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オーストラリアと日本から考える人々の幸せ

こんにちは。
ようやくボーダーが開いて少しづつオーストラリアにも人が入ってくるようになりました。まだまだ観光客、留学生は少ないように感じますがコロナ規制も緩くなり日本と違ってマスクをする人も少なくなりました。
かといって感染者が減っているわけではなく、経済を回すためにもコロナと共存していくような形をとったんだと思います。
それがよかったかどうかは誰にもわからないけれど街に少しづつ活気があふれてきていたり、人々の笑顔を見ると心は癒されるものですよね。

日本の幸せとオーストラリアの幸せから学んだこと

私は、コロナの真っ最中日本から出れなくなって過ごした日本での生活と帰国したとたんロックダウンそしてより感染者が多くなってしまった時期をこちらで過ごしました。2つの国を行き来していて、思ったこと。たくさんあります。多分、これが若くて20代の頃だったらまた違う考えだったのかもしれません。
私は、高校卒業以来学校へ行く為一人暮らしを始めたので実質19歳以来、実家で両親と暮らしました。実に何十年ぶりでしょうか?
お互いが自分の生活ペースがあったし、自分の荷物はほぼスーツケース1個のみ。自分のものがないのもどこか落ち着かなくて最初の数ヶ月は早く帰国したいと思っていました。
お父さんなんておそらく18歳の高校生の記憶でとまっていたかのように過保護すぎ?親はいつまでも親なのだなと感じることもしばしばでした。
それが1年以上帰れないとなってくれば生活もなんだかんだ慣れるもので、帰国して思うことは、親とこんなに長い時間を過ごしたのは久しぶりだったのでたくさんの思い出ができ、家族っていいなと再確認しました。
幸せを感じられた日本での生活でした。

オーストラリアに帰国したホテル隔離の滞在で連絡をとった友達が言ってくれたことが今でも印象に残っています。
「親も高齢になってきていて実際1年に1回会えたとしても残りの人生あと何回くらい会えると思う?人間の一生が無限ならいいけれどそうじゃないし今回何年分も会えたのはとてもラッキーなことだよ。」
自分が歳をとるにつれて親も歳を取る。それが現実でコロナ以来特に人はいつでも死ぬことがあるかもしれないというのをすごく感じるようになりました。たぶん、友達が言ってくれなかったら私は、親とたまにあえるのがあたりまえな感じがしていて、はっと気づかされた体験でした。

同時にコロナ以来、日本で見たニュースは、え!?この人が自殺?信じられない。というニュースも多く、怪我や病気以外にも心の病気が日本は特に多いのでセルフケアをすることはすごく生きていく上で重要な気がしました。
オーストラリアでももちろん自殺はありますが、日本ほどではなくニュースでもあまり聞かないので日本にいたときに特にニュースだと有名人のニュースを次々みた時はとてもショックでした。オーストラリアにはカウンセリングがもっと気軽に受けれるシステムがあります。
学校にカウンセラーの人もいるし、無料で受けれるカウンセリングシステムもたくさんあります。英語のコースやTAFEで学校に通っていた時、必ずといっていいほどカウンセリング、サポートシステム、授業のコースの一部で法律の話なんかもありました。
アメリカのドラマとかみてるとよくカウンセラー室に生徒が行くシーンとかありますよね。それくらいこちらも気軽にコンタクトできるシステムがあるように感じました。
人は有名になれば有名になるほど批判をされたり、批判を逆手に使って有名になって自己アピールすることもできますがよほどメンタルが強くないと跳ね返せないものですよね。
有名には嫉妬や妬みがつきもの。自分自身をどうケアしていくかが重要なのかなと思います。

オーストラリアから学ぶ幸せの考え方

”Everthing should  be all right"
オーストラリアに来て数ヶ月の頃、オージーの友達によく言われた言葉。
直訳すると全ては大丈夫だよ。ということなんですが、まあ、困った時に何度これを言われたことか・・・。笑
オーストラリアに来たばかりでわからないことだらけ。
何が大丈夫なんだよーとつっこみたくなりますが、今考えると考えてもしかたないからなるようになるさってことですよね。
なんとかならないなら諦めてプランBを考えたら解決したり、なんとかなるんですよね、これが笑
答えがでないプランAをずっと追いかけても無駄だということ。
それを悟ったかのように”Everthing should be all right" と言うオージー。
その楽観的な性格、セルフケアが上手なのだなと思います。
よくよく考えて見たら、日本語だと
”大丈夫、大丈夫、どうにかなるって〜”
この言葉使いますよね。言う人はたぶんそこまで人のことを考えていないというか考えすぎても答えがでないならプランBを考えてみようよ。
という励ましの意味も込めた言葉なんだなととらえらればお互い気持ちが楽になってそれが解決したときちょっとした小さな幸せを感じられるかもしれません。
何が大丈夫なんだよーからネガティブになっていくと負のスパイラルに入り込みます。
他にも、
移民の国だと自分の当たり前、日本人のあたりまえは通用しないということをよくも悪くも遭遇することがたくさんあるのでそこからあ!そうきたか〜!って思い始めると以外と焦らなくなったりストレスも軽くなったりします。大丈夫じゃないこともなんだかんだで解決しちゃったりするわけで、日本だったらたぶんみんなブチギレしちゃうことがここでは違ったりします。そういう移民ならではの生活から得られる体験は自分の中で貴重な体験です。
そして家族の時間、ホリデーを思いっきりとるオーストラリアの文化。
ぜひともこの文化や考え方が日本に浸透したらいいなあと思うのは私だけでしょうか?海外に住んでみて思うことの一つです。

私もすごく考えこむことがあるのでそう言う時は、必ず一回立ち止まって突き進まないようにしています。
突き進んでも結局答えが迷うだけ。視点を考えて見てみるのとちっちゃなことでも幸せに感じることができるものです。
今日も素敵な1日でありますよーに。
今日は、ここまで。
Have a great day!




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