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純猥談

 彼女とベッドに入る時は必ず僕ではない誰かがいる。僕はそれをわかっていて、同情するふりをして抱きしめる。

 僕たちは中学の時に付き合い、すぐに別れた。キスもした記憶がないし手を繋いで緊張した断片的な思い出だけ。

 卒業後は全く違う高校に進み、連絡もしばらく取っていなかった。大学1年の夏、当時Eメールだった僕ら唯一の連絡手段に彼女のアドレスが表れた。「久しぶりに会いたいね」。

 都内の大衆居酒屋で4年ぶりの再会だった。ベージュのキャミソールに黒のタイトスカート、僕の身長を僅かに超えるハイヒール。綺麗で、しかし愛嬌を感じさせる女性になっていた。そこに当時の面影はなかった。

 僕らは昔話に花を咲かせた。時間がこんなにも足りないと思ったことはなかった。3時間ほど飲み、2人とも酒が進みすぎた。「僕の家で飲みなおそうか」。下心がないといえば嘘になるが、それよりも純粋に彼女と一緒にいたかった。もっと言うと恋に落ちていた。

 その夜は一晩中抱き合った。幸せな夜。だが、僕の心は満たされなかった。彼女には恋人がいることを知っていたから。話の流れで見つけた彼女のSNSには、幸せそうな2人の写真がパズルのピースを埋めていた。

 喧嘩していたらしい。その勢いで僕に連絡し、今こうして隣で寝ている。でも抱き合いながらも心は僕に向いていなかった。それくらいはわかる。

 「また会いたい」。そんな言葉言えなかった。「ずっと一緒にいたい」のだから。その後、彼女が恋人と別れたり喧嘩する度に僕らは近くの居酒屋で飲んで夜を過ごした。きっと彼女には「好き」の感情はない。こんなにも体に触れられるのに心には一生触れられないんだ。

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