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松家仁之さん(作家)と、岡本太郎さん(翻訳家・ライター)が、国際的ベストセラー小説の映画化 『帰れない山』を語る📚映画『帰れない山』トークイベントレポート

 国際的ベストセラー小説を映画化し、「原作の忠実な映画化」「壮大で純粋な作品」と世界が絶賛、第75回カンヌ国際映画祭にて審査員賞を受賞した感動作『帰れない山』が、5/5(金・祝)より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋ほか全国公開となります。

 この度公開に先駆け、試写会を実施。新潮クレスト・ブックスを立ち上げ、多くの優れた外国文学を日本に紹介してきた元新潮社の編集者で、現在は作家としてご活躍されている松家仁之さん、そして翻訳家・ライターの岡本太郎さんをゲストにお迎えし、映画『帰れない山』の魅力を語っていただきました。


「世界観に惹き込まれました。」


大きな拍手の中、お二人が登壇。まず映画の感想について松家さんは「非常に素晴らしい小説なんです。お読みになった方もいらっしゃると思いますが、主人公が非常に内省的であることと自然描写、これが本当に素晴らしかった。映画にするのって大変じゃないかな、と心配して見始めたんですが、実に見事にそれが描かれていて、始まってからは世界観に惹き込まれました。」と語る。

映画『帰れない山』

また「ピエトロを演じたルカ・マリネッリさん、素晴らしい俳優さんでしたね。」と松家さんがルカ・マリネッリの演技を絶賛すると岡本さんは「『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』という作品で悪役をやって、とても評価されました。そんな人いないよ、というくらいの善人の役をやってのけたり、今回の内省的なキャラクターであるピエトロの役をやったり…。とてもいろんな役を幅広く演じる素晴らしい俳優です。」と語る。

『帰れない山』ピエトロ役のルカ・マリネッリ

「ブルーノ役も素晴らしかったですね。」と松家さんが言うと「アレッサンドロ・ボルギは、とんがった役をやることが多いのですが、前に一度ルカ・マリネッリと共演していて、7年ぶりの共演なんですが、実生活でも仲が良いみたいなんです。」と明かす。

そして「2人にインタビューで会ったこともあるんですが、2人共、とても好青年なんです。好青年といっても、ルカ・マリネッリはどちらかというと内省的だし、ちょっと優等生的な感じ。アレッサンドロ・ボルギは、野性味のある、あけっぴろげなタイプ。対照的なところが面白いですよね。ブルーノというキャラクターは、アレッサンドロ・ボルギ本人と近いところがあって、本人そのもののままで出ている感じがあります。怒るところはすごい怒るし。」と続けた。

『帰れない山』ブルーノを演じるアレッサンドロ・ボルギ

原作について、岡本さんは「原作者のパオロ・コニェッティとはお会いすることができなかったんですが、インタビュー動画を見ました。イタリアの作家らしくないところが面白いと思いました。文体もそうですが、文学的な雰囲気じゃないんですよね。」と話す。
「文体も、けれんみがなくてとても読みやすい文章なんです。イタリア文学や映画では、父と子の関係がものすごく濃密に描かれることが多いのですが、そこが「帰れない山」ではすごくサラッとしていて。例えば劇中では、自分が知らないうちにブルーノとピエトロの父親がとても仲良くなっていて、そのことをピエトロが知り嫉妬するのかと思ったら、そういうわけでもない。結局ブルーノを通じて、自分の父親のもうひとつの姿を見つけ出す、そのあたりもとても爽やかな表現です。」とイタリア文学からの目線で、他の文学との違いや特徴を語る。

原作「帰れない山」(パオロ・コニェッティ 著  関口英子 訳  新潮クレスト・ブックス)

松家さんは「イタリアの作家、ナタリア・ギンズブルグの「ある家族の会話」という作品でも、強烈な父親が出て来て、ものすごく口が悪いんです。自分以外の周りにいる大人は全部だめで、口汚くののしるという感じの人ですが、唯一の趣味が山登りなんですよ。「帰れない山」の父親はそこまで激しくないですが、山に対するアグレッシブさは通じるものがあると思いました。」と、ピエトロの父親について話す。

