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草原の実験

ISPYTANIE、Испытание、Test(ロシア/2014)
監督 アレクサンドル・コット

現在進行系で様々なことが起こっている今このとき(2022年)、観ておいた方がいい、観るなら絶対に予備知識ゼロで!とオススメされたこの作品。
観終わってみて、本当に観てよかった、と感じる一本でした。

予備知識なしに鑑賞しはじめた結果、登場人物ふたりの様子に、児童婚の物語なのかと思い込んでしまいました。😨
途中から父子だと分かり、脳内で軌道修正しました!

どうしてそんなトンデモ勘違いをしてしまったのか、と言いますと、この映画、せりふが一切無いのです。
風景、音、登場人物の表情、のみで物語が綴られていきます。

自宅で鑑賞される方は是非、ヘッドホンを付けてご覧ください。
水のしたたり、茫漠とした風、切ない波の音、不穏な響き、鳥の声、暗転を予感させる雷――。
繊細な映像とともに、音もまた、素晴らしいからです。

せりふを一切排して、映像だけの力で視聴者の心にダイレクトに伝えよう、という強い意志が感じられる映像は、強烈な熱量と美しい構図と色彩で彩られ、ため息が出るばかりです。
途中で何度も一時停止させては、じっと見入ってしまいました。
どの場面を切り取っても、綺麗な一枚絵になります。
大切に、大切に、撮られた場面なのだということが、しみじみと伝わります。

恋に落ちた瞬間の説得力も素晴らしいです。
幼なじみの少年の恋心も、何の説明せりふも無いのに、切なく胸に沁みてきます。
少女のなにげない表情の変化にすぐに気づく父の目線で、娘への愛情も伝わります。
伝われば、伝わったぶんだけ、登場人物への情や共感が深まっていきます。

鳥の巣。
鳥の、活き活きした息吹。
初恋。
決闘。
失恋。
涙。
悲しい別れ。
鉄条網。
成就のよろこび。

余計な効果音やテーマ曲がないぶん、少女の見聞きするものが、まるで自分の体験のように、リアルに迫ってきます。

ふたりの想いが、洗濯物に重なる場面は本当に美しいです。

あやとりの糸に、ふたりのささやかなよろこびとしあわせが溢れます――。

その瞬間――。


エンドロールを見終わってから、再び映画の冒頭を見返してみると、灰色の世界に散らばる羽根は、少女の周囲を飛び回っていた鳥たちのもの、小さな雛たちが鳴いていた巣、破れたページは、少女の大切にしていた押し花、そして、原子野にぽつんと残るテーブルは、父子ふたりが穏やかに食事をとっていたあのテーブルだとわかります。

核兵器や戦争のむごたらしさを伝える作品を撮り続けていたアレクサンドル・コット監督が現在のロシアでどう過ごされているのか、消息は伝わってきません。
ご無事であることを祈るばかりです――。



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