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【感想】ザ・カルテルが凄いので、物書きならば読んで欲しい話

 前作「犬の力」を読み終えた僕は、一息で「それは、欲望という名の海」を書き上げた。
 その作品はアルファポリスの眼に止まって受賞。そして刊行後はデビュー作ながら、日本歴史時代作家協会の文庫書下ろし新人賞を得た。

 その「犬の力」を読み終えた時、僕はこう感想を記した。

――衝撃である。 それほどの作品だった。海外文学が僕の創作領域に突然現れ、眠っていた脳味噌を叩き起こしてくれた。 まさに黒船来航。 この作品は、僕の物書きとしての人生を左右する一冊になるであろう。 万人にお勧めはしない、むしろ読んで欲しくない。そんな作品――

犬の力

 事実、これを読み終えて書いた作品で、僕はデビューすることが出来た。
つまり、ドン・ウィンズロウが僕をプロに押し上げてくれたと言っても、何ら過言ではない。

 そして今回、その続編となる「ザ・カルテル」を読了した。本来感想はXにポスするのだが、長くなりそうなのでこちらに記す。

ザ・カルテル

 前作はDEA(麻薬取締局)捜査官アート・ケラーと麻薬王となるアダン・バレーラの若き日から始まり、友情を築きつつも、立場の違いから道を分かち、そして友人や家族を巻き込んだ殺し合いに発展する30年の物語。
 当時の時世を背景に物語は進むので、どこか歴史小説の文脈も持つのだが、本作はその続編。娘の死をきっかけに、空位となった玉座に帰還するために動き出したアダンと、標的にされたケラーが現場に復帰し、再び泥の間の麻薬戦争に突入するというもの。
 しかし、今回は少し違う。前作はアダンという王がいたが、今作では一度空位となっているため、メキシコはカルテルによる群雄割拠となってしまったのだ。中でも最も狂気に満ちた存在となるのが、セータ隊という軍隊カルテル。
 セータ隊のモデルは、間違いなく「ロス・セタス」だろう。セタスの綴りは、Z。つまりセータだ。
 このセータ隊が、文字ですら直視出来ないほど凶悪な殺人を犯し、恐怖で民衆をメディアを政府を支配していく。その勢いには、アダンですら押されるほどで、ケラーはDEAとしてアダンとセータ隊という二つの敵を抱えていくこととなる。

 というのが今作の本筋で、前作同様に魅力的な登場人物が数多く登場しては、儚くも消えていく。
 ただ、ここはメキシコ。諸行無常を感じる余裕などなく、誰かを殺した銃声は誰かを殺すスタートの合図に過ぎない。

 そんな本作であるが、感想は一言しかない。

凄すぎる

 かのジェイムズ・エルロイが激賞する理由もわかる。
 この作品は前作以上に凄い。描写、文章、言葉選び、キャラクター、設定、展開。全てが100点以上。
 これから物書きを志す人には、是非読んで欲しいほどだ。
 特に展開は驚きの連続で、ある程度は予想していても「それ以上」を提供してくるから本当に凄い。
 ただ、これでは単なる上手い小説に過ぎない。そうじゃない。これが唯一無二の作品たらしめているのは、作者自身の怒りだ。

 際限のない暴力。
 もう誰が何のために、誰の指示で誰を殺しているかわからない混沌。
 汚染された警官や政治家。
 口を噤むしかないメディア。
 巻き込まれる市民。
 もたらされる無政府状態と、黙認する大国。
 作者は間違いなく、麻薬戦争に怒っている。

 前作「犬の力」は、麻薬戦争の現実を訴えながらも、やはりエンターテインメントだった。
 しかし、今作は違う。作中で訴えられたメッセージからは、確実に血の臭いがしたのだ。
 それは、現実に目を向けてくれ。麻薬に手を染めないでくれという願いだったと思う。
 それを裏付けるように、上巻のエピグラフでは、カルテルに殺されたであろうジャーナリストの名が4ページに渡って羅列されている。
 これは、単なるフィクションではないのだという、作者の警告でもあった。

 前作を含めて、2248ページに及ぶ、暴力と欲望の物語。
 こんなにも、文句のつけようのない小説を知らない。
 是非とも読んでほしい。凄いから。

 追伸、この物語はまだ終わらない。
 完結編の「ボーダー」では、DEAの局長となったケラーが、真の敵に気付いて立ち向かっていくのだという。
 ただそれを読むのは、暫く先でいい。だって、今締め切りを抱えているんだもん。

☟あらすじ☟

<犬の力>
血みどろの麻薬戦争に巻き込まれた、DEAのエージェント、ドラッグの密売人、コールガール、殺し屋、そして司祭。戦火は南米のジャングルからカリフォルニアとメキシコの国境へと達し、苛烈な地獄絵図を描く--。

<ザ・カルテル>
麻薬王アダン・バレーラが脱獄した。30年にわたる血と暴力の果てにもぎとった静寂は束の間、身を潜めるDEA捜査官アート・ケラーの首には法外な賞金がかけられた。王座に返り咲いた麻薬王は、血腥い抗争を続けるカルテルをまとめあげるべく動きはじめる。一方、アメリカもバレーラを徹底撲滅すべく精鋭部隊を送り込み、壮絶な闘いの幕が上がる――数奇な運命に導かれた2人の宿命の対決、再び。『犬の力』、待望の続篇。

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