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猫とまたたび / 創作

「こいつ、捨ててきてよ」とドヤされながら飼い猫を抱えて外に出なければならない。何をしに行くって、これから猫を捨てに行くのだ。しかもパジャマで。靴を履く前に深夜ニュースで、今夜の外気温はマイナス2℃だと報じる声を聴いた。
" 防寒対策を十分に " と忠告を受ける傍らで私は裸足のまま、大きめのクロックスに足を通している。鍵をかける習慣の無くなった部屋を、ドアを開けたまま出る。とてもじゃないけれど、私は今正気じゃない、と思った。
外に出ても、相も変わらず腕の中に小さく纏まっている猫を見ると、とてもじゃないけれど棄てようなんて気持ちにはならなかった。

高校卒業を目前に控えた晩秋より、家具付きのレオパレス物件にて一人暮らしを開始したのは他でもない母の計らいだ。夏季休業中に進学先の大学も決まり、奨学金の申請も無事に通過したことを確認すると、母は私に印鑑や通帳一式を私に宛てがうばかりか、私を不動産屋に引き摺った。家賃相場よりも遥かに低い物件の契約を目の前でテキパキと進めると、私をそのまま誰も居ない部屋に突っ込んだ。何故母が突然そんなことをするのかよく分からずに、鉄階段に腰掛けてしくしく泣いた。昔から事ある事に涙を流す私に向かって、母はよく「泣いても何も解決しないんだから」と言っていた。慰められたことなど一度としてなく、どれだけ悲しい場面に直面したとしても私の母親は私をじっくりとたしなめるだけ。母のような強い女になりたいと思ったものの、無理だった。母に似るばかりか、時間が経てば経つほど、離別した父親に似ていく。小学校入学前に家を出ていった父のことは、あまり覚えていない。記憶にあるのは身体の小さな私に高い高いをしてくれたことや、携帯電話を耳に当てて頻りに頭を下げる姿だけだ。けれども、母との性格の違いをしみじみと感じ、所作一つ一つに不安げな表情を浮かべる母の姿を見ていると、私は父親に似ているのだと実感した。

私の唯一の家族である、黒ぶちの入った猫はその冬、高崎のガード下にダンボールに梱包された状態で捨てられていた。今日みたいに寒い冬のことだった。黒マッキーで " ゴミ " と書かれた包装がシャリシャリと音を立てており、おまけに猫の鳴き声が聞こえる。慌ててダンボールを開くと二重のビニール包みを経て、首も座らぬ猫が出てきた。フェイクファーの付いたコートで手早く猫を包んで家に持ち帰り、訳も分からずに共同生活を開始した。入試を突破した強みから来るものか、卒業まで残り僅かであるというのに、それまで成績優秀、皆勤賞だった私は、たった一匹の猫を世話する為に相当な日数を休んだ。
近所の業務スーパーで売っていた冷凍枝豆を食べて凌ぐくらい、しばらくの間は食欲が湧かずに過ごす時間があって、それでも私は生きていた。
一時の食費は猫の方が幾らもかかっている状態になっていた。名を 「えだまめ」と付けて育てると、短い時間ですくすくと育つ。捨てられた当時の酸欠がもとなのか、左脚が上手く動かない猫だったが、そのハンディキャップをものともせずに、本当によく育ったと思う。

