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その先にあるものは

2両編成の電車のドアが電子音と共に静かに開く。

電車とホームにある段差に注意しながら、ゆっくりと歩足を出した。

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新年を迎えた1月の冷たい潮風を感じる。

カラッと乾いた日差しを感じながら、私は迷うことなく改札をでて、導びかれるかのようにバスに乗る。

20分ほど経っただろうか。
ヘッドホンからは森山直太郎の「生きとし生けるすべての物へ」が流れている。

バスから降り、大きな鳥居を前に立ち深く一礼して中に入った。

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まっすぐ前を向き、冬の冷たさと神宮の厳粛な空気を感じながら、ゆっくりと足を進める。

ザッザッと音を立て、均等に敷き詰められた砂利道を歩く。

旗を持ったガイドさんに従い歩くバスツアーの団体客。
家の出来事を早口で喋りながら歩く女性。
手を繋ぎ、ささやくように話をしながら歩くカップル。
モデルのようにポーズを決め写真を撮る人。

世代を問わず、お正月を迎えた伊勢神宮には、全国各地から毎年たくさんの人が足を運ぶ。

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そんな人達に目をやり、流れる人の波に乗りながら音楽を止めた。

何も聞こえないヘッドホンをそのまま耳に入れ、自分の世界浸り続ける。

5分ほど歩いただろうか。
途中で人々が右に逸れて、なだらかな坂を足早に下りはじめた。

柔らかい陽だまりを川が吸い込み、遠くでキラッと反射した水面が私の視界に入る。

音を立てず、どこか優雅で。
なだらかにすーっと静かに流れる五十鈴川。

時間がとまっているかのような、不思議な感覚だった。

私はできるだけ右端に行き、川を覗きこむ。

透き通る水の中をゆっくりと泳ぐ小さな魚たち。
動くことなく、じっと止まって水を感じる鯉。川の底で折り重なって、静かに眠る枯れ葉。

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おもむろにコートと長袖をめくり、ハンカチを口にくわえ、思わず手を伸ばした。

1月の川の水を素手で触る。
手を沈め、目を閉じてみた。
ゆったりとした水の動きを感じる。

氷のように冷たいはずなのに、いつまでも触っていられたのは何故だろう。

しばらく手を沈めた後、ゆっくりと水から手を出し、左に目線を向けた。

私と同じようにたくさんの人が川の正面にしゃがみこみ、手を伸ばしている。

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思わず手にギュッと力を入れる人。

冷たさに驚きながらも、友人と感覚を共感し喜ぶ人。

撫でるように何かを慈しむように、両手で優しくすくいあげる人。

何度も触れて目を閉じ両手を合わせる人。

荘厳な神宮に流れる神聖な空間で、人々はおもむろに身を清める。

1時間はいただろうか?
自分の姿と冬の冷たい風受けて大きな動きを見せる木々たちを、水面越しにじっと見つめ続けていた。

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”何もしない”

簡単なことかもしれない。
わかっているけれど。

何かに追われながら、せわしない毎日を過ごしていると、とても難しい。

でも、たった30cm先にある外側をみるだけで
滞っていた何かがゆっくり溶け出し、再び流れ始めるのかもしれない。

小さく折りたたんでいた体を、ゆっくりと起こす。

目を閉じ鼻から息をゆっくり吸い込み、背筋をシュッと正してから、私は元の砂利道へ戻った。

足取りは、心なしか軽かった。

撮影地:伊勢神宮
撮影時期:1月

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