ミドルサーティーパートタイマー 心のリハビリ〜適応障害からの復活〜

19年8月の帰国からなんと約半年も経ってしまった。この半年の間に変化があった。移住先でメンタルヘルス崩壊、帰国から、いかにして回復したか。ミドルサーティー女子の心のリハビリを時系列で追う。

8月 メンタルヘルス崩壊、帰国。

積りに積もったストレスが爆発。食欲なし、眠れない、眠れないことによる不安「このまま頭おかしくなったらどうしよう?」、恐怖、身の回りのことできない、集中力なし、体力なし=趣味である読書やヨガができない、英語のテキスト文法がおかしくなる、人を信じられない、号泣、思考停止。鬱症状。かなりキツイ。

仕事のストレス、経済的な不安、海外での孤独感、外国人としての、非ネイティブ英語話者としての無力感…などなど、ここまで積りに積もったストレスが一気に爆発。本当に自分が自分じゃなくなるようで怖かった。不安定な生活、頼れる人や信じられる人がいないなか、日本にいる妹と友人の説得により帰国を決意。この2人には感謝しかない。盆の台風直前に帰国。ギリギリ飛行機飛んだ。ラッキー。おそらく人生の最低、底まで落ちたので、ここからは上り始めだったのかも。

9月 ポイ活開始とヨガの再開

9月、日本、実家での生活の安心感に浸る日々。食欲も回復、生活リズムもついてきた。家にいるだけじゃよくないから、とりあえず何かしなければと、地元のデパートの来店ポイントを貯める活動=ポイ活をせっせと行う。散歩したり、読書したり、かなり回復してきた。安心できる環境で、無理せずゆったり生活できることで、趣味もまた始めてみようと思えた。ヨガのイベントにも参加してみる。そういえば家でYouTube観ながら毎日ヨガしてたな。環境変えたことで心も体もかなり回復してきた。

10月〜11月 

メンタルクリニック受診

予約から1ヶ月。ついに受診。問診でカナダでのことをあらいざらい話す。その前に家族構成とか、家族の病歴とか聞かれた。心の問題には遺伝的な要因があるのだろうか。本でも読んだことある。

お医者さんの見立てでは、鬱ではなく適応障害とのこと。とりあえずゆっくりして、できることから少しずつ始めればいいよ、とのこと。先生の「苦労されたんですね。」が響いた。受容してくれてありがとう、先生。

翻訳トライアル、コンテスト出品

カレッジでも勉強した、ずっと興味のあった翻訳の仕事。リモートでの仕事も多く、今後カナダでも日本でも自分の身を助けることになるだろうと考える。実績ないことには始まらない、と、トライアルやコンテストに片っ端から応募。中にはトライアルにすら到達しないものもあった。結果は振るわずとも、コツコツとやるのみ。社会に復帰して仕事するのはまだ難しいけど、家で翻訳する分にはストレスもなく、リハビリにもうってつけだった。

カナダからの手紙

懐かしの楽曲タイトルよろしく、カナダから手紙が届く。

「永住権承認のための面接あるから来てね!ちなみに指定日を逃したら次はいつになるかわからないよ☆

その指定日は約2週間後。マジかよ…カナダ…なんでいつもそんな急なのよ…しかも日時変更とかほぼありえんじゃん…

というわけで急遽カナダへ飛ぶ。不安だったけど、ホテルや友人宅に滞在し、ヨガやメディテーションのクラスに参加したり、街を歩いてみたりして、カナダに戻ってきたら、またこんなふうに暮らせるかも、と少し前向きに思えた。めちゃくちゃドキドキしつつ面接を終え、無事永住権を取得。ホッとしつつも、やっとスタートラインに立てたな、くらいで、大喜びとはいかない。とりあえず、ここまで頑張った自分にお疲れ様の気持ち。

さらにこのカナダ行きで、大切な人と再会していろいろ話ができたことも本当に良かった。

仕事への焦り

元気になったけど、回復してきたことでニート、パラサイト生活に後ろめたさ、不安を感じ始める。カナダ行きを視野に入れていたこともあり、短期バイトや派遣の斡旋に登録してみたりするが、結局これといった仕事が見つからない。労力使って何も得るものがなく、イライラして、今思えばジタバタ悪あがきしてるみたいな感じだったかも。

ヨガとアーユルベーダ

ヨガイベント参加をきっかけに、スタジオに通い始める。毎日通うことで自分の体と向き合い、集中する時間を持つのは、今でも精神のケアになっている。同時にアーユルベーダや仏教への関心が高まり、心と体のバランスを重視し始める。

12月 パートタイマーからの転機の訪れ

翻訳や実務スキルアップのため、関連の仕事を探してみるも空振りばかりの日々。やはりここは資格発動するしかないか…と、保育士資格プラス公立保育所での10年超えの経験ありという印籠をかざし、あっさりと3月までの短期保育士枠をゲット。最初っからこうしとけばよかったんじゃんかよー。さらに以前バイトしていた塾でも英語講師を始める。英語教えるのって楽しい〜!

