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子どもを受け入れて子どもの成果を自分の喜びにしない

息子がちょいと摘まみ上げられて、砂漠にポトンと落とされても、生きていけるようになってほしい。

そんなことを思っていた。
生まれる、かなり前は。

しかし、今やだれからも「過保護」と思われる、ていたらく。

何くれとなく世話をしていて、子離れもしていない。
そう思われているし、そういわれて否定できない。
・・・というほどの、世話はしていないのだけど。

ただ砂漠に息子が落とされたら、たぶんあっという間に干あがってしまうだろう。


ひとつの対局となる育て方は、漫画家のヤマザキマリさん。
マンガ『テルマエ・ロマエ』の作者だ。

波乱万丈の人生。

イタリアで10年間同棲していた相手とできちゃって、でも彼と別れて未婚の母として日本に帰国。
母の助けを借りながら、ガムシャラに働き続けた。

あるとき、イタリアの20歳の若者に恋をされて、結婚。

息子さん・デルスは小学校入学前に、いきなり彼の所在するシリアに引っ越すことになる。
しかも、旅に出ると遺跡に夢中の「両親」に置いてきぼりにされること、多々あり。
数年後、近くで爆発事故が起きてポルトガル・リスボンへ移動。
また数年後、今度は義父の研究施設先であるシカゴへ。
その後、自分の意志でハワイ大学へ進学。

実にグローバルだし、だれからも愛され、一方でいじめを含め、多くの体験をしている。
実に大らかで、強い。
彼女の母親との『ヴィオラ母さん』もおもしろいのだが、今回は・・・

母親としてのヤマザキマリのどうしようもない生き方と葛藤も、ある。

息子さんはあとがきで、シリアに行くと告げられた時は冷静ではなかったし、落胆したし、「早く大人になりたい」と願った、と書いている。
親が感じていた以上に悩み、悲しみ、傷ついていた。

でも「母のおかげで国境のない生き方を身に着けられた私は、おかげさまでこれから先も、たったひとりきりになったとしても、世界の何処であろうと生きていけるだろう」と綴っている。   「あとがきにかえて」より

確かに、彼は砂漠にポトンと落とされても生きていけるだろう。

ヤマザキマリさんは
「子育てに欠かしてはならないのは、たとえ子供にどんな理想が芽生えようとも、あらゆることが未来では起こりえるという感覚を持つことと、母親という立場から離れて、自分の力で自らを満たすすべを持たなければならないことではないだろうか」とその本でいう。

つまりは
・子どもの未来はどうなるかわからないと覚悟しよう!
・自分の喜びは、子どもに頼らないで自分で見つけよう!

ということ。

過保護だろうと、放任だろうと、変わらない。

子どもに理想を押し付けない。
子どもの達成や成果を、自分の喜びにしない。

かんたんなようで難しい。

私は息子を丸ごと受け入れている、つもりでいた。

でも、友人は「理想が高いよ」

私が「もっと本を読んでほしいんだけどねえ」
といったときだったか。

息子は本を読むけれど、1か月に1,2冊。
突発的に、映画の原作本を読んだり、好きなスポーツの戦術の本を読んだり。

もうちょっと読んでほしいなあと思っているけれど。
これは私の欲望なのか。
そう願うのが当たり前だと思っていた自分に、気がつく。

「いまだに毎朝起こすんだよ」と嘆いた時も。
ああ、ここに書くのも情けない・・・。

友人は「そんなもんだよ」

友人の息子さんは、いじめによって高校を中退。
通信で卒業し、今は資格を目指しながら働いている。

こんな、たった2行では書けないくらい「つらかった」。

「でも全部受け入れてから、楽になった」

「それまでは、私と目も合わせなかったし、私もずっとどうしようどうしようって追い詰められていたから」

受け入れる、そのことの深さと広さ。

ぜんぜん足りていないよ、私。

子どものことで一喜一憂している、まだまだ。

子どものことは大いなる喜び。
でも、その「成果」に一喜一憂するんじゃない。

いてくれるだけで、それが喜び。



※イラストは山本巳未さんにお借りしました。ありがとうございます。

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