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読書人間📚『あちらにいる鬼』井上荒野


『あちらにいる鬼』井上荒野

2021年.11.30 第1刷発行
2021年.12.10 第2刷発行
朝日新聞出版

作者の父 井上光晴と、私の不倫が始まった時、作者は五歳だった。瀬戸内寂聴

【__父と母、そして瀬戸内寂聴をモデルに、逃れようもなく交じり合う3人の〈特別な関係〉を、長女である著者が描き切った衝撃作】


全341ページ、半分あたりで精神力が尽きてくる。いよいよ、どんな瞬間、状況でさえも出会った全ての女と関係していく夫に嫌気がさしてくる。と同時に我が事かのように、そんな男の愛人である事に嫌気がさしてくる。
妻の立場になろうが、愛人の立場になろうが、この男の側にいるには余程の精神力、無感情、無干渉でなければ難しい。関係を持った女たちを、つまらぬ嘘と共に妻と愛人に紹介してくる男の無神経さに、読みながら私もどっぷり神経をこそぎ取られました。一体、この男は、妻を、愛人を、その他、女たちを何と思っているのか? そろそろ妻も愛人も、離別すれば良いではないか、そんな男捨ててしまえ。そう心の中で毒づきますが、いよいよ愛人が出家すると言う場面。胸が締めつけられ込み上げます。



夫の魂は病床でさえも爛々と女を追い求めるが、老体は用を足さない容器となり、妻を求めて名を叫び出す。あれほど女たちのこころを顧みることなく、女の体を食い尽くしながら今更、妻を求め名を叫ぶ。哀れとも、滑稽ともわたしは白々とした感覚でその場面を読んでしまいます. . .   自分の男だったらどうだろうか、離婚せず、「あなたには吐き気がするわ」と怒声を発しながらも、その男を見続けてきた妻の立場ならどう感じるだろうか. . .  ただ命の消えゆく様を、男と女ではない領域から見守るのだろうか。そう思いながら涙が溢れます。この思いはどこへ行くのだろう、命の尽きる時、一緒に持ち去ってくれるのだろうか。こんなもの残されて逝かれては妻の人生はなんだったのか。




妻の視点。小説家、書く仕事をしている人間の側にいると避けられない問答なのでしょうか。こころの揺れ動く様がたまらなく胸に詰まります。文豪、谷崎潤一郎の、周りの女たちの事も記憶に浮かびます。

「ただ長内みはるが何を書いても、その小説の中に、篤郎のことはきっとあらわれてしまうだろう。無意識に、あるいはどうしようもなく。」
「そうだ、わたしはとうとう、彼の小説の中に、わたしたちの愛の証拠を見つけることはできなかったのだった」


また愛人の、女、生みの親としての視点。瀬戸内寂聴と、その捨てた我が子との場面をこう書き切った作者の思い切り。作家とはこういうものかと驚きます。そこに至るまでの現実の寂聴と、作者の交わった時間が如何に濃厚だったか、羨ましくさえ思います。

「家と娘を捨てたのは自分が望む人生を生きたからだった。出家もそうだ。わたしが俗世を捨てるのは、悔恨からではない。自分が生き抜くためだ__娘のためではない。」




井上荒野さんの文章は驚くほど清潔感がありました。荒々しい汚さがあるかと想像していましたが、一切ありません。母と、その愛人、寂聴さんに向けた誠実さだけが伝わる文章と表現に圧されます。
寂聴さんは荒野さんがこれ程の作品を書き上げられたことを、きっととても喜ばれただろうと想像します。否定し断罪するのではなく、もちろん正当化もせず、書き留めてくれた作者に感謝する思いだったろうと。

父、光晴と寂聴さんの物語りではなく、深く呼応しあった女たちの生の物語り。映画化決定も納得、素晴らしい。
寂聴さんが亡くなった今、本書を手に取り、共鳴し泣き腫らし、新年2冊目、満足の作品です。



メモ✍🏻 
最後に、問題の男、作家、光晴の経歴を見て驚きました。
福岡県久留米市で生まれ、長崎県崎戸町、佐世保市で育つ。佐世保生まれのわたしとしては読み捨てならない。なんと、お近くにいらしたのですね。
本書、事実にある、文学学校も、私が生まれたあたりの年に佐世保から開講されていらっしゃる。
個性豊かなお父さまが育った場所が佐世保だったとは. . .   どっさり泣いた後の、私のカサカサにひりついた頬が更に引きつります. . .  この男、わたしにはホラーです。参りました。




カバー装丁 芥陽子

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大好きな川上弘美さんが寄せている帯も、手にとる決め手です。


解説『訣別』川上弘美
「白木という男にとらえられることは、女にとってあきらかに消耗することだからだ。多情だから、というだけでなく、白木という男の中にある、洞(ほら)のような同時に妙に賑やかなような闇を、共にわかちあうことは、たいへんに困難なことだからなのである」


映画化!! エンディングには大好きな浜田真理子さんの歌!!

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🌝声、発声、機能を考える
ボイス・ボーカルレッスン/東京都 
音楽療法(医療行為は行わない)の観点からオーラルフレイル、口腔機能、老化防止を意識した呼吸法、発声のレッスンも行います。

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