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なんでもない日に はみ出る穴子の天丼「松」を食べたい

ー おいしいものを食べるのに理由なんて作らなくていい ー


夕暮れ時に乗り換えの駅に着いた。


そろそろご飯にしよう。何を食べるかは何も決まっていないけど。


そう思って電車を降りて、どこに行くか考える。


タイ料理、ピザ、パスタ、ラーメン、なんか違う。

インドカレー、和定食、うーん違うなあ。


天丼とか?

あー天丼!

いいかもね〜


頭の中で私の分身たちが会話を進めてくれて、今夜の晩ごはんは天丼になった。


そうと決まればお気に入りの天丼屋さんを目指す。



最初に出会ったのは高校生の時だった。

最初に母親と食べに行き、次は友だちを誘い、その次は母親と行き、その次は大学生になって間もない頃にドキドキしながら1人で行き、その次は母親と行き、そして今回って感じ。


だから6回目くらい。


何度食べても新鮮な気持ちで感動できるここの天丼が大好きでたまらないのだ。


・・・



店内にはひとり客の若者が数名と若いカップルたちしかいなかった。


メニューは暗記してるから見なくてもわかる。


天丼の「松」「竹」「梅」だけ。

老舗なのに値段は比較的お手頃で、夜行っても松は1380円、梅に至っては900円しないくらいだった気がする。


この3つは上に乗ってる天ぷらが一種類違うってだけ。

松は穴子で、竹はキスで、梅は舞茸。


今まで来た時はほぼ毎回「梅」を食べていて、たまに「竹」にするくらいだった。


でも今夜は、「松」、行っちゃう??

となぜか気が大きくなっていた。


そうなればもう自分に一切の悩む隙を与えずに、「松ひとつ!」と注文した。

(目の前の席の人と隣の席の人が驚いた感じでこっちを見た気がしたけどきっと自意識過剰。)

うきうき。

ほどなくして出てきた私の「松」天丼。


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わ〜〜〜


他のお客さんが食べてるところなら見たことあったけど、穴子天ってこんなに大きかったっけ!!


ビシッと横一直線に鎮座する太くて長い穴子。


どの順で食べるか迷ったけど、とりあえず穴子を迎えに行く。


箸を入れると、外側はカリッとしているけど中がとんでもなくほろほろ。

今でも鮮明に思い出せる。


そしてそれを一口食べて思わず天を仰いだ。


ううう、、う、うなぎか???


穴子とうなぎの違いくらい分かっているつもりだったが、それは蒲焼とかお寿司にした時の話だったということに気づく。

この天ぷら、どっちなのか全くわからない。

ふっくらした穴子のふわふわ感と、脂がたっぷりのったうなぎのとろとろ感。

両方味わえるこの魚は果たして本当に穴子なんだろうか?


たまらなくなって、次は箸で切らずに端っこからかじりついた。


く〜〜たまらないなあ。


いくら食べても全然減らないこの一本天ぷらを大切に食べ進めることにした。


・・・


この天丼は穴子以外にもいろんな具が所狭しと詰められている。

ししとうに、エビ天2本に、イカのかき揚げに、海苔に、半熟卵。

これらがかりっかりに揚げられている。

衣が茶色いのは多分ごま油によるものだ。

ここの天ぷらは一口食べただけで、どんなに味音痴な人でもわかるくらいごま油が香る。

そしてご飯には、一粒一粒がコーティングされてんじゃないかってくらいに天丼のタレがかかっている。

総じて茶色い幸せ空間。


そしてそんな癒しの空間をキリッと引き立たせるのが、ひとかけだけのった柚子の皮。

この柚子がすごくいい香りで、お口直しにぴったりだから私は頑張って3口に分けて食べた。


海苔の天ぷらもものすごくおいしい。

このお店で最初に食べた時から私が一番好きな天ぷらは海苔になった。

薄いのりが直立するくらいパリパリバリバリに揚げられている。

ごま油と磯の香りが漂う。


昔どこかで、「精進揚げ」と「天ぷら」の違いについて勉強したときに、「江戸の頃は、野菜を揚げたものを精進揚げといい、魚を揚げたものを天ぷらという。」と聞いたことがあった。

だからかな、ここの天丼は野菜が最低限(というかししとうだけ)しか入っていなくて、その代わりに魚介がたっぷり入っている。

本物の天丼だあ。


・・・

そして最後まで残しておいた半熟卵天を見つめる。

今まで来た時は、いつも最初の方に割ってとろ〜〜っとした黄身をご飯と絡めて食べていた。しかしそれだと食べてるんだか食べてないんだかわからない程度の存在感になってしまっている半熟卵天がかわいそうだなと思っていた。


だから今回は最後までとっておいた。

途中で何度も気になってお箸でツンツンしていた。

(半熟卵天ツンツン野郎。)


そして今、ついに天丼を食べ終えようとしている。

私は今からこれを丸飲みするのだ!

(ノドが細い人はマネしないでください。)


お箸でそっと持ち上げてぱくっと口に放り込む。


ぷつっ

とろ〜〜


濃い!

濃厚だけど流動性はあって、とろとろと流れる卵黄が口の中に溢れる。

幸福感で満たされた私はお会計をすませて外に出た。


今頃私のどんぶりを洗ってくれている方は、黄身がこびりついていない丼に驚き、その洗いやすさに感動しているのだろう。


(フッ、今日もいいことをしたな、)


・・・


一息ついていると、近くのビルの窓ガラスに「人生相談受付中!」という張り紙があるのを見つけた。


え?


よく目を凝らして見ると、「入塾相談受付中!」だった。

予備校だった。


ああ

私どんだけ路頭に迷ってんだ、、。

夢を掴むために頑張らなきゃいけない中で、前に進んでいるのか、それとも後ろに下がっているのか、それすらもわからない日々。

私は今どこにいて、これからどこに行くのだろう、と自問自答する日々。

こんな落ち着かない毎日だから「松」を頼みたくなっちゃったのかな。


今日はなんでもない日。

それでもおいしいものを食べたっていいじゃないか。

この天丼のおかげで、私はいつもより少しだけ軽い足で帰ることができたんだし。


おいしいものを食べるために、理由を考えたり、言い訳をしたりする必要なんてないんじゃないかな。


・・・

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