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桜にはまだ早かったけれど

「去年までやっていたんだ、ぎりぎり間に合わなかった」
閉店の張り紙に悔しそうにつぶやく。

京都にもこんなところがあったのかと驚く、学生街の小さな定食屋さん。
大学生活をこの界隈で過ごした彼が、観光ではない京都を案内してくれた。初めてなのに、妙になつかしく感じる。

出会ったのは去年。
仕事でトラブルに陥っていた私に、さりげなく手を差し伸べてくれた。
お礼にご飯をごちそうし、いつの間にか一緒に暮らしていた。

それは私にとって驚天動地だった。
いつも人と距離を取り、硬い鎧をまとっていたのに。
いつの間にか脱がされていた。

定食屋をあきらめ、近くの小料理屋を覗く。狭いカウンターでぴったりと寄り添って座る。
袖摺れになれた喜びと気恥しさに上気する。

「桜には早かったな」とぬる燗を注ぎながら、あなたがつぶやく。

桜は見られなくてもいいの。もう私の中に咲いているから。

あなたは私の催花雨。
しっとりと私を濡らし、花開かせてくれた。

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