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湘南とサザンとナンパ斬り事件

海が好きである。
毎年夏には中高時代の友人たちと、どこかしらに海水浴に行くのが恒例になっている。日帰りの場合は、友人もわたしもサザンオールスターズのファンということもあり、湘南に行くことが多い。

大学3年生くらいのとき、その年の夏も湘南に友人と出かけた。わたしと友人は一眼レフを確か購入したばかりで、そのときは海水浴よりは写真撮影がメインだった。

テラハにも出てきた海鮮の店に行ってうまいしらす丼を食いながら真っ昼間からビールを飲み、江ノ島の展望台でカップルを冷やかし(自分たち自身にも恋人がいるくせに、なぜか昔からカップルを「ふん、なんだよいちゃつきやがってちきしょうめ」と僻む癖がある)、砂浜で足首まで浸かって右方の江ノ島を見ながら「江ノ島が見えてきた!」「俺の家も近い!」「今何時!」と叫び合うサザンごっこをし、わたしが砂浜に「いろはす」のペットボトルを落っことして砂まみれしてしまったのを見て彼女が「どろはすじゃん」などと命名し(彼女の言語反射神経というか言葉のセンスはいつもものすごくくだらないのにやたらとおもしろくて、それだけで30分近く笑い転げていた)、ひとしきり楽しんだあと、事件は起きた。

由比ヶ浜あたりまで戻って帰りがけに夕飯でも食って帰ろうか、ということになって、わたしたちは江ノ電の駅のホームのベンチに座って電車を待っていた。その日はちょうど鎌倉で花火大会があり、人がごった返していた。電車を2本ほど見送ってぺちゃくちゃとおしゃべりをしていたら、ふいに30代前後くらいの男が「ここいいっすか」と言いながら友人の隣に座ってきた。

「いいっすよねえ鎌倉。てか俺、ショートの女の子ってめっちゃ好きなんですよ」と明らかに泥酔した様子で男はわたしたちに絡み始め(わたしも友人もショートヘアである)、ナンパが大っ嫌いなわたしは露骨に眉をしかめて男をシカトした。

話は逸れるが、ナンパをされたことをたまに誇らしげに話す女性に出会うことがある。しかしナンパというものは、「かわい」くて「美人」で「魅力的」だからされるものではない。あれは「やれそう」認定をブチ食らわせてきているだけなのだ。ものすごく不名誉かつ不愉快なものなので、ナンパをする男を心底軽蔑している。

ともかくその男の無遠慮で失礼極まりない「やれそう」認定にわたしがブチ切れ倒して無言になったもんだから、友人が男の相手をするハメになった(このときことはちょっと悪かったなと思っている)。友人がめんどうくさそうに適当に相槌を打っていても、男はなかなか立ち去らない。わたしがため息をついたり、舌打ちしているのを聞いて、ようやく男は「あれ、もしかして俺のせいでお姉さん不機嫌になってます?俺今迷惑かけてる感じっすか?」と言い出した。すると友人がそれに対して間髪入れずに、「そうっすね」と即答をかました。

黙り込んでいたわたしは、その潔すぎるぶった斬りに思わず盛大に吹き出した。男はやっと気がついたのか、彼女の冷水のような返事でやっとベンチから立ち上がり、すごすごと人混みの中に消えていった。

もう何年も昔のことなのに、この友人の見事なまでのぶった斬りは今でもよく思い出す。この男も、今までのナンパ人生の中でここまですっぱりとシャットアウトされたことは、おそらくなかったんじゃないだろうか。さぞかしいい経験になったことだろう。知らないけど。

一昨日ちょうどその彼女と電話していたのだが、「コロナちょっとまたやばいし、今年は海は無理かもね」という話の流れでまたこの事件を思い出して爆笑してしまった。「チカゼが黙っちゃうから私が言うしかなかったんじゃん」と毎回叱られてしまうのだが、全くその通りなんだけど、彼女に任せたことで結果数年後も笑える思い出になったので、まあよかったんじゃないかと(わたしは)思っている。

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