<my story>遠回りでも好きなことを仕事に出来ている
基本的には働きたくないな。好きなことをしていたいな。と考えていた為、就活が思うように進まなかった。就職後、それでも目の前のことに自分のスタイルで臨んでいると、遠回はしたけれど「すき」なことをしている自分に
気づく、そんな私のライフストーリー。
職業:飲料メーカー ECサイト運営担当 年齢:30代
【学生時代】知らない世界を知りたい
友人が世界史が好きで、その影響で歴史がやりたいなと思って大学では歴史を選びました。世界文化史を中心に学んでいました。文化から歴史を探るものです。例えばその当時の靴からその時代の動きを調べてみたり。そういうのが面白かったですね。
子供のころからファンタジーが好きでした。
色んな想像が楽しい。
自分の知らない世界を知ってみたいという想いが、常にあるように思います。
それから、できたらかっこいいなと思ったことは、学生時代に色々やりました。
例えば雅楽サークルに入ったり(幽霊部員でしたけどね)、夏休みにフランス短期留学に行って、フィールドワークを楽しんだりしていました。
子供の頃って大学に行きなさいって言われるけど、何したらなんていいかわからないじゃないですか。
そんな中でも、自分の興味があるのってここなのかなぁ。
これ好きなんじゃないかなぁ、って探りながら決めてきたのかなって思います。
【就活】岸和田の海に一人、ぽつり。
本が好きだったから出版業界で働きたかったんですけど、就活って3年生の11月からもう始まっていて、出版は特に早くって。でも全然受からなくって。
100社くらい受けたんですよ。
終わったのが翌年の7月でしたね。
最後の方は、もう海とか見に行っていました。
みんな4月5月には周りみんな決まっていて、もうちょっとやばいなと思って、落ち込んで岸和田の海に、しかも一人で。
後にも先にも岸和田の海に行ったのはそれ1度(笑)。
それくらい、ホントうまくいっていませんでしたね。
今になって思うんですけど、私、根本的に働きたくなかったんですよね。
自分の好きなことしかやりたくないんです。
銀行とか、総合職・一般職大体なんかみんなどんどん選考受かっているんですけど。
志望理由とかって、好きじゃないのに書けないんですよ。
それで、当たり障りのないことを言うから突っ込まれたら話せないんです。
そりゃ受からないですよねって今なら言えます。
【就職】全部が出来ていないところからのスタート
それでも受かりそうなところをピックアップして、
7月末くらいに今の会社に決まりました。
追加募集へ応募して、決まったときはほっとしました。
スタートは大阪にある店舗で販売からでした。
教えるのが上手な上司だったので、社会人の心得をたくさん教えてもらいました。
接客業なんてしたことない。
大学時代アルバイトしていたコンビニとは全然違う。
お客様とお話しすることがメインですが、話し方がなっていない。
声も出ていない。動作も遅いし。
「こんなにどんくさい人は見たことが無い」と言われていましたけど、
全部が全部一から教えてもらいました。
最初に教えてもらう人が良かったと思います。
怒鳴るというよりは、辛抱強く冗談を交えながら教えてくれました。
そんな中でも常にプレッシャーはありました。
資格取得制度があって、上司は自分で作った問題を毎日渡してくれる。
すごい熱心な反面、これ落ちるとやばいなと。
一生懸命勉強して合格しました。
計算問題なんか出たときには、「あっ、無理!」ってなりましたけどね。(笑)
1年間、最初の店舗で商品知識、接客の基本を装着。
その後、2年目で会社が経営する喫茶店の店長になりました。
喫茶店経験なんてない中、いきなりの店長です。
売上管理から、シフト管理まで何もかもが初めて。
ここからの5年間くらいは、本当に大変でした。
当時のパートの方たちには、「何もわかってへんペーペーの子が来た」
という目で見られていたと思います。
一番古株の方が頼りだったのですが、店長がコロコロ変わるもので、
疲れきっていて、合わせてバイトの方もすぐ辞めちゃった時期があったんですね。
「もうこの状況が変わらないなら辞めます。」なんて言われて、2年目の私にとっては、頼りにしたい方からそう言われて、「えぇっ!!」ってなって。
とても仕事のできる方で、今でこそ仲良くしていますが、当時はいっぱいいっぱいだったと思います。
アルバイト、パートの方々は社員のことをよく見ている。
見られているなと思いますね。
初めての店長職、どうやってこの状況を乗り越えたかというと、乗り越えたのかわかりませんが、結局場数です。(笑)