そんな猫を今度は私が捨てようとしている。「えだまめ」の為にというと語弊はあるが、入学後ほどなくして大学は辞めた。将来性を感じられない講義を聞いているより、猫に餌をやる時間の方が有意義に感じたためである。奨学金は当然打ち切りで、中途半端に残った借金を納めるべく、コンビニの深夜バイトで日銭を稼いだ。働き始めてすぐに私を気に入った男と付き合い始めたのは、純粋に私が寂しかったからだと思う。彼が私の家に転がり込んでくるまで、そう時間は掛からなかった。かなり人当たりが良く、客に優しい姿を見込んで付き合いを持ったというのに、蓋を開けてみるとそこに居たのは絶望的に酒癖の悪い男で、1日3食をコンビニで売られているカップラーメンとブリトーで済ませているような人だった。受け皿があると人はだらしなくなる。堕落までの道のりで、彼の弱さがありありと見えた。出来ることなら、働きたくない。きっとみんなが思っていることだと思うが、彼は酔いが廻り過ぎると「なんで俺だけ…」そう呟いて、よく泣いた。結局、どんな状況でも何とか支える私に勝手に安心しきったのか知らないけれど、目の前にある酒を優先して仕事を辞めてしまった。コンビニで働く同僚は残念がっていたし、労いの言葉を貰う彼はまた、付き合う前の優しい彼に戻っている。私と付き合っていることを、周りの誰もが知らなかった。それから月日が経っても、彼は仕事をしようとはしなかった。夜勤明けで疲れて眠っている私の財布から札をそっくり抜き取ると、バイト先のコンビニを避けて遠くの方のコンビニへ酒を買いに行っていたらしい。私が泣いて頼んでも、彼はアルミ缶を傾けることを辞めなかった。皆、建前よりも大切にしたいものがあるのだと思って自分を慰める。そんな彼はいつしか昼間は優しく、夜になると怖い人になっていた。ロング缶のハイボールを飲み干したかと思えば、些細なことに腹を立てて私を殴る。あの頃のように弱っちい男は今どこに居るんだろうか。同じ空間に居るのに、彼が居ない時と同じような、寂しい生活に引き戻される。
猫の寿命なんて長くて16年くらいなのに対して、私たち人間はそれよりも長く生きる。これだけ酒を喰らっても、彼の身体はビクともしない。そう思うと彼を家から出す気にもなれなかった。シングルマザーとして私を献身的に育ててくれた母親に捨てられた以上、私にとって縋れるものなど殆ど無いに等しかった。

「えだまめ」が彼に初めて噛み付いたのは今夕のことで、これまで一切手を挙げなかった彼は反射的に「えだまめ」を壁目掛けて投げ飛ばした。猫の反射神経は鋭く、彼の腕から飛んだかと思えば、壁を蹴って元の位置に落ち着いた。彼はそれが気に食わず、私と猫を着の身着のまま真冬の屋外へと追い出した。
色々と考えて「えだまめ」を住宅街の軒先に放つことにした。新興住宅地はオール電化の家が多く、心做しかその周辺は温かいのである。この温もりを持ってすれば、何とか生きていけると思った。鉢植えに植えられたゼラニウムを「えだまめ」が踏むと、扇形の木の葉から鉄のような匂いがする。彼に頬を殴られた時と同じ匂いがした。

私の手を一度離れた以上、もう「えだまめ」では無くなって、全国津々浦々に存在する野猫と同じ生き物になる。もう少し抵抗するかと思っていたが、すんなりと離れた猫はそのまま宅地の間を通る小道の上を歩き始めた。ひと通り遊んで駅のホームへ向かう友人を消えるまで見送るのは私の昔からの癖である。それと同じくして、暗がりになっていく猫を見送ることにした。すると、歩き始める折にこちらを向いて「にゃあ」と鳴いた。私の反応がないことを確認するともう一度、先程よりも大きな声で「にゃあ」と鳴いた。この声に絆されて、私は本能で感じる。むしろ捨てなければならないのは彼の方であると。

慌てて「えだまめ」を拾い上げて、自宅がある方向へと向き直って歩いた。寿命が何年であろうと、どれほど重みや軽さがあるものでも、一緒に居なければならないものがいる。出会った当時、彼も実家から勘当された身であるということを聞いていて、それを今の今までずっと覚えていた。私が餌を交換している最中も、私が働きに出ている最中も、彼は一度として部屋を出ていったことがない。友達も身寄りも居ない1人の人間はきっと、一匹の猫よりも幾分軽いものに違いない。長年培った土地勘を頼りに、ガード脇にある工事現場から解体処理されてそのままになった石材を抱えて家に帰ることにする。時計を確認すると、もう家を出てから一時間ほど時間が経っていた。たった今猫を捨てて帰ってくるだろうと息巻く彼は、またいつものようにカーペットの上で寝ていることだろう。石材を拾う時、小脇に生えていたゼラニウムが私の手に触れたのだろうか、嗅ぎ覚えのある血の匂いがする。私はこれから、彼を殺す。彼を殺してから送る、愛猫との華やかな生活。それは頭に浮かべるだけでもきらきらとしていて、どうにかなりそうだった。「えだまめ」のために大学を辞めるくらいのことはしたし、一緒に居るためなら私は何だってやりこなせる。これからは2人きりで過ごすのだ、と決意すると、不思議と胸の中は軽い。遠くの方で、木蓮の花が、咲いている。



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