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#86 ぐっもーにん/惰性の話 日常20240619

本日は7時00分起床。
6時30分に起きたと思ったのだが、二度寝してしまったらしい。やれやれ。
やはり、「早寝」が難しい。本当にできない。眠れないわけではないのだが、定時に床につくことが難しい。夜になると楽しくなってきてインプット/アウトプット双方の欲が高まる気がする。
何故だ?今までの人生で、夜に特別な報酬があった覚えはない。よって学習によるパブロフ反射ではないと思うのだが・・・・・謎。
それでも以前と比べると早起きしていることには変わりないからよしとする。はい、次!

今日は家族が寝坊してくれたおかげで優雅な朝の時間を満喫することができた。
音楽を小さめの音量で流し、お茶を飲む。ぼーっとする。それから本も少し読むことができた。
読書も慣性が大事であると思う。
読み始めると段々楽しくなってきて、勢いが付いてきて、苦ではなくなってくることがある。そうした経験を持つのは私だけではないだろう。
まずは本を手に取り、ページをめくらないことには始まらない。
労力としては大したことではないはずなのに、それが一番難しかったりする。
動物はとにかく面倒くさいことをやりたがらない。
私は惰性的な動物だ。だが、それはカロリーを温存するための本能でもあるわけで。
野性を飼いならす、これは私のテーマの一つになっている。
先日、人が持つ暴力性に関する記事を書いたが、これも野性を飼いならすことと直結している。
動物としてのヒトの営みは、人間的な営みと矛盾したり干渉したりする。
それのせいで我々は苦しんだりする。

面倒くさい、と思ったらやらなくなる。
だから、面倒だと思わないように環境を整える。
そして自分が持つ「面倒くさいのトリガー」を熟知し、対策する。
やはりこれも考えて実践するという、自立した人間にみられる行動だ。
私の自立への道は始まったばかりだ。
気張ることなく、けれども、なんとなく生きないこと。
「じぶんのトリガーマップ」を作ったら面白いかもしれない。
遊び心は大切だ。少なくとも私は楽しくないとできない。
結局アウトプットか。でも、アウトプットするには技術が要る。
アウトプットするまでの技術と、アウトプット=外在化/具現化するための二つの技術。
前者はめんどくさいを克服する技術。
後者はものづくり的な技術。
後者の技術はかなり重要で、技術があるだけで物事のハードルを下げることが出来る。
造作も無くできることがある、というのは幸いである。
じゃあお前は何が出来るんだ、と言われると狼狽してしまうのが現状なのだが。
実践が技術を育み、技術は実践を欲す。
正の循環。惰性の用法も洗練させると神がかってくる。


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