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もしかしたらアダルトチルドレンかもな、と思う方へ

他人を優先しがちだとか、本音を隠しがちとか分析テストに書いてあって、それを見てウンウンと頷いた、そこのあなた。
それってもしかして子供の頃からですか?

私はこの38年、幸せな家庭で育ち、メンタルは強い方だと思い込んでいました。

子供の頃から何でもひとりで解決しようとする子だったし、他人のためなら自分が我慢するのは当然のことでした。自分が痛くても、他の人が痛そうなら慰めるのは当然です。
子供らしくない子供であることを少し誇りに思っていたフシもあります。
それが問題であるなんて知らなかったのですが、どうも心理学的には、子供は子供らしくあるべきであり、それによって私の中に少し歪みが生じたようです。

さて、歪みに気づけたことは非常に幸運だったのですが、実際、人生ほぼ丸々自分の痛覚を麻痺させて生きてきたので、いまさら傷口を触ると色々な感情が噴出してきて、実際結構つらかったです。
しかし、家族のあたたかい支えもあり、大体3週間ほど痛いとわめいたり、怒ったり、悲しんだりする自分をじっーっと観察し続けた結果、ある日、ぽかんと快晴の空になりました。

なんだか長い旅を終えたような気分になりました。
この旅で得たもののお話をしたいと思います。

一つは、人の役に立たないと価値がないとか、価値がないと捨てられるとか。理由もなく愛されるなんてあるはずない、とか。そういう全く根拠のないマイナスの感情の出どころが分かったので、傷口をざぶざぶ洗い流して、絆創膏を貼ることが出来ました。

今では人が自分を愛してくれるのは分かりますし、その反対に無条件に愛を返すことが出来ます。
以前は利他の行動は、慈愛半分、自分への付加価値への欲求が半分だったので、自分の限界を超え、自己を犠牲にしても利他に走ることもありましたが、今はしなくなりました。
利他行動をしなくても、自分に価値を見出せるようになったからです。

二つめは、この経験をしたからこそ得られたものは大きいな、と親に感謝することが出来たことです。

最近、マインドフルネスとか禅とか流行っていますが、まず最初に勧められるのは、自己の感情を見つめて、一旦余所に追いやって、静かな自分を見つけることですよね。

アダルトチルドレンな貴方なら、割とスッと理解して実践出来るんじゃないでしょうか。
だってずっと小さい頃から訓練してますしね。

アダルトチルドレンの人は、子供の頃に自分を押さえて育ってしまったがために、自分というものが薄いまま大人になってしまい、空虚感に悩む人も多いみたいです。

でもそれってマイナスばかりなのでしょうか。

自分が、自分が、という状態では他人のことを考えることは出来ません。
自分を抑えて他人のために親身になれるというのはむしろ才能ではないでしょうか。

この経験はきっと、強くてしなやかな心を作るボーナスステージそのものだったのでしょう。
自分がないからこそ、世界と自分とのつながりをより強固に感じられるのではないでしょうか。

痛みを薬に変えて、いいところだけを残していけばいい。
こんな素晴らしい人生をありがとう!

アダルトチルドレンなみなさん。
出どころのわからない不信感、不安感で悩んでいないでしょうか。
痛みに耐えるのに慣れきって、もう今更ほじくり返してしまうのは大変面倒に感じると思います。
でも、痛覚が麻痺してるんだな、と気づくことで得られるものは大きいです。

子供の頃に押さえ込んでしまった感情や願望を、今大人になった自分が抱きしめてあげるだけで、戻ってくる人間的感覚がある、と私自身感じました。
小さいころから誰かのためを思ってきたみなさんなら、相手をどう受け入れて癒していけばいいのか、感覚的に身についている方が多いと思います。
子供の頃の自分に戻って追体験するのは痛みがともないますが、どなたか聞いてくださる方に打ち明けてシェアしたり、noteに記事を作ったりして、痛む傷口を洗い流し、穴を塞いであげてください。子供の自分を抱きしめてあげてください。
それが済んだ時、今度こそ心から利他の精神を楽しんでいける人生が待っていると、私は思います。

他の人から価値を付与してもらうためではなく、自分の自然な心から出た慈愛で利他的行動をする。
見た目には変わってみえないかもしれませんが、あなたはもうパンパンの生ゴミをぎゅうぎゅう奥底に押さえつけることはありません。
ゴミを捨てたあとは、羽が生えるように感じることをお約束します。
みなさんの幸せを心からお祈りいたします。

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