映画『帰れない山』より、ピエトロの父親が、ブルーノとピエトロを連れて山に登るシーン

(松家さん)「少年時代のピエトロたちを連れて、氷河みたいな状態の高山をぐわーっと登り、クレバスのところまで来て挫折するシーンがあるじゃないですか。僕が父親だったらもうちょっと気を配り、休みを取ったりしながら行くと思うんですが、とにかく彼の山登りは、頂上に行って帰ってくる、直線的な移動でしかないんです。
途中で休憩して、お湯沸かして紅茶飲んで”あーいい眺め”っていうのは一切なし。なおかつ泣き言を言ったり、文句を言うのは厳禁。黙って付いて来いという感じ。映画の時代設定は、80年代だったと思いますが、山登りは男の世界だ、みたいなのが80年代あたりまではあったような気がします。日本においても昭和の頑固おやじが絶滅していて、まだ生きていたのが80年代くらい。イタリアでも実はそうだったんでしょうか。」とイタリアにおける父親像について聞くと、
岡本さんは「70年代くらいまで、イタリアはカトリックの国で離婚もできなかった。当時は与党がキリスト教民主党だった時代でカトリックの価値観もとても強かったし、今もカトリックですが今とは比べ物にならなかった部分はあります。フェリーニの『アマルコルド』とか頑固おやじが出てきますし、近いものはあったんじゃないでしょうか。また北と南でもずいぶん違います。今でも南の方、例えばシチリアに行くと、北と比べるとかなり男社会です」とイタリアにおける頑固おやじについて、持論を展開させた。

『帰れない山』ピエトロの父親
都会でエンジニアとして忙しく働き、年に数回の登山のみが唯一の趣味。
演じるのは、名優フィリッポ・ティーミ。

松家さんは「『帰れない山』を最初見始めた時に思い出したのが、スイス映画で『山の焚火』(1985)という映画。山で酪農をしながら暮らす両親と、障害のある弟とお姉さんの4人家族が閉ざされた社会で生きてゆく姿が描かれる、本当に素晴らしい作品です。父親と障害のある息子との軋轢が描かれますが、なによりも山の感じがそっくりなんですよ、『帰れない山』の山と!そこでモンテ・ローザ山脈をよく観たら、山脈の南側から描いたのが『帰れない山』で、北側から描いたのが『山の焚火』だったんじゃないか、ということに気が付いて少なからず興奮しました!」と、前のめりで松家さん。

またヨーロッパと日本の山の違いについて松家さんが聞くと、岡本さんは「日本だと山岳信仰もあって、山は神格化されていますよね。一方イタリアに限らずヨーロッパ全体、山の上の修道院などで人里離れたところに暮らして、神に近いところに行くという感覚はあります。ただそこに神が宿っている、という感じではなく、そこの感覚はずいぶん違うな、と思いますね。」と話す。

最後に、原作がイタリアの30万部以上のベストセラーになり、多くの人を惹きつけた理由がどこにあったか松家さんが聞くと「コニェッティ自身、家族や親子との確執とか、そんなのは描きたくない、と言っています。だから、作品の中にもそういうものとしては描かれていないですよね。
舞台が山の中、ということもあって、最近のイタリア文学にはなかったものがあった、というのはあるかもしません。昔はイタロ・カルヴィーノとかパルチザンのレジスタンス文学で、山の中の暮らしを描いていたものありましたが、それをすごく平易な文章で描いたというのはとても珍しかった、というのはあるんじゃないでしょうか」と岡本さんのコメントで締めくくり、イベントは大盛況のうちに終了しました。


【『帰れない山』 5/5(金)より全国公開】

都会育ちで繊細な少年ピエトロは、山を愛する両親と休暇を過ごしていた山麓の小さな村で、同い年で牛飼いをする、野性味たっぷりのブルーノに出会う。まるで対照的な二人だったが、大自然の中を駆け回り、濃密な時間を過ごし、たちまち親交を深めてゆく。やがて思春期のピエトロは父親に反抗し、家族や山からも距離を置いてしまう。時は流れ、父の悲報を受け、村に戻ったピエトロは、ブルーノと再会を果たし…。

第75回カンヌ国際映画祭にて審査員賞を受賞した本作は、世界39言語に翻訳され、イタリア文学の最高峰・ストレーガ賞やフランス最高の文学賞・メディシス賞(外国小説部門)など数々の文学賞に輝いた国際的ベストセラー小説「帰れない山」待望の映画化。ティモシー・シャラメ主演『ビューティフル・ボーイ』で知られるベルギーの俊英、フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン監督が、『オーバー・ザ・ブルースカイ』の脚本家シャルロッテ・ファンデルメールシュを共同監督に迎え、人生に立ち止まり、未来を見つめる大人たちの物語を丹念に紡ぎ出した。
主人公のピエトロ役には、『マーティン・エデン』で、第76回ヴェネツィア国際映画祭で見事男優賞に輝いたルカ・マリネッリ。また親友のブルーノ役には、同じくダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で主演男優賞の受賞歴を持つアレッサンドロ・ボルギ。「原作の忠実な映画化」「心に愛がある映画」「壮大で純粋な作品」と世界で絶賛されている。

映画『帰れない山』オフィシャルサイト (cetera.co.jp)

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