生きにくい彼女の恋物語
その昔、動物たちが暮らす森に雌の若いヤマアラシが住んでいた。
その娘は毛並みも良く美人と評判だったが、厄介なトゲのせいで他の動物たちと仲良くできずにいた。
彼女は日々苦しんでいた。もともとは彼女が幼いこどもの頃からだ。
家族同士、お互いのトゲが刺すからスキンシップのない家庭で育った。互いに傷つけ合う歪んだ関係は普通の家庭にはなかった。やがて父親が他所にその幸せを求めた。母親も散々悩んだ挙げ句、家庭を見捨てて安らぐ先で落ちついた。一人残された彼女に残ったのは人気のない広い家と価値の分からないお金、それに無限に思える長い夜の時間だった。
そうして彼女の心には不安が巣を作った。巣は年頃を迎えた彼女の心を日に日に支配していった。こんなトゲつきのワタシなんてと嘆いてみても、そこは美貌の彼女だから周りの動物達の気を煽った。
トゲを抜いても中身は同じ。キツネたちにいいようにされるだけ。傷つくたび、いつしか彼女の毛並みは深い青色に染まっていった。
ある日の夕暮れ時、彼女は痩せた彼に出会った。まだ若いのに、トゲがすっかり抜けかかっていた。肌のあちこちが傷だらけで破れ、血が滲んでいた。
「どうしたの、そのキズ。何があったの?」
人見知りの彼女だったが、あまりの酷さに思わず声をかけてしまった。
「いいんだ。今まで散々傷つけて生きてきたから。このトゲさえなきゃ誰も傷つけないだろ。」
「でも、だからってそんなに傷ついて。」
彼女は同情とも愛情とも捉えどころのない感情にひどく揺さぶられていた。胸の鼓動が激しかった。
「もう、いいんだ。ホントに」
彼が目を背けて歩こうとしたので、思わず彼女は手を伸ばした。
「もう大丈夫。ワタシが、いるから。」
守りたい、何故かそう思った。
自分の身も守らずに生きてきたのに、彼女には自分でも分からない不思議な感情が湧き上がっていた。
彼はひどく驚いて彼女を見返した。彼女の目に涙が溢れそうで、その奥に悲しみが揺れているのに気付いた。
「アリガト、ありがとう。」
彼はそういうと、うつむいて泣き出した。
それからしばらく、二人で泣いた。そして並んで、歩き出した。
歩きながら時々おでこをぶつけて、二人で笑った。
第一話:「生きにくい彼女のこと」
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