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【恋愛私小説】恋する青の鎖鋸1章⑥「誰かを好きになることって凄く尊いこと」

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はじめから↓





 十二月。乾いた冬の冷気が肌に刺さる。

 十一月では毎週のように会っていたコノミとも、サークルがテスト期間の日は活動を行っていなかったため、しばらく顔を合わせていなかった。


 それがよくなかった。


「恋愛結構苦手かも」という彼女の言葉を何度も反芻しては不安に駆られ、彼女の笑顔を思い出しては「好きだ」とひとりごつ日々。どうにもならない葛藤を吸い込んでは吐き出す。

 築き上げた関係が壊れるかもしれないという恐怖と、告白が成功するかもしれないという仄かな期待を抱えたまま、約束の日がやってきた。


 せめて素直にこの想いが伝えられたらいいな。


 喫茶店に行く当日はオンライン授業を自宅で受けてから向かうというコノミの都合で、高円寺との中間地点である渋谷駅で待ち合わせた。山手線のホームは、立ち並ぶ人の量に対してあまりにも狭かった。気を抜いたら線路に落ちてしまいそうなほどだ。

「なんか久しぶり」
「そうだね。二週間くらい会ってなかった?」

 告白すると身構えた上で改めて彼女を前にすると、最初のうちは緊張して平静を装うので精一杯だったが、いつもの調子で続く会話にやがて安心していった。


 予約していた時間より少し早く高円寺駅に着いたため、線路沿いを歩くてすぐに見えた商店街を見て回ることになった。

 天井がアーケードで覆われ、雑貨店や古着屋が立ち並んでいる。無駄に輝く電飾看板が、少し褪せた色合いで包まれている外観の雰囲気からは浮き出て見えた。

「落とせ 落とせ」
「「救い垂らす時まで」」

 コノミに教わったボカロを口ずさんでいると、彼女も共に歌い始めた。初めてきた街を二人で歌い歩く。そんな自分たちは他人の目からどんな風に写っているのだろうか。

 商店街の脇の路地に入ると、目的の喫茶店は急に現れた。椅子に立てかけられた「OPEN」と書かれた木簡と白地に銀の取っ手の扉は、少し薄汚れている通りの中で一際目立っている。

 扉を開けた瞬間、スパイスが何十にも重ねられたようなエキゾチックな匂いに包まれて、こちらの食欲をそそった。階段を登るとようやく店の全容が目に入る。白と焦茶の壁に仕切られた空間が、レトロなランプの温かい光で包まれている。

「カウンター席やテーブル席、こちらのソファ席などお好きな席にどうぞ」

 店員にそう案内されたが、どの席でもいいと思ったため彼女に委ねた。

「どこがいい?」
「ソファ席がいいかな」

 アンティークな二人がけのソファに、背の低い木製のローテーブル。その上に置かれたキャンドルの火がぼんやりと揺らめいている。今まで彼女と訪れた店では向かい合わせで座っていたばかりに、横並びで彼女と腰掛けるのは新鮮で、なんだか落ち着かなかった。


「後輩でめっちゃ可愛い子がいるから布教したいんだけどさー」
「そんな可愛いの?」

 この子だよ。とコノミが俺に体を寄せてスマートフォンの画面を見せてくる。

 近い。パーソナルスペースという言葉があるが、彼女はそれを知らないのだろうか。数センチと無いその距離感を許されていることに、余計期待してしまう。


 二人して注文したクリームソーダが、程なくして運ばれてきた。曲線が美しいグラスに注がれたソーダ水は、淡いパステルピンクとコバルトブルーのシロップが用いられており、その境界線が織りなすグラデーションはとても美しい。店主が旅先で見た空を再現したものらしい。

