すずき

好きなように書きますcontact→yyy.tospo@icloud.com

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最近の記事

純猥談

 彼女とベッドに入る時は必ず僕ではない誰かがいる。僕はそれをわかっていて、同情するふりをして抱きしめる。  僕たちは中学の時に付き合い、すぐに別れた。キスもした記憶がないし手を繋いで緊張した断片的な思い出だけ。  卒業後は全く違う高校に進み、連絡もしばらく取っていなかった。大学1年の夏、当時Eメールだった僕ら唯一の連絡手段に彼女のアドレスが表れた。「久しぶりに会いたいね」。  都内の大衆居酒屋で4年ぶりの再会だった。ベージュのキャミソールに黒のタイトスカート、僕の身長を

    • たった1分の救世主

       下校のチャイムと同時に部室へ``走る``。決して``歩いて``はならない。1秒でも早く部活の準備をしなければ。  5限後に食べた購買のクリームパンが階段を駆け下りる衝撃で飛び出そうだ。  明媚な言葉を使うなら青春と呼べる``はず``の3年間が今自分の素養として背中を押し続けてくれている。スポーツには計り知れない力がある。当然義務教育のおまけに位置付けられている高校スポーツなんぞ、結局は大人になってから振り返り懐かしむだけの「思い出話期間」でしかないのかもしれないが。

      • 2019年振り返る

         2019年、漢字一字で表してみようと思う。 『再』  たぶんこれ。  今年もあと2時間弱だけど濃く疲労の溜まる1年だったなって。  まず会社が変わった。「再出発」望む形かと言われるとそんなこともなかったけれど結果的にOKかな。紅白の椎名林檎を右耳で聴きながらそう思う。  中高時代の友人や大学卒業から長らく会っていなかった友人と久々に会う機会も多かった。「再会」ってやっぱり嬉しいよね。同じ土俵で暮らしてきたはずなのに差がついちゃってたりしてそれでも話が盛り上がったり

        • 今を繋ぎ留める言葉

           「人の人生を変えたい」  大項目としてはこの一言。私がメディアを作る理由でありモチベーション。  昨日、ほんの短い期間ではあったが共に戦ってきたチームメイトが戦力外通告を受けた。常に全力投球の人間だった。少なくとも私の目からはそう見えていた。「コミュニケーションは大事だよ!」って笑いながらメンバーを何度も飲みに誘ってくれた。「ここってこうだよね?」色んな相談もしてきてくれた。  でも単純に成績が追い付かなかった。言ってしまえばたったそれだけ。いくら理想が立派でも成果を

        純猥談

          妻夫木聡×煙草×セックスは「エモい」

           エモい文章が書けたらなと思う。  その正体はわからないが、心臓の奥を刺激する感情。  人によってエモいと感じる瞬間やストーリー、場所や時間があると思っている。それは自身の実体験に基づいた、単なる「懐かしさ」もカテゴライズされ、反対に全く未経験未体験でもエモさを抱くケースもある。エモい文章を書くには、後者を間接的に読者へ追体験させることが必要だと私は思っている。  フィクション作品を例に挙げた時、「私この主人公と全く同じ経験してるわ!」という人は多くはないはずだ。しかし

          妻夫木聡×煙草×セックスは「エモい」

          会社の最期

           今週末で全てが終わる。  最終号の校了日が刻々と迫り、存在意義の無い寂しさが押し寄せる。  同時に一時的な無職状態となる。次ステージは幸いなことにも決まっているので焦燥はないが気持ちの良いものではない。エドシーランを聴きながらこうして追い込まれた編集作業に没頭することもないと考えると多少なりとも感慨深い。  社内の雰囲気は気落ちの悪い程に明るい。最期を楽しんでいるかのような和気藹々な空気感が逆に痛々しく感じてしまう。恒常的に鳴り止まないはずのキーボード音も今では新聞社

          会社の最期

          修正することの恐怖

          「修正=マイナス」という考え方を改める。  肯定だけでスムーズに進む人生は120%存在しないことを私達はいつしか忘れてしまい、まるで予定調和の生活を歩んでいるかのような立ち入る振る舞いに精を出す。  名門大学を出身しなければ仕事がスムーズに運ばないだろうか。それも一つ可能性としては考えられる。当然、必要となる熱量に差異が生じるだろう。その差異の幅だけ他の物事に力を注ぐことができる点を考慮すると有利である。ただ、目標設定に向けて''修正する力''を備えていれば必ずしもそうと

          修正することの恐怖

          救世主と不確かな陥穽

           あと2週間足らずで生き絶える''予定''の会社に光明が差した。まさかまさかの吉報。救世主。事業継承主が現れたのだ。  湘南エリア(藤沢〜江ノ島腰越周辺まで)の大地主がどうしても地域メディアの先駆けであるこの会社を存続させたがっているとのことだった。  社員総出で緊急打ち合わせが行われた。事業の仕組みは悪くない。従来の良い部分を残しつつ新規事業も絡めて確実に''稼ぐ''ビジョンを掲げている。それに雇用条件も好待遇だ。ただ一点、最大にして最重要ポイントが欠落していた。  

