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焦りを抱えた夜を抜け

何もせずに日が暮れた一日を取り返さなきゃと焦って夜の散歩に出掛ける。
落ち着きとなんとなくの安心を探したくて外に出てきたのに、曲を選ぶ指はロックバンドを中心にアーティスト欄をスワイプしている。
おすすめされて聴くようになった9mm Parabellum Bullet を聴きながら夜の道をただ歩く。
METALLICAのパーカーで暖を取りながら、曲のリズムに合わせて足を前に運んでいく。

ふと横に視線をやると、もう一人の自分がコンビニのあんまんをもぐもぐ食べている。
あれだけ食べたかったあんまんを当然のように平らげようとしている。

ちょっと、俺の分残しておいてよ、ちょっとちょうだいよ。

「やだね、あとひとつだけ残っているのを見つけてきたんだもん、それも三軒回ってやっとだよ、これは一人で食べさせてもらうからね。」

話を粘っても譲ってくれそうな素振りは一切無い。断固として一口はくれない。示談に持ち込んで一口ぐらいもらいたかったけど、なぜか今日は意地になって言葉を紡ぐ力が湧いて出てこない。

あっという間に半分を食べ切っている。火傷するのを怖がって、フーッと息を吹きかけている。それは三回もやらなくていいだろ。

散歩に繰り出したのは、答えの出ない考え事をすっきりさせるために呼吸を意識したかったのか、それともコンビニを巡ってお目当ての食べ物を探していただけなのか。

その真意はこいつに聞かないとわからない。

あんまん美味しい?満足した?

「そりゃあ美味しいよ、それは自分のことのようにわかるでしょ?わかってるのになんでわざわざ聞いてきたの?」

嫌なことを聞いてくるやつだ、性格悪いな。どんな人格を作り上げればこんな意地悪な質問返しができるんだ。

意地悪い表情で目の前のあんまんだけに集中している。こちら側の感情の揺さぶりは一切気にしていない。自分勝手の権化みたいなやつがどうして隣にいるんだよ。

自分の中で憎悪が湧き立っていく間に、薄気味悪い笑みを浮かべながらあんまんを完食している。本当に情けも持ち合わせていなかった。冷たいやつだ。

「あ〜おいしかった。で、このままどこに向かってくの?目的達成したから帰りたいんだけど。」

早いよ、まだ家を出てきて三十分しか経ってないよ、これで帰っても暇つぶしに出かけたのと同じじゃん。もう少し遠くまで足を伸ばしてからUターンするよ。

「そんな遠くまで進んで何になるの?それに暇つぶしには変わりないでしょ?考え事とか適当なことを言い訳にするぐらいならさっさと帰ろうよ。」

いや、まあそうかもしれないけどさ。そんな早く帰りたくないんだよ。何かと気まずいことが多いから。別にどうしてもってわけではないけどね、、、

オブラートに包むことも忖度することも知らない、酷すぎる。無人格者そのものだ。

こんなやつ、放っておけばいいのに!横から助け舟のような言葉が飛んでくる。キャッチできずに歩いていこうと思っていた方向に消えていった。追いかけるように散歩を再開する。

ぶつぶつ文句を言ってる割には少し後ろをしっかりとついてくる。
可愛げがないのに、有無を問わずに先陣を切ると二メートル後ろを維持してぴっちりとついている。

目的も何も決めずに飛び出した散歩に意味なんてない。さっきは否定してたけど実際は暇つぶしなんだと思う。意味を考えれば考えるほど帰りづらくなる。

街のパチンコ屋がまだまだ盛り上がっていたり、カラオケ屋から出てきた三人組が店の前で笑顔で解散していたり、イヤホン越しにきのこ帝国が流れてきたり。

何も変わらない街の描写に意味もへったくれもない。前に進むことで精一杯になっていたから良かったけど、もうこれ以上進むとグッと帰る時間が遅くなるな、というスポットまで来たとき、回れ右をする。百八十度回転する。まだいた。

もうそろそろ帰ろうか、かなりの距離歩けて満足したよ。あんまん食べてからのいい運動になったでしょ?

「長いよ!!足パンパンだわ。どうしてくれんの、ここからUターンするってことは今きた道を戻るってことでしょ?信じられないわ。あーあ、いったん休ませて。」

文句を聞いてやろうという気も起きない。ここは言いなりになって三十分は座って休んだ。

行きとは反対の車線で歩みを進める。後ろから車に追い抜かれていくことを意識しすぎると自分にぶつかってくるんじゃないかと過剰な不安に陥ることがたまにあるから、イヤホンをして車道から距離を取る。

暗さが往路の比ではない。車のライトと電灯を頼りに、ガードレールの内側を歩いていく。

聴覚を預けているうちは目の前の光の変化で危険かどうかを察知する。車通りも人通りも多くないし、ひとりの夜に彩りを重ねていく。

スタンスミスは履いていないが、歩幅とリズムに変化をつけて軽くダンスしている気分を味わう。

家の前まで戻ってきてから、ようやくイヤホンを外すと、室外機の音だけが小さくしていた。

思い出したように振り返ると、誰もいない。

すごい冷たくてしっかりと傷をつけてくるやつだったけど、別れを惜しんでいる自分がいる。なんだかんだひとりで散歩するよりはずっと楽しい。散歩するたびに呼び寄せたい、あんまんを餌にして。
用心深そうだから引っかかってくれる気はしなけど、それでもまた夜を抜けたくなった。

コンビニで買ったジャスミン茶は、あと150mlも残っていた。

自分を甘やかしてご褒美に使わせていただきます。