoさんからお借りしました。ありがとうございます。

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