そして、ストレスを感じたら寝る!これにつきます。
体力戻してまた頑張るの繰り返しでした。
しかし、やっぱり大変で、途中で全部やるのは辞めました。
自分は何もできない子だと開き直って。
私ここやるから、ここやって!って。
そこからうまくいくようになったようにも思います。
最終5年目で、元上司の店舗も見ることになって、2店舗の店長に。
そうなったらパートの子も察してくれて、こちらも、「わかる?無理やねん~。」って「お願い、任すわ!」って(笑)
皆、本当に頼りになる。色々と協力してくれました。
【京都で2店舗店長と新人育成】「ふざけてんですか?」って言いました。
その後京都の店舗で店長に。
同時に、近くの喫茶店に出向してほしい。
新人教育もお願いしたい。との配属。
「ふざけてんですか?」
「何をそんなにさせるんですか?」ってさすがに言いましたね(笑)。
受けちゃうんですけどね。
京都に来て、店長を始めてからも、ずっと長い事働いてくれているパートの方ばかり。またまた「あの子はどんな子やねん。」ってところからのスタートです。
でも、縁がありますね、前の上司が前任として店長をしていたので、その間に私のことを沢山話をしてくれていて。
「あなたが、あの聞いていた人」というなじみ方でとても助かりました。
仕事の仕方も、前の上司のスタイルと一緒なので、パートの方々も馴染みやすかったようです。
【営業、商品企画】コロナ禍、何をしていいかわからない。から出来た商品
その後、2年間は営業の配属になりました。
店舗サポートをしたり、イベントの依頼や、季節ものギフトのやり取り、広告とか。新商品の案内とか。店舗改装もやったりしました。
スーツを着て、名刺交換をして、流れで話をして、やれることも色んな制限の中で決まっていて。
色んな新しいこと、やれそうなことがやれないんだな、つまらないなぁ。
という思いも少しありました。
型にはまったことが私苦手なんだなって気づきました。
さらにはコロナ禍になって、商談をしに行こうにも来ないでくれという状態で。どうしたらいいかわからないからとりあえず、家にいた状態がつづきました。それはそれでしんどかったですね。
やることないから商品つくるかって。
営業と商品企画を半々くらいにやっていて。
半年ちょいくらいの間だけでまた異動になったんですが、形になったものもあります。
こんなのしたいんですけど、と案を出して、社内で一緒にやってくれる人を集めて、生産にお願いして試作品を作ってもらって。
それは何とか売れていて。形になったのはとても嬉しいですね。
その後、キャリア面談の中で、ちょっと違うことやってみたいなという話をしたんです。
それもあってか、今の部署へ異動することとなります。
【ECショップ運営】広がりがあって、これまでで一番面白い。
ECショップの運営と企画、全般、SNS。
どの商品をピックアップするか決めたり、キャンペーンを決めたりなど。
現在は2人で運営しています。
もともとされている人がいて、コロナになってネットショップの売り上げが上がって人員を増やさなきゃいけなくなって。
当時暇していた私が呼ばれたのかもしれません。
2020年の2月入ってからくらいですね。
バレンタインが閑古鳥だったこと覚えていますから。
そこからECショップ事業でやっています。
何が合うんでしょうね。これまでで一番面白いなって思います。
新しいことにチャレンジできるということかもしれません。
お店って、実店舗でも寸法があって、広さや人員でできないことがあったりするんですけど、ネットって別に店の面積必要ないし、ちゃんとしてれば勝手に買っていってくれるしコンテンツがいっぱいあるからいろんなことができるし、また新しいこともできるし。
広がりがあることは面白いですね。
最初は全然形になっていないサイトでした。
コロナ前まではあまり存在感もなくて。
配属になったときに「あったんだECサイト!」くらいの認識でした。
配属されて、まずは見てもらえるサイトにしていきたいというところからでした。
まだ途中なので、できていないんですが。
1年間は前任の上司と一緒にやっていて、その後はずっと変えたいと思っていました。
上司が部署を離れてからは、私が運営を進めることになり、まずは写真を変更していくことにしました。
販売員の時に売れると思っていた商品を整理していったり。
販売員の経験がいきているのかもしれませんね。
よく考えてみれば、喫茶店でもメニュー写真撮りましたし。
ネットは写真と動画があってこそだと思いますし。
奥が深いんですけどね。
物流も噛んでいるので、受注の管理と調整と、CSと掲載とSNSとマガジンとというのが私の日々の業務です。