結局ここに落ち着くのか〜。パートタイマー・西尾和夫©︎友近よろしくミドルサーティーパートタイマーとしてゆるゆる働こう。そして春ごろにカナダに飛ぶかなあ。なんて考えていた私の元へ一通のLINEが。地元翻訳会社で働く知人からだった。

「うちの会社、翻訳の校閲募集かけてるよ!ハロワへGO!」

実はその少し前、この会社の翻訳トライアルに見事落ちており、この彼女には仕事の相談もしていたのだ。なんと有益な情報!サンクス!即チャリでハロワへ。1月の面接が決定。この時点で、日本の翻訳会社で経験を積むことを考える。英語をフレッシュに保つにはまたとない仕事、翻訳やチェッカーのノウハウを学び、お金も貯められる。カナダへ戻るのはそれからでも遅くない、というかその方が後々有利。急遽方向転換。というか本当に適応障害だったの?将来を見据えて物事決断するなんて、8月の時点では絶対無理だった。

いろんなことが進行していくなか、突然翻訳の下訳の仕事の話が舞い込む。2つ返事で快諾、というかこんな有り難い話はない!日英は苦手だけどやってみるしかない!年末年始はほぼこの仕事に費やす。

2020年1月 面接とパートタイマー仕事始め

パートタイマー保育士の仕事が始まる。一日夕方4時間の短時間勤務で、徐々に労働にカムバック。職場と仕事内容に慣れること、さらに人間関係の観察で様子見の1ヶ月。久しぶりの労働、とにかく無理せずゆったりと、を心がける。

先の翻訳会社の面接へ。自分なりに自然な気持ちを話せた。社長と面接官の反応から手応えあり。あとは結果を待つのみ。素直な気持ちで自分の内面をストレートに話せたことが、自信回復にもつながった。

年末年始の下訳では、かなり赤が入り自分の未熟さを痛感。お金をもらいつつ勉強できることへの感謝。

2月 内定ゲットと仕事の楽しさ

翻訳会社の内定が出る。これで向こう2年くらいは日本で働くことへの気持ちが固まる。大幅なキャリアチェンジなので給与は社の規定最低ラインからだけど、それでも安定した収入が得られることでホッとしたし、新しい仕事を学べることが嬉しい。

保育の仕事にはだんだん慣れ、楽しさを感じるように。カナダでの経験から、もう保育の仕事には戻りたくないとさえ思っていたのに。やっぱりこの仕事好きなんだなあと再確認。環境を変えると全然違うんだなと思った。

3月 保育楽しい!そして高まるセルフケアへの関心

保育がどんどん楽しくなり、パワフルで疲れると思っていた幼児さえかわいくなる。なんなのこれ。環境とメンタルってめちゃくちゃ大事だな。卒園していく園児の1人から絵のプレゼントを貰う。個人的に私に何かしたい、と思ってくれたようで、先生のアシスト付きで、自分で作ったプレゼントを渡しにきてくれた。言われて作ったとかじゃなくて、自分の思いでしてくれたことが嬉しい。夕方の延長保育、長時間保育の子どもたちに何か楽しい、特別なことをと思ってしてきたことが、こうして返ってくることで、あーやってて良かったな、と思う。

仏教とヨガへの関心をさらに深め、自分ともっと向き合う必要性を感じる。また心理セラピーにこれらが密接に関わっていることもあり、仏教の本を再読、読みかけの認知行動療法の本を再び開き、ポッドキャストを聴くなどする。アーユルベーダの知識から、スパイスを取り入れたり食事を見直して、心身の健康を目指して楽しみながら取り組む日々。チャイ美味しい。スパイス配合面白い!糠漬けも漬けてみたり。ジャンクフードへの欲求もなくなり、ヨガと食べるもののお陰でここ数年で一番健康体だと思う。体が健康だとこころも元気になる。好循環。ここに挙げたすべてがセルフケアになってる。


やれやれ、振り返りもなかなか疲れる。が、振り返ってみて思い出したり、改めて人生のおもしろさやありがたみを感じることができるね。こうして文字に起こすことは必要だ。

あと、帰国してみて、日本の良さを感じてる。文化、国民性などなど、以前はネガティブな側面ばかりが目についていたけれど、カナダで生活し、労働したことで、日本の良いところに気づくことができた。カナダが悪いということではない。外国人としてかなり苦労したのは確か。だけど、どちらの国にも長所短所あって、パーフェクトな場所なんてどこにもなくて、結局は自分がどんな人間か、どう生きるかが大切だということ。

こんな風に思えるようになったのも、最低から徐々に上ってきて、適応障害から回復したから。そこそこいろんなこと経験したアラサーやミドルサーティーも、まだまだ学ぶことだらけ。体調崩したり、精神のバランスが保てなくなったりもする。でもこうやって元気になれる。今回は環境を変えたことが一番良かったし、結果的に診断された適応障害へのアプローチとしては最適だった。心と体の健康のため、セルフケアは忘れないように。今度ストレスフルな状況になった時は、今回の学びからきっとうまくやれる。大丈夫。

保育も塾講師の仕事もあと2日でおしまい。4月はゆっくりして、5月から翻訳校閲の仕事へ。苦しかった2019年を経て、あとは上がっていく2020年だと信じてる。ミドルサーティーでも適応障害でも、回復して元気になれる。パートタイマーからキャリアチェンジもできた。

新たな気持ちで、リラックスして楽しむぞー。








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