 積み上げられたロックアイスを支えにして盛り付けられたアイスクリームは、その甘さを視覚的に訴えかけ、添えられたさくらんぼはアクセントとなり可愛らしい。

「すごい綺麗」

 感嘆を漏らしながら必死に携帯のカメラを構えるも苦戦している彼女の様子も、またかわいい。

「うまく撮れないからそっちが取った写真、あとで送ってね」

 時間とともに溶けて混ざりゆくクリームソーダを眺めながら、コノミとの会話を楽しむ。好きなものと好きな人が共にあるこの空間には、幸せ以外の感情が存在しない。

 この時間が永遠に続けばいいのに。

自分の好意を伝えなければ、この楽しくて幸せな日々が続くのだろう。

 
 だとしても、俺は彼女と今以上の関係になりたい。
 彼氏としてコノミの隣にいたい。

 きっとまだ知らないことがたくさんある。
 表情、声、仕草、言葉。

「彼女」として俺に接するコノミをどうしようもなく見てみたい。

 好奇心にも似たこの感情は、今にも溢れ出しそうだ。


「そろそろ出ようか」

 ありきたりな願望も虚しく、小一時間ほど立ったところで彼女から切り出されてしまった。


 店を出て夜と喧騒に包まれる街を二人で並び歩く。


 伝えなければ、告白しなければ。

 そう思えば思うほど、心臓の鼓動が早くなっていく。フラれたらどうしようと、今更ながらに恐怖する。


 もう一生二人で出かけることも、話すこともなくなるかもしれない。
 そう思うだけで声が震える。


 それでも。


 万が一にも成功したならば、どれだけ幸せだろう。

 自分の描く未来に彼女が隣にいるのなら、どれだけの景色が色づいて見えることだろう。


 ヤケクソに思考を明るいものへと持ち上げる。
 言わなければ後悔するのは分かっている。

 ならば振り絞れ。伝えてしまえ。


「伝えたいことあるんだけど」
「え! 何?」

 思いの外自分の言葉に期待するような声が、もう後戻りができないことを知らせる。


 さあ、その続きを紡ぎ出せ。


「ここ最近一緒にいる機会結構あって。その中で一緒にいてすごい楽しいなあって思えたからさ」


「付き合ってくれませんか?」


 その場に立ち止まった彼女は、頬を紅潮させて、その顔を両手で隠し始めた。その様子は今まで見てきた彼女の中で、一番可愛い。


 数秒の沈黙の後、両手を顔から離してこちらに顔を向けたコノミは、少しづつ告白の返答を始めた。


「そういう対象としてみてなかった」
「友達だと思ってた」
「恋愛感情あんまわかんないかも」
「ごめんなさい」

 絞り出すように言葉を紡ぐ彼女の瞳はこれまでにないほど真剣で、その答えが揺るぎないものであることを物語っていた。


「そうだよね」


 諦観で埋め尽くされた低い声を放つ自分は、一体どんな表情を彼女に向けているのだろうか。


『写真どうぞ』

 別れた後の電車の中で、頼まれていたクリームソーダの写真をLINEで送信する。
先程言い忘れていたことも加えた。


『100%振られるって分かった上で告白したアホでゴミだから』
『今まで通り気遣いとかなしで、なんでもズバズバ言って欲しいわよろしく』

 感情に任せた投げやりな言葉だなと、送信してから後悔した。

 すぐに既読が付き、返信が来た。

『私が言えることじゃないかもしれないけど、誰かを好きになることって凄く尊いことだと思うから卑下しないでほしい』

『ありがとう。その言葉に甘えさせてもらうね』

 最後まで裏表のない言葉に、彼女なりの最大限の思いやりを感じた。 
 その言葉が嬉しくてたまらない。


 それでも、胸はどうしようもなく苦しいままだ。

 先程から熱かった目頭から、堰を切ったように涙が溢れ出す。
 声を上げて泣き叫んでしまいたいような衝動を押し殺してすすり泣く。

 止めどない悲しみの中で、ようやく事実を理解する。


 俺、またフラれたんだな。



【好奇心の食卓に並ぶ】



好奇心で0章を飲み込んでくれたコノミに、感謝を込めて。
1章を執筆する上で、この曲にはかなり影響を受けました。





次回↓


【お詫びとご報告】


先日ご報告した文学フリマ東京38出店の件ですが、私の手続きの不備により、出店不能となってしまいました😭

代わりに9/8開催の【文学フリマ大阪12】に出店することにしたので、東京38で出品予定だった新刊はこちらで販売しますので、改めてよろしくお願いします!!


くだらないミスなんかで止まれない。


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