【写真を学びに大学へ】きっかけはバスでぶらぶら。
サイトでは、ずっと同じ写真を使いまわしたり、イメージが同じだなぁ。
もうちょっと明るいものがいいなぁというのもあります。
それらを自分で撮り直したりしていたんですが、これは技術を学ばないと撮れないぞと思って。
SNSを見たりしていたんですね。
その内に、足で歩く営業よりは時間の都合がつくので、ちょっと学んでみようかなと思って。
いろんな気持ちがあったんですよね。
コロナがもうすぐ終わるかもしれない、でもまだわからない不透明な感じ。
これは本当に縁だなと思うんですけど、緊急事態宣言は解除されたから、ちょっとぶらぶらしようと思ってお休みをもらって、ぶらぶらっとバスの終点まで行ったら、そこがたまたま大学だったんです。
その時は大学ということに気づいていなくて、「あー、カメラを持っているお兄さんが歩いているなぁ」って。その時は散歩して、鴨川見て、リラックスした~って帰ったんですけど、その時期って大学の広告がいっぱい出ていて、その中で写真を学べるっていうことを知って、大学を受けることに決めました。
そう、そう、知ったのが申し込み締め切りまであと3日というタイミング。
その時、「行った方がいいような気がする!」と思ったんですよね。
今ここで行かんかったらやめるなと思って。
「早退していいですか?」って会社に無理にお願いをして、母校の大学へ行って卒業証明書をもらってすぐに申請をしました。
ぱって思ったら、やらないとその後は絶対やらないんですよ。
無事入学が出来ました。
授業は面白いですけどね~。
でも私すごい手先が不器用で。
小さなころから細かなことは苦手でした。
工作は苦手で、心の底から嫌いでしたね。
だから額装のマットを図るのも歪んじゃったりしてます。
授業は土日に受けなきゃいけない授業は対面になりましたね。
でも社会人になって、こんなのやろうとするのは気宇ですよね。(笑)
そして入ってみて気づいたのは、
芸術大学にはいっちゃったんだ~というところですよね。(笑)
カメラを学ぶ気で行ったら技術は最初にやるんですけど、表現があらかたですね。
答えが無くて難しいんですよね。
思えば、高校のときとかまでは描くのが好きだったんです。
でもなんかたぶん、当時そういう方向は目指せないだろうなと思ったし、
うちは一般家庭だったし、お金ももっとかかるしなと思って親にも言っていなかったんですよね。
目指してもよかったのになと思いますけどね。
興味のあった芸術大学に、大きく迂回してたどり着けたという感じがします。
それから、ビジネスも、アート思考でとらえると面白いですよね。
今までの営業の時まで考えていた考え方ではなくなりました。
「昔の芸術は新しい技術、今の現代アートってその作品があってその過程を重視する。こういった考え方をしないといけないんですよ。」
と聞いたときに、ビジネスに当てはまっているんだって結びつきます。
そして、表現を学ぶことは、自分の伝えたいことは何なんですかと説明しなきゃいけなくなっている。
これをするときに何をしたくてこれをしたの?
その考え方はついたというか、今まさにつけているところです。
それができるようになったら組織が窮屈になるかもしれないなぁ(笑)。
写真、めちゃめちゃに難しいなと思いますが、面白いですよね。
【これから】遠回りでも「やりたいこと」につながった
根本は働きたくないなので、好きなことをやっていたいというのはずっとあって。
私が就職するときには、出版に関することは好きだったので、今になって思えば、遠回りしたけれどやりたいことがかみ合っている感じがするんですよね。
この会社の中で今はやりたいことにつながっているような感じがしていて、
もっとここを突き詰めていきたいと考えています。
Q:休日はどんなことをしていますか?
知らないところに行くのが好きなんですよ。
いつか世界一周とかしてみたいです。
京都なら、市バス。どこまで行っても230円(インタビュー時)
お金がかかんないし、いいやと思って気のままぶらぶらするのが好きです。
【編集後記】
固定概念にとらわれずに、違う概念や広がりを見つけると秘密基地を見つけたようなワクワク感を感じさせてくれるお話でした。
遠回りでも、何をやりたいか、どうしたいかを見つめて日々働くこと、選択を繰り返すことで、やりたかったことに出逢っている。色んな起点がやりたい方向に向いていく、そんな気付きがありました。大学での学びが生かされた素敵なサイトもこれから楽しみです!
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