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採用後「話が違う」と感じるのは会社側のせい?働く側のせい?

「話が違う」という人事のあるある

この類のセリフが発せられるケースは、大きく2種類あります。ひとつは働く側が発する場合、もうひとつは会社側が発する場合です。

働く側が発する場合というのは、求人時の募集要項や、面談を通じて聞かれたことなどから、思い描いていた仕事内容と、入社してみて実際にアサインされた仕事内容との間に大きなギャップがある場合です。仕事内容だけでなく、やろうとしていることに対する周囲の理解度が低い、リーダーという触れ込みだったのに部下がいない、託された事業やプロジェクトに予算がまったく付いていない、などの「環境違い・条件違い」などもこれに当たります。

一方、企業側にしてみれば、職務経歴書に記載された華々しい実績や、面談を通じて得られたさまざまな情報から、当然期待している成果やパフォーマンスというものがあります。実際に入社してきて、業務にあたらせてみたものの、期待していた水準に達していない、となると冒頭のようなつぶやきに繋がってしまいます。

「話が違う」にもいくつかパターンがある

ここで考えておきたいのは、こうした「話が違う」にも、いくつかのパターンがあるということです。

会社側が「パフォーマンスが出せていない」と考えているときは、たいていが②か④のケースです。働く側にもおそらく言い分があり「話が違う」「約束と違う」と不満を抱えている可能性が高いと考えた方が良いでしょう。

また意外に盲点なのが、働く側の想定が大き過ぎる③のようなケースです。新規事業開発という話のはずだったのに、能力を発揮する機会にめぐまれることもなく、社内の雑用や書類整理の仕事ばかりを押し付けられ、本人は不満爆発寸前という状況でも、現場が「いい人が来てくれた」と喜んでいるような時は、その不満をセンスすることが難しくなります。

突然体調を崩したり、離職してしまったり、ということが起こっても会社側はその原因を究明できないまま、また次の採用で同じ失敗を繰り返してしまうことになります。

「おたがいさま」ではなく、会社側が手を打つべき

こうした状況を「おたがいさま」と評していたのでは、解決になりません。特に採用人事で似たようなことが頻発している企業は、その対策を真剣に検討しておくべきです。

まず何よりも注意しなければならないのは、前の職場で出せた成果が、新しい職場で同じように上げられるかどうかという点です。組織の成果というものは、どんなものであるにせよ、幾つかの条件がそろって初めて出せるものです。上司、スタッフ、取引先といった人由来の要因に加え、企業風土や行使可能な権限の範囲、リソースの質や量、時には市況や天候などにも影響を受けます。

これは会社側だけでなく、求職者側も往々にして陥りがちな思い込みなのですが、前の職場の成功体験が、次の職場の成功を保証してくれる訳では決してないのです。

求職者側は謙虚かつ冷静に、自らの成功を決定付けた要因は何であったかを考察し、会社側にしっかりと伝えるべきです。また、会社側はこれを慎重かつ丁寧に聞き出すことに注力しつつ、そのような環境・条件が、自社で再現可能なのかを予測・検討せねばなりません。当然こうした採用に必要なスキルや能力は一朝一夕で取得できるものではありませんから、常日頃からしっかりとトレーニングしておく必要があります。

特定のポストや担務を期待しての採用であれば、現場を交えてその領域をきっちりと定義し、可能な限りテキスト化しておくことも重要です。その際「リーダーシップがある」「柔軟性が高い」といったパーソナリティについても可能な限り合意できていた方が、意中の人材を獲得できる確率が高まります。

社風に合うか、業務に適応できそうか、といった判断はほとんどの場合、書類による選考か面談によってなされるのが常ですが、こうした感覚的な判断にはどうしても個人差があり「話が違う」を生む元凶になります。

「50ccの水」と言えば、ほぼ間違いは起こりませんが「少量の水」と言ってしまうと、人によってその量はまちまちです。至極当たり前のことなのですが、採用方針を「少量の水」的な荒っぽい規定で長年運用してしまっている企業も少なくありません。

たとえばキャリパープロファイルは、そうした「少量の水」が何ccくらいの水なのかを客観的に定義できるソリューションで、いわば「パーソナリティの見える化」を可能にします。生身の人間の価値を計量カップで測るような所業には抵抗がある、と眉をひそめる方もいらっしゃるかもしれませんが、会社側、働く側、双方を幸せにしようと思うのであれば、自らの眼力を頑なに信じるよりも、一度は冷静な第三者の目に頼ることを考えてもよいのではないでしょうか。