          救世主と不確かな陥穽

          信じられるように

           数年後の自分を予測してみる。  理想に少しでも近づけているだろうか。  それとも現在とは全く異なる真新しい理想がそこには顕れているのだろうか。  もう半袖でも汗が滲む季節。7月が手招きしている。  来月から赤坂のオフィスで新しいメディアを作ることになった。職種を変えるくらいだったら公務員になると心に決めている。メディアに関わり続けることが少なくとも今日の私の生存意義だ。数ヶ月は藤沢の自宅から通うことになりそうだ。まだ余裕もない。  不思議と不安はない。全くと言えば

          信じられるように

          栄進した友人について

           * * *   フルマラソン、42.195㎞。挑戦したことのない人にとっては未知の領域であるはずだ。「最初は興味本位でレースに出てみただけ。でも、本気で極めたいと思うようになった」。黒田雄紀(3年・國大同)の初マラソンは、昨年9月の榛名湖マラソン(群馬)だった。途中で歩いてしまうほどのアップダウンがあるコースだったが、2時間56分と、マラソンランナーとしての一つの基準であるサブ3(スリー)を達成。「マラソンはこんなにキツいものなんだと痛感した。でも、また走りたいと思ったし

          栄進した友人について

          東スポ時代

           1面CloseUp ルーキー石橋安孝 【陸上競技部】 24W×16L 【見出し】 偉大な先輩をこえたい 【本文】  初の箱根路に臨む石橋安孝(体1)には大きな目標がある。「ずっと目標にしている早川さん(=翼・12年度卒・トヨタ自動車)をこえたい」――。 早川選手は、1万㍍28分25秒の記録を持ち、箱根駅伝では1年生で3区区間6位の好成績を残している。美方高の先輩でもあり、憧れも強い。「早川さんは箱根でもいい結果を残している。負けないくらいの成績を残したい」と意気込みを語る。

          東スポ時代

          仕事で「書く」ということ

           メディアには無数の種類があり、貴方がこの瞬間も片手に掴んでいるであろうスマートフォンも当然その一つだ。例え、人が目にする媒体が紙からデジタルに変わろうと、恒常的であるものが言語であり言葉であり日本語だ。  youtubeを始めとする映像メディアが怒涛の普及率を見せるに従い、深刻な活字離れが進んでいる。もう手遅れだろうと思う。ただ、さほど私は問題視していない。書くことは続けられるからだ。そこには紙だろうとWebだろうと、世間が目にすることのできるのは私自身の書いた文章であり

          仕事で「書く」ということ

          薫陶を受けて今

           走ることが大嫌いだった。嫌いで嫌いで仕方なかった。  楽しさを微塵も感じない。疲れるだけだし。  サッカー部は今日もオフらしい。カラオケ行こうぜ、なんて軽快な声色が聞こえる。やっぱりサッカー続けていればよかったかな。  世界中の人類を真面目か不真面目かの2種類に区別した時、私は確実に不真面目の箱に身を投じることになる。毛嫌いしていた陸上部に所属した3年間を懐古した時、胸を張ってそう口にできる。してしまったというのが正しい表現かもしれない。  単純に弱かった事実はある

          薫陶を受けて今

          優劣

           いつだって優劣を気にする。彼よりも下か。あいつよりは上だろうなあ。  くだらない。つくづく思う。  そんなことはわかっている。  面接官と私。関係性は明瞭だ。面接官が遥か上で、私は限りなく地面を這う。選ぶ側と選ばれる側で、選定者の彼らはマイナスポイントを見出す作業に必死になる。下賎な立場の私は必死になって自分をPRする。そんなもの見られてもいないのに。  マウントを取りたがるのは仕方ない。仕事や競技をしていればそんなもの当然のように存在する。インセンティブ制度はそれ

          なぜ市民ランナーは競技に耽溺するのか

           2011年の東京マラソンで川内優輝(当時・埼玉県庁)が日本人トップの激走を見せた頃からだろうか。巷で「市民ランナー」というワードが用いられる機会が増えた。周知の通り、非実業団として大会に出場している彼らはフルタイム勤務を基本としている。謂わば''趣味''の見方が客観論である。実業団やプロランナーと比較した時、確実に競技に費やす時間が限定されるのだ。にも関わらず、彼らは早朝や深夜の絶対に休みたい時間帯を利用して自らを鍛えている。第三者からの目線からすると不可解な部分も大きいだ

          なぜ市民ランナーは競技に耽溺するのか

          斜め右の彼

          斜め右の彼17時30分。終業時刻。斜め右に飾られた時計に目をやろうとする度、彼の表情が視界に入る。一週間程まともな食事を摂っていないかと心配になるような痩けた頬、朝出勤前に2秒で整えたかのようなボサボサにつけられたジェルワックス、無駄に高く整った鼻、その全てが私の不快感を増幅させる。 「今日はトレーニングの日かな?」 まただ。その声を聞くと、昼に急いで胃袋に詰め込んだ駅前のかけ蕎麦が逆流しそうになる。 定時に仕事が終わる日は滅多にない。恐らく上司である彼がこの会社に居座

          斜